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断末魔の残り香 氷  作者: 焼魚圭
断末魔の残り香 氷
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三滝の調査

 見渡す限りの草原と森、聳え立つ山は目に映る景色の大半を占めており、人間が切り開いてきた形でさえも受け入れて自らの身体に加えていく。三滝のカメラに収められた景色、手のひらサイズに圧縮された偉大なる自然はどれほどの力を残しているものだろうか。写真撮影の腕を磨けばきっと一枚の写真だけでも人々の目を惹き付ける記事を作り上げることが出来るだろう。しかしながら現実はそう上手くは行かない。

 原稿の始まりのページの四分の一をも埋める大きさで載せる予定の一枚の写真、記事の導入はきっとこのような文章で始められることだろう。「文明がどれほど高度になれども変わらない景色がある。科学がどれほど人々の思想を支配したところでかつてこの世界で人生を紡いできた彼らの思考は消えない。それは今でも残り続けて奇妙な噂という形で生き続けている」この文章から続いて世間に置き去りにされたこの景色の力強さ、そんな世界で生きる人々の頭の底に残る風習を綴る、その瞬間こそが今の三滝に残された数少ない楽しみの内の一つだった。

 アスファルト舗装の道路はこのような田舎にさえ伸びているのだから人々の痕跡はどこまで進んでも消えないのではないかと錯覚してしまう。当然のことだが遠い過去の世界からの遺しものも多量に見受けられた。このような山の中であれば城跡があり、当時の世間の姿を残響に変えて示している。更に進めば大きな石碑とお供え物の小さな日本酒の瓶が見られた。この土地では有名だったのかもしれない何者かの名、里上権彦と大きく彫り込まれたそれについては後日確かめることとして足を進める。

 森の中へと入ればそこには深い緑の中では大いに目立つ派手な赤で塗られた鳥居の姿がある。

 三滝はそんな景色を見つめながらついつい簡単な言葉を感嘆の情と共に露わにしていた。

「こんなところにまであるんだな、稲荷」

 恐らく神社の中でも最も多くの地で祀られている神の候補三の内の一柱。稲荷と八幡と天神は一つの地域の全てを見通すように歩けば必ずと言っても大袈裟でないほどに見かける神。そんな馴染み深き神の一柱の祠の壁の淵にご縁の五円を置いて深々と二礼、木々が鳴らす音を細かなものと感じさせる破裂のような二拍、最後に無事の祈りを強く訴える気持ちで一礼を行なう。下手にその土地の神や名も知らぬ神を拝んでしまったその時には祟りやご利益の噛み合わせによって賛辞を招き入れてしまうかも知れない。故に他の神にはお参りしないように気を付けていた。

 見上げたその時、小さな祠の中に収められた木の板に書かれたかすれた文字を凝視して驚きを得た。

「荼枳尼天の稲荷様か」

 ウカノミタマノミコトと呼ばれる伏見稲荷が有名だろう、他にも白髭稲荷なども有名で、三滝はこの二つの内の一つ、そうでなくとも神道の稲荷だと思い込んでいた。しかし目の前の祠で祀られている稲荷はダーキニー、荼枳尼天と同一視された稲荷で本来ならば寺に祀られているはずの稲荷。昔の人々はその違いをよく理解していなかったために別のものを建ててしまっていたのかも知れない。

 そこまで考えて三滝は一つの違和感を抱いた。元の通りに作ればいいだけの話だが如何なる手違いで神道の形式を取ってしまったのだろう。

 祠の裏へと周り、下の右端に自然的な腐食や苔とは異なる凹みを見つけて目を凝らす。彫り付けられた文字、そこには建立した者として里上権彦の名が刻まれており更には小さな文字の存在が確認できた。

 カメラを構えシャッターを切る。あの石碑の人物が関係しているということを知って無視できなくなってしまったものだった。

 祠に刻まれた文字には古めかしい文字の羅列によって感謝の言葉が書かれており、如何なる偉業を果たした者なのか、好奇心の火は激しく燃え上がるのみ。

 確かめようにも他の文字は見られなかった。あるのは過去に崩れた土砂の痕跡と微かに顔を出した瓦の欠片。それだけでは全体像をつかむには至らず撮影だけ済ませて鳥居を抜け、先ほどの石碑へと向かった。きっと手掛かりはそこにあるはずだと踏んで進んで来た道を戻り行く。

 先ほど目にしたあの石碑、その名の右上に集落の復興記念碑という示しを見て裏を確認する。相変わらずの古めかしさを誇る文字たちだったものの、三滝は今の職業で生きていく事を覚悟した際に精一杯脳の中に詰め込んできた重々しい知識たちからその時代にあった日本語の用法を取り出し今の言葉に訳して感覚での理解へと昇華する。

「かつて水害が起こった。その時に稲荷の祠や家々が壊れて誰もが困り果てたその時、隣の町に住む人々が復興のために血肉を注ぐように汗水を垂らした。その代表者の名を記す」

 飽くまでも要約、しかし理解には十分。

「稲荷は頻繁に見られた上に神仏の区別は付けない者も多かった」

 きっと復興を手掛けた彼らの住まいの近くには稲荷の社があったのだろう。ウカノミタマノミコトを祀った異なる宗派の稲荷が。

 ほんの少しの勘違いが形を変えてしまった、そういうこともあるのだと三滝はただ思いを巡らせ目を閉じる。

 この地を見守る者となった彼に、偉業を積んだ肉体への感謝と心への労りを込めて祈りを捧げ、再び坂を上り始めた。

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