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⭐︎・砦(4 青い星)

 ビューは、砦の地下のホロビューローの前にいた。

 かつて住んでいたのは、小惑星の内部をくりぬいた地下の居住空間だったから、この地下室はビューにはくつろいで落ち着ける場所だった。


 目の前のホロビューローには、まぼろしのようにひとつの惑星が浮かんでいる。


「今回、あなたに目覚めてもらったのは」

 この前話し合ったとき、二の長が言った。

「この星を出るときが近いと思ったから。これから行く場所がわかったと思ったからよ。今度は、私が『見た』の」


 二の長は、これまでの目覚めの期間に、そのときいる者たちと何度も話し合ってきた。この星である程度の年月を過ごしてきた以上、このままここに住むという選択肢もある。けれど、都の人々は「砦の住人」に慣れてはきたものの、受け入れているとまではいえない。

 そして、テレパスたちは、心に蓋をすることのできないここの人々と交流するのが難しい。


 この星には、まだ空いている土地がたくさんあるから、そこに自分たちの街をつくればいい、と言う者がいた。それに対して、それではかつての小惑星がこの星の街になるだけのことだ、と反論する者もいた。このまま砦に住めばいい、と思う者はほとんどいなかったが、どうするのがいいかはなかなか決まらなかった。


 二の長が「見た」とき、彼女は砦の外へ出て、丘の上で夜空を見ていた。

 こんなふうに外へ出るのは、小惑星の生活では考えられなかったことで、最初はこの見渡す限りの空に恐怖を覚えたものだった。その恐怖は、やがて畏敬に変わった。

 小惑星の地表にもいくつか透明のドームが作られていて、宇宙を見ることはできた。けれども、小惑星帯に住んでいれば、見えるのはまずたくさんのごつごつした星屑で、その向こうには惑星があった。


 宇宙は広い。自分たちはこれからどうするのだろう。どこへ行くのだろう。


 北の空をながめたときだった。不意に、頭の中に映像がとびこんできた。

 惑星だ。青い惑星。

 古い資料で見たことのある、母なる故郷の星によく似ている。


 この方角に、この星がある……?


 二の長の心の中いっぱいに、その星の姿は広がったのだった。そして、そのとき別なものが見えた……。


「私たちの船だった」

 二の長は言った。

「異質な物質で外壁を修理したあとのある、大きな旧式の宇宙船が、その星に降下しようとしていた」


 三の長が、椅子の上で身じろぎした。

「それに大きな意味を期待するのはどうかな」

「いいえ、あなたにもわかっているはず」

 二の長は、ビューを見た。

「どう思う、ビュー?」


 ビューはしばらく黙っていた。二の長は優秀なテレパスだが、未来を見ることはめったにない。けれど、彼女が「見る」ときは信頼していいときだ、と一の長が言った。


「あなたは未来を見たんだね。……あなたの見る未来は、いつだって予期しないときに訪れる、と一の長が言っていた。そこを意のままにできるようになれば、一の長と呼ばれるのはあなただったろう、と」

 二の長は、微笑んで首を振った。

「私には、彼のような魅力はない。でも、彼がいない今、そんなことを言ってはいられないの。私は未来を見た。それには確信がある。私たちは、あの青い星に行くでしょう」


 三の長が咳払いした。

「見えた未来が、いつもその通りになるとは限らない。実際、ビューの見た我々の破滅は回避したんだ」

「それは、回避しなくてはならなかったから」

 二の長は、静かに言った。

「ビューの能力は高いけれど、高すぎて、もしかしたらパラレルワールドの未来まで見ていることがあるんじゃないかと思うくらい。どこか別の宇宙で、小惑星とともに滅びた『私たち』がいたかもしれない。ただ、この『私たち』は、滅びなかった」


 二の長は、まっすぐに三の長を見た。

「私は星に降りる船を見た。でも、その中に誰が載っているのかはわからない。あなたは、この星に残りたい理由がなにかあるの?」

 三の長は目を上げ、それからふっと視線をそらした。

「いや、そんなものはない」


 二の長は、しばらく彼を見つめて、今度はビューを見た。

「技術者のひとりに、私の心の中の惑星の姿をホロで再生してもらったの」

 ホロビューローの上に現れた惑星は、海と大気で青く輝き、ところどころ白い雲の渦で飾られていた。

 美しい星だった。



 その惑星を、ビューは今ひとりで見つめている。二の長がこういうものを見てしまった以上、これからの話し合いには方向性が出てきたのだ。とにかく、まずこの星を特定しなくてはならない。


 星の座標を知るには、周囲の星との位置関係がわからなくてはならない。ビューが目覚めることになった理由のひとつが、このためだった。ビューなら、この惑星に思考の視点を移して、そこから見える星々をホロに描き出すことができるだろう。そんなことは、ビューにしかできない。


 ビューの体が、ふっと軽くなった。真っ暗な虚空に浮かんでいるような感覚。


 僕は星だ。


 ビューは惑星といっしょになって宇宙にいる。見渡す限りの闇の中に、数かぎりない星々。


 ビューは目を閉じる。惑星のホロ映像の周囲に、いきなりいくつかの輝く点がともった。

 ふたつの衛星が、惑星のまわりをめぐっている。これらの月は、この星の夜を明るくするだろうか。


 思考が横道にそれそうになる。できるだけたくさんの星を導き出さなくてはならないのに。

 体に力が入らない。集中力が保たないのだ。


「戻って来ない仲間がいるのよ」


 不意に、二の長の声が聞こえて、ビューはあえぎながら目を開けた。


 この青い星に行くのは誰なんだろう。行かないのは誰なんだろう。戻って来ない仲間たちは。


 なにか忘れている。

 ビューは片手を額に当てた。

 僕は、なにか忘れている。

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