1・空を見る少年(2 砦)
「砦」と言われてはいても、城とも戦いとも一切関係ない。無骨な石造りの屋根の低い建物を、都の住人がそう呼びならわしているだけだ。
砦には「先読」と呼ばれる人々が住んでいる。
彼らには不思議な能力があって、人の心を読み、未来を見通すことができると言われている。
都の住人の中には、砦を訪れて、判断に迷う困り事や、自分や身内に起こりかねない心配事について「見て」もらう者もいた。
「先読」たちは親切で、丁寧に応対してくれるということだったが、答えてくれないこともあるらしい。それは、誰がいつ死ぬか、嫌いな相手が不幸になるようにもっていくには、などの相談事らしいけれど、本当のところはわからない。そういう相談に出かけた者は、たいてい口を閉ざしているからだ。
出かけて行って助言を得た者によれば、「先読」の人々の能力は確かなものだ、ということだった。「行って、話して、それだけで気持が楽になった」という者もいた。
そういう不思議な力を持つ人々だから、彼らにまつわるうわさ話はたくさんあった。いかにもありそうな話から、絵空事としか思えない突拍子もないものまで様々だ。
ありそうな話として一番知られているのは、彼らが遠い南の地からやってきた、というものだった。
これは、「先読」たちの風貌からきている。北部の人々の多くは、砂色の髪と灰色の目をしていたが、砦に住む人々は黒髪に黒い目をしていた。都にはあちこちから多くの人が来るけれど、南から来た人たちは、髪も目も肌も、北部の者より色が濃い。「南の海には島があって、そこには不思議な力を持つ人ばっかりいるんだそうだぜ」とまことしやかに言う者もあった。
突拍子もない話の筆頭ならば、彼らが天から降りてきた、というものだろう。「先読」は、この世の者ではないのだ。これには、さらに突拍子もない尾ひれがついていて、それだから「彼らは不死だ」というものもある。
これは、かつて「先読」に相談事を持っていった若者が、老人になって再び砦を訪れる機会があったとき、昔出会ったときのまま、まるで年を取っていない「先読」がいたという話が伝わっているためだ。
「先読」たちは、なまじ人の心が読めるために、街中で暮らすことができないのだと言われていた。人が集まるところでは、知らずにすむはずの人の心や知りたくもない未来が見えてしまい、人々の思いが騒音のように降り注いでくるらしい。
「砦の奥には、天の司のなきがらがあるっていうぜ。その司の血をひいているから、あの連中は不思議な力があるし、年もとらないんだとか。それに、心を読まれるなんてとんでもないよ。そういうおっかないもののそばで、おまえ、よくまあのんびり空なんかながめていられるもんだ」
汰門が、まじめな顔でひそひそ言うので、梧桐は思わず笑ってしまう。
「『先読』たちは、人を避けているんだろ。その、心を読む力のせいでさ。それなら、わざわざ俺なんかのことを気にするはずがないよ」
「こらこら、笑うなよ。ここはまだ砦に近いぜ」
「『先読』たちだって、おかしなことがあれば笑うだろ」
汰門は、まわりを見ながら、ちょっと急ぎ足になった。けれど、すぐに息を切らしてもとの歩調に戻った。
「でもさ、気味が悪いじゃないか。俺のところもそうだけど、おまえの住んでた村にだって、『先読』みたいな連中はいなかっただろ。俺は、不思議な力なんかとは関わりたくないんだ。都の人たちは、いくら困り事があるからって、よくまあ自分の心をさらけ出したりできるもんだ」
汰門と並んで歩きながら、梧桐はふと、「先読」と呼ばれる人たちが砦にこもっている理由を思った。
知りたくないことまで知ってしまうから、というだけだろうか。あの人たちは、自分たちの力のために、いやな思いをしたことがあったのかもしれない。汰門のように、知らないものを怖がって避けるのはましなほうで、あからさまに彼らを嫌い、迫害する者もいたのではないだろうか。
ふりむくと、丘の上の石の建物はひっそりとして、またたかない目のような小さな窓がいくつか、こちらを向いていた。