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1・空を見る少年(1 塔)

『はじまりの場所』からしばらく前の時代。塔の丸天井に星を描こうとした少年の物語です。

 梧桐ごどうは、塔の天辺の丸天井の小部屋で空を見上げていた。

 小部屋の四方には大きな窓が切ってあり、東西南北を見晴らすことができる。


 空の色は深みを増している。空気さえ重く感じられた暑い季節は去り、風の中に少しずつきりりとした冷たさがしのびこんできていた。

 空には、煙のような細い雲がいく筋か流れている。天の高みは地上よりも強い風が吹いているらしい。


 あの雲の高さまで登っていけたなら。


 梧桐は、窓から大きく身を乗り出して天頂を見上げた。


「梧桐! 落ちるぞ!」

 大きく呼ばわる声がした。


 太っちょの汰門たもんだ。

 塔の上から見下ろすと、下の草地でそっくり返るようにして梧桐を見上げている青年の姿は、手のひらですくえるほど小さく見えた。


 汰門は、決して塔の上まで登って来ない。塔の内壁に沿ってぐるぐるまわる細い階段は、自分のような「体格のいい」人間向きではない、と常々言っている。


 梧桐と汰門は、風の司の館でいっしょに修行をしながら暮らす仲間同士だ。汰門は梧桐よりふたつ三つ前の季節にやってきた。つまりは先輩なのだが、きさくな人柄で年齢も近く、司の弟子たちの中で一番気が合う相手だった。

 風の司の館には、全部で七人の弟子がいた。

 弟子を何人持つかは司によって違う。中には数十名もの弟子を抱えている司もいる。風の司は、司たちの中では一番の高齢で、梧桐はたぶん最後の弟子になるだろうと思われていた。


 この街は「都」と呼ばれている。周辺では一番大きな街で、住んでいる人間も多く、にぎやかだ。

 都には五人の司がいる。風の司のほかに、水、おもいくすの四人の司が、それぞれ都を四つに分けた東、南、北、西の各地区に館を構えて弟子とともに暮らしており、まとめ役でもある則の司は、都の中央の広場に面した則の館に住んでいた。この館には、寄宿舎を備えた学問院も付属していて、ここでは各地からやってきた学徒たちが、自分の興味と適正に応じて物事を深く学んでいた。


 風の司は、雲を読み、天を観測し、農作物をつくる人々に、乾いた春や冷たい夏を乗り切るための手助けをする。また、大地や岩を掘り、ときどき岩と同じように硬化して見つかる太古の生き物を調べることもした。


 梧桐が登っている塔は、昔、天体や気象の観測のために建てられたものらしい。

 そのころの風の司の弟子の中には、ここに泊まり込んで夜の空を観測する者もいたのだろう。塔の入り口をくぐると、床の真ん中に小さいけれど良い水の出る井戸があった。物置小屋のような小さい差掛けの場所もあり、そこで寝むこともできただろう。


 だが、今ではここを使う者はほとんどいない。風の司の館には、この塔よりは低いが、安全で、汰門でも上がる気になる観測台が屋根の上に造られたのだ。


 それでも、梧桐はここが好きだった。ここは都で一番高い場所だ。高く登れば登るほど、天に近づくような気がする。


 梧桐は、汰門とはまるで違い、終わりきっていない少年期の、細身の体格をしていた。手足も背丈もまだ伸びたがっているような、どこか釣り合いのとれないぎこちなさがある。そして、長い階段を登るのも苦にならなかったし、高い窓から周囲を見まわしても目がくらむようなこともなかった。


翔斗しょうとの卵が孵りそうだぞ!」

 汰門が、丸めた両手を口に当ててどなった。

「卵が!」

 梧桐は声をあげた。


 翔斗というのは、大きくはないが強い翼を持った鳥で、館で梧桐が世話をしているのだ。人に慣れない荒々しい気性で、肉を食べて大きくなる。信じられないほどの高さまで飛ぶ鳥なので、風の司は、この鳥に薄い油布の袋をつけて飛ばし、上空の空気を採取できるのではないかと考えたのだった。

 しかし、そのために苦労して手に入れたつがいは、いつまでたっても疑わしげな目つきで人間を見つめるばかりで、袋をつけるどころか手を触れることさえできなかった。餓え死に寸前までいって、やっと鶏小屋の中の餌を食べるようにはなったが、そのころには、誰もが最初考えた試みのことなどあきらめていた。今はもう、自由にしてやるつもりで小屋の戸も開け放してあるのだが、今度は鳥たちのほうで住み続けることに決めたらしく、出て行ってもまた帰って来る。


 弟子たちがこの鳥を持て余し気味でいたところへ、新入りとしてやってきたのが梧桐だった。先輩弟子たちは、やっかいごとを押しつけるつもりで梧桐に翔斗の世話をさせたのだが、もともと生き物ならどんなものでも好きだった梧桐は、この仕事がすっかり気に入った。


 翔斗は、しばらく前から卵を抱いていた。一度にたったひとつしか卵を生まないうえ、何かあるとすぐ抱卵を放棄する気難しい鳥だったから、梧桐は細心の注意をはらって卵が孵るのを待っていたのだ。


 梧桐は階段を駆け下りた。

 司の弟子たちは、長い茶色の衣を身につけることになっている。ともすれば足首にまつわりつくその裾を片手でからげ、梧桐は最後の何段かを飛び降りた。息をはずませながら汰門のいる塔の入り口まで走ると、汰門はあきれたように首を振った。


「おまえ、いつか、窓か階段か、どっちかから落ちて首の骨を折るぞ」

 梧桐は笑った。

「大丈夫だよ。それより卵だ。孵りそうだって? まさか、巣の中をのぞいたりしたんじゃないだろうな。そんなことしたら、親鳥は卵を捨ててしまうぞ。せっかく俺が苦労してあいつらの機嫌をとって、のぞきこみたいのを我慢して……」


 汰門は、丸い顔をふりながら、両手を上げた。

「おまえが巣の様子を聞くためにつくった、厚紙のらっぱがあるだろ。あれを使ってみたんだ。そしたら、なんだかこつこつ叩くような音がするからさ……。注意したよ。こそりとも音をたてないようにしたさ」


 梧桐は、ほうっとため息をついた。

「そうか。うん。そろそろかな、と思ってはいたんだ」

 汰門は、やれやれ、というように腕を組んだ。

「おまえ、よくこんなところに入り浸っていられるなあ。いや、階段の上り下りのことを言ってるんじゃないぜ。ここは、あそこに近すぎるよ」


 汰門のいう「あそこ」とは、塔の東側にある丘のことだった。

 その丘には「先読さきよみの砦」があった。

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