連絡
明るみは太陽の迫力の塊。怪奇現象は昼間には起きる事はない、などと語る人々を時々見てしまうものの、大きな誤り。実際には生前と同様に昼間こそが本番だと思っている霊も数多くいるもので、消えない彼らの活動はしっかりと目や耳に届く事もあった。故に冬子もまた、この時間であっても油断すれば巻き込まれてしまうものだと大いに身構える。
冬子は春夜に許可をもらい、固定電話の受話器を手に取る。携帯電話ではつながる保証のない現状、最後の頼みの綱だった。かけるべき対象の番号をしっかりと確認した上でボタンを押し、連絡を試みる。
コール音が一度。夏の暑さを打ち消しているはずの冷房の心地よさを緊張が打ち破る。
繋がるようにもう一度コール音が鳴り響く。意識は既に受話器の方に集中していた。
更に重ねるようにコール音が一度。時間の流れはやけに遅く感じられてしまう。
更に一度。早く出てくれないだろうかと急かしてしまう自分がいた。
次のコール音が途中で途切れ、ようやく繋がったのだと安心を得る。
「もしもし、天姉」
「おや、その声もしやして」
すぐさま返事が飛んで来る。ただそれだけの当然がこれ程までに愛おしいものだと初めて実感した。
「助けて、夫が連れて行かれそうで」
途端に沈み込む。そうして生まれた静寂は田舎ののどかな空気と昨夜の悪夢のような出来事の二つと絡み合い、独特なほろ苦さを生んでいた。
「分かった、居場所を教えな」
破られた沈黙の間に何があったのだろう。疑問を抱くものの、紙をめくる音で手帳を用意していたのだと気付かされた。彼女の声が作った意味に従いこの場所の住所を告げ、通話は終わるように思えた。しかし、そうは行かなかった。
「あんたと結婚にまで行き着いた男さ、しっかり救ってみせて当然だね」
しっかりと様子を見ておくようにという助言を与えて通話は完了した。振り返る冬子の真剣そのものの表情を見た春夜が首を傾げる。
「どういう相談」
冬子の表情が瞬く間と呼べる短い時の隙間の中で崩れ、再び重々しい表情は作り上げられた。
「春斗が連れてかれそう」
春斗の目は宙を泳いでいた。そこに何がいるのだろう。縁側の向こう、窓ガラスが成す壁の向こうを見つめているようにも思える視線だった。
そんな春斗が口を動かす。力のない声が部屋を舞い、意味をしっかりと奏で上げる。
「おじいちゃんの霊に引っ張られた」
途端に春夜の目つきは鋭く尖る。春斗を射抜くように向けられた視線は責め立てる色をしていること間違いなし。明らかなもので見ていて胸が締め付けられてしまう。
「冗談はやめて」
「嘘じゃない」
途端に春夜の口が震え、拳が握り締められる。薄茶色の瞳に宿る熱が彼女の怒りの深さを語っていた。
「あの人はそんな人じゃない」
感情に任せて怒鳴り散らす春夜の手を包み込むのは皴だらけの女の手。
「怒らないで」
ゆっくりと優しく告げる声は温かでしかしながら強い感情が込められていた。
「周りの怨念にでも捕らわれてるのかも知れなくてね」
長い間この地を眺め続けている彼女なら何か知っているかも知れない。冬子は疑問を引っ張り見せる事とした。
「そのような歴史でもあるのですか」
一度頷いて、遅れて出てくる言葉。のんびりとした印象は長い人生の果てに削られてしまった感覚を思わせる。
「昔からこの時期に引っ張られる人いるのでね」
初めてではない。昨夜の禍々しい気配には原因でもあるのだろうか。冬子の真剣な表情、顔色に見合った姿の中、思考は様々な形を持ち込むもパズルのように当てはまることもない。
「三軒隣では昔、父と息子の二人で帰って父が連れてかれそうになったこともある」
「連れて行かれそうにってことは」
冬子の目に期待の色が微かに宿り、レース生地のようなヴェールとなったものの、そんな感情を春夜は打ち破った。
「帰る途中の高速道路で事故起こした」
あるパーキングエリアの近くで起きた事故。合流した直後の車に衝突してしまったそう。当然ながらあの速度で走っていた車に乗っていた彼らが無事であったはずもない。春斗と二人で内心震え上がりながら伸びる景色を見つめていた冬子はあの日の感情と共に実感を得た。その事故以来、パーキングエリアと向かいの方でも子どもの霊が確認されるようになったという話もあったようだがそれは別の話だと春夜は断言していた。
「二十人以上連れられたけど助かった話は聞かないね」
「春美おばあちゃん」
春斗が告げた名はきっと祖母のものだろう。冬子の記憶の中に刻まれた。
「春美おばあちゃん、見えるよ」
春斗が手を伸ばした。冬子の視線は動きを追い、窓の向こうを見通す。そこに数人が立っていた。誰もが表情を失い、どれだけ特徴的な顔であっても記憶に残すことを許さない顔。
「あれが」
冬子の声は震えていた。自分でも驚くほどに揺らされた感情。やがてそれがさらに大きくなる出来事が起こる。
窓の向こうに立つ人々の人数が増えていた。先ほどまで立っていた数人に加えて更に住人程、認識している微かな間にも更に二倍ほど。
生きた気配を持たず、姿勢にも個性の残らない彼ら。その視線は全て春斗の方を向いていた。




