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断末魔の残り香 氷  作者: 焼魚圭
断末魔の残り香 氷
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大移動

 人の本来の感覚からは想像も付かない速さで進む鉄の箱が運んだ身はやがてコンパクトな都会で一度ホームを踏む。改札に通し、別の会社が運営する線路を見つめ、別の都会を目指すべく特急の到着を待っていた。

 二時間、長く太い針が数字の書かれた円盤を二周するまでの間、三滝はペットボトルに入れていたインスタントコーヒーを啜りながらカバンを見つめ、コーヒーを置いて開く。節約のためとはいえスーパーマーケットで買ったペットボトル飲料を日帰りの調査で飲んで別の日にはコーヒーを入れて持ち歩くという光景にケチ臭さを感じる者もいたのだという。

「洗えないからここでお別れだな」

 取材の姿勢として惨めにも程がある。自覚があったため他人との対面の仕事の際には決して飲み物を口にしなかった。

 カバンに手を突っ込み、即座に紙を取り出す。荷物は着替えに手のひらサイズのデジタルカメラと携帯電話とカメラの充電器、それ以外には入っておらず少なめな荷物で紙の感触があった時点で明らかに目的のものだと分かる様。紙に目を通しながら手帳とシャーペンをズボンのポケットから取り出して要点を纏めて書き留める。空気をも熱する八月、お盆を数日後に控えた駅のホームを焼く日差しが息苦しさすら感じさせる。

 そんな中で今回の取材に向けてその地域に伝わる風習を脳に叩き込む。

 盂蘭盆会、一般的にはお盆と呼ばれるこの時期、精霊馬と精霊牛を飾ることはよくある事だろう。ご先祖様の霊が素早く帰って来ることが出来るようにと馬に見立てたキュウリに割りばしの脚を刺したものとゆっくりとあの世へ帰っていただくために牛に見立てたナスを用意するのだという。

 しかし、この地域ではそれだけに留まらずソラマメも用意するのだという。多くの思い出を持ち帰る荷車としてのソラマメ。つまるところ牛に引っ張ってもらう車である。

「これは縁起の悪い」

 思わず呟いてしまっていた。ソラマメと言えば古代エジプトやローマでは死の象徴とされている他、儀式における生け贄という意味合いも持つ。いずれにせよ不穏なものを選んでしまったがための不安が呼び寄せたお盆の霊的誘拐事件なのだろう。

「調査は行方不明者の人数と風習にまつわる祠があればそれか」

 どれほどのペースで進んでくれるだろう。滞りのない調査を祈り、三滝は待ちに待った特急列車の到着に笑顔を作る。乗り込んでしばらく止まる列車に閉まらないドア。発車時刻までの退屈な時間に振り返ることもなくなり暇を持て余すのみとなってしまった。二つほど前の座席の集いの中で若者たちが飲み食いに携帯いじり、漫画の読みまわしを行なっている様を見つめてかつて三滝の身にも流れていたあの時間たちを思い出す。クラスメイト達と共に当時流行りの少年漫画を読んでいただろうか。雑誌を買う金もなければほとんどの漫画は借りていた。アルバイトが許されない学校の中で無断の労働に従事する人物が中心というポジションを得ていたと記憶している。三滝には決してたどり着くことのできない立場だった。

 気が付けば特急列車は進みだしていた。これから田舎へと向かうのだ、金額を考慮した結果、宿は取れなかったが山を下りればネットカフェくらいはあるだろうか。質の悪い睡眠が既に肩にもたれ掛かっている状態であるからにはそれでも問題はないと言い放つことが出来てしまう。

 数時間を経てようやく目的地の県内の都会にたどり着いた。これから普通列車に乗り更なる秘境へと向かうという気の重い経験をしなければならない。この手の取材では確かに移動の多い事は宿命だが、自費で行かなければならないという知名度の低いマニア向け雑誌である以上は交通機関を出来る限り使いたくなかった。結局賃金の半分以上が仕事のために費やされ安い家賃と言われる高級品の支払いに溶けては日々を生きることで手いっぱいになってしまう。つまり、近場での取材が最も助かるということ。

 普通列車が運んだ熱気は中々に大きなもので、恐らく自身の取材に対する熱量を大幅に上回る。身の回りでは熱量保存の法則の存在を言い訳にしていたが、賃金上げるか経費を出せと言いたいということが本音だった。

 貧乏神に憑かれているのは俺だ、自己取材したい。などと叫びたい衝動を抑えてようやくたどり着いた駅から更に電車の乗り換えを行なおうとした途端、気が付いてしまった。

 ここが最寄り駅、これ以上は遠くにしか行けないということとかつてはもっと近くまで走っていたはずが利用客の人数と利益率の兼ね合いでいくつかの駅を廃止したのだということ。これ以上はバスを用いる他なかった。つまるところ、更に十数分立ち尽くすこととなってしまい、調査すら始められないもどかしさにイライラが募り始めていた。

 海を眺めながら暑さに耐え抜きバスが訪れることでようやく町の外れに足を踏み入れることが叶い、コンビニやスーパーマーケットにファミリーレストランとネットカフェの存在を確認した上で山の方へと歩みを進めた。

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