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断末魔の残り香 氷  作者: 焼魚圭
断末魔の残り香 氷
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祖父の墓参り

 春斗の里帰りは高速道路を降りた後の最後の一息を迎えていたものの、その一息こそが本番と言える様を示していた。初めの方こそはそう苦しい道などなかったものの、海沿いの山があまりにも危うく感じられてしまう。上り坂と下り坂の連続や購買の極端な変化、何よりも恐ろしいのは左右に容赦なくうねる狭い道。行く側は余程の事がなければ落ちるまでもないが、それでも恐ろしい。対向車とすれ違うにはできる限り山の斜面に車を寄せなければならないということ、やはり事故が一番避けたいこと。

 しばらくの間、冬子は冷や冷やとした心情で景色を眺めていた。命がけそのものの移動は彼女の心にいつまでも安らぎを与えてくれない。

 春斗は震えていた。緊張が背筋を伸ばし、ハンドルを握る手に力がこもってしまっていた。

「固いな」

 冬子の感想はもっともなものだった。明らかにぎこちない動きで緩やかにハンドルを切る。曲がり角をしっかりと曲がり、それでも続く山道に、急な下りから更に急な登坂が待っている。

 そうした道の数々を抜けることでようやくコンビニやスーパーマーケットが見えて来て、冬子は落ち着きを取り戻した。しかしながら春斗は未だに緊張に取り囲まれていた。

 最後の山、そこを幾程か上った先に祖母の家が建っている。

 山の道は険しく、時にはアクセルをほぼ全開にすることでようやく時速四十キロメートル到達、これには春斗と比べて運転に慣れている冬子も驚きを隠すことが出来なかった。

 こうした道を乗り越えることでたどり着いた祖母の家はようやく生きた心地を与えてくれる。きっと祖母は毎日あの道を降りては上り、生活に必要なものをそろえているものだろう。

 車を停め、降りた先で皴にまみれた女とほんのりと若さと元気を残すのみの女の姿を見た。

「春斗、運転して来たのかな」

「もちろん」

 冬子の姿を目にして見つめ続ける祖母に春斗は紹介を始める。

「彼女の冬子さん、ぶっきらぼうだけど優しいよ」

「どうも」

 表情一つ変わらないのは緊張のためだろうか、ほんのりと不気味な顔は祖母の顔にはどのように映った事だろう。疑問は湧いて来るものの、それらを抑え込んで若さを残した女の方へと目を向け訊ねる。

「こちらの方は」

 女は深々とお辞儀をして冬子に向けて明るい微笑みを飛ばす。

「叔母の春夜です」

「暑いでしょう、上がりなさい」

 祖母に促されるままに家に上がり込み、出された麦茶を一気に飲み干した。それからすぐさま仏様にお参りを済ませてお土産を手渡す。冬子と春斗の住む地域では有名な和菓子、黄身餡を包む艶やかな生地のまんじゅうを見て祖母は顔に喜びの皴をより一層深く刻み込む。

「おじいちゃんにお参りしようか」

 祖父は既に亡くなった後の話。冬子には一切関わりのない人物ではあったものの、春斗の祖父であるというだけでどうしてか温かな人物像を思い描いてしまう。

 春斗は冬子を見つめ、少しの沈黙を流したのちに静かに口を動かした。

「行っても大丈夫かな」

「問題ない」

 きっと霊感の話だろう。墓という場所では幽霊の原因となる人間の死がどうしても付き纏う。一般人にとっては非常に死に近い場所とも言えた。

 祖母は小さなカップに入った日本酒をいくつかトートバッグに入れ、墓場へと向かう。

「すぐ近くだから」

 そう言って歩き出し、上ること僅か二分で墓の姿を目にすることが出来た。車に乗っている時にでも少し辺りを見渡していれば見られる光景であることは間違いなかった。

 日光が空気を焼いている。アスファルトに注がれて上るように揺らめく空気、どれだけ近付いても追いつくことなく逃げていく空気は蜃気楼の一種というものの、蜃気楼という言葉を耳にしても実感が湧いてこない。熱された地面、焼き付いたように苦しい空気はそれでも都会や下の方より幾分か楽なのだという事実を受けて日本の気候も人間にとって随分苦しいものとなってしまったのだと愁いを帯びた目で見つめてしまう。

「おじいちゃんも苦しいかもね」

 その言葉に冬子はついつい暑さに項垂れながら家の中で溶けるように入り込む春斗の祖父の姿を思い浮かべて微笑みを噛み潰していた。

「すぐ着いたね」

 春斗の言葉に頷き祖母は墓の前にカップ酒を一本供え、マッチに火をつけ線香を燃やす。独特の香りは吸い込んだとたんに落ち着きと澄んだ感情をもたらす。不思議な力を持った緑の棒、先端が赤く、次第に灰になって散り行く姿は命そのもののよう。辺りでうようよと力なく揺れる霊たちは煙と混ざり合い、逃げ水のような様を見せていた。

「ご冥福をお祈り申し上げます」

 手を合わせ、祈る。お盆という時期、今夜にでも家に帰って来るのではないだろうかという今、それに対して毎日でも訪れる社会生活に思うことはあるものの、今は全て忘れて祖母が取り出した日本酒を味わい始めた。

 安酒の中では比較的高いもののあらゆる場所に売られているそれはあまりにも飲みやすく、すっきりとした飲み心地で優しい味わいをしていた。

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