雑誌記者
ある日、ある出版社に一枚の手紙が送り込まれた。それはバイクに載せられて会社の中へと運ばれ、続いて関係者の手に移ってある雑誌の編集部のデスクへと運ばれた。今の時代に電子メールでなく紙の郵便物という形を持って送られてくること、それ自体に異様な気配を感じてしまう人々は少し後ずさりしつつも郵便物へと歩み寄る。あまりにもゆっくりとした足取りに編集長は笑っていた。
「早く取れ」
「いやしかし」
編集長が納得できるような言葉にできる理由を持たずに返事をするだけでもたつく男は恐る恐る手に取り目を通す。
「これは随分と遠方の田舎ですね」
途端に周りはざわめいた。きっと電話すら通じるかどうかといった未開発そのものという地域なのだろう。
「漬物石、旅行の知らせだぞ」
「高石です」
昭和そのものの姿をしているかもしれないような場所に行きたがる者などいないのだろう。高石三滝という名を持つにもかかわらず別の名で呼ばれた者、若く痩せこけた男はいつも通りの返事を放る形で会話を繋いでいた。
「ほら読め」
三滝は紙を受け取らずに内容に目を通そうとする。この会社の決まり、記者の立場の者が一度手にしてしまったが最後、調査に身を乗り出すことが確定してしまうのだ。
「手に取れ、もう漬物石に行かせるのは決まってるから」
「拒否は無理ですか」
周囲の反応を窺ってみるものの、明らかに総員意見を一致させているようで断ることの叶う雰囲気など残されていなかった。仕方なく受け取り改めて紙に目を通す。先ほどまでは断片的にしか見えていなかった情報の全てが今では把握できる。
「これって怖い話ですか」
恐らくこの雑誌、エンタメ系オカルト雑誌を名乗るそれの編集部に舞い込んだのはほぼ必然と言ってもいいだろう。他にも有名なオカルト雑誌やムック本の会社はあったものの、有名な雑誌では良い扱いを受けて投書コーナーに纏められることは確実、不採用の可能性もあっただろう。かといって不特定多数のジャンルを抱えるムック本ではそもそもそういった本が今後作られる保証もないだろう。
「いいか、調査は必須だぞ」
編集部の言いなりになるしかない記者もいた。それが三滝に与えられた立場。仕事ぶりよりも押し付けやすいという理由で選ばれた者だった。周りの記者たちは先ほどまでどこにいたものだろうか、気が付けば拍手の嵐を三滝に浴びせていた。
「わかりました」
痩せこけた頬、細い体は栄養不足を思わせる。猫背気味の背筋を無理やり伸ばして三滝は手帳を開き、隅の方に行先と取るべき切符を書き留める。旅費は経費として出ない、何一つ経費では落ちないこの仕事の中、給与よりも高くつく可能性を危惧しつつ計算を纏めなければならない。
毎度の事で慣れてはいたものの、今月もまた趣味に回せる金など残っていない事だろう。既に三滝の記憶の中から好きなものと呼べる存在は消え去っていた。自分の中で大きかったものが小さくなってしまうことを恐れるという感情すら忘れてしまっていた。
カバンに紙を仕舞い込み、パソコンの画面を見つめながら前回の調査の成果を記事にしていく。静かなタイプ音はそれでも彼らの耳に入ることだろう。
「早く纏めるんだぞ、記事も荷物も」
急かされるままに想いを傾けてしまっては誤字や脱字が増えてしまう。このような事態を防ぐ為にも平常心は大切だった。
文字を打ち終えたのだろう、キーボードから手を放してマウスを動かしどこかをクリックする。そうした過程を経てこの雑誌関連のパソコンの全てとつながる印刷機が動き始めた。それを担当編集者に提出し、荷物を手に狭いコーナーを出る。
都会の景色は人のためだけに作られたもののように見える。しかしながらカラスやネズミ、ゴキブリといった生き物が生きるのに最適な環境で見ているだけでもの悲しくなってしまう。三滝はそう言った人類がもたらした恩恵を受ける生き物たち以下と言われているようにすら感じてしまう。周りの人々がコーヒーやジュースを手に笑いながら歩いている。そんな無関係な人々に対して害を成したくなってしまうのはきっと己の弱さ故。
力なき身体をどうにか動かして駅へとたどり着き、切符の予約を済ませる。周りではパンを焼いたり地域の銘菓を売る者たちが誘惑を漂わせていたものの全て抑え込んで駅を去る。贅沢は敵だ、昔は嘲笑っていたはずの言葉が今ではこちらを嗤っている。負け惜しみの言葉として放つ己が惨めで仕方がなかった。
前日に提出した原稿の書き直しと再提出、軽い調査を一つ、更にそれを原稿に纏めるといった仕事を済ませて経過した二週間。これから向かう田舎ではある程度の期間を設けて取材を済ませなければならない。
新幹線の中で例の手紙に綴られた文字に目を落とす、内容に目を通す。どうやらその地域では精霊馬と精霊牛、キュウリとナスに割りばしを四本刺して脚とする食べ物で遊んでいるようにも見えるあの風習にソラマメという普通は見られない要素が加えられているそう。
更なる内容をつかむべく紙と睨めっこする三滝を当然のように運ぶ新幹線は懸命に進み、住まいから瞬く間に離れて行った。