うまいもの談議「塩」 について
美味しい物の話しをする時に必ずと言っていいほど頭に浮かぶのは、お梶の方と塩の話しです。
私が知ったのは、作家の隆慶一郎先生の影武者徳川家康の中の中で、その話しが出てきて知りました。
隆慶一郎先生の作品で有名なのは一夢庵風流記でしょう。漫画の花の慶次やパチンコなどで知っている方も多いかと思われます。
失礼、話しが逸れましたね。お梶の方と塩の話しのエピソードについては故老諸談と呼ばれる、徳川家康に関わる逸話について、聞書や覚書をもとにまとめた書があって、お梶の方のうまいもの談義は有名なエピソードと言われています。
NHKの大河ドラマは見ていませんが、家康に関する話題でお梶の方の名前をあげずにはいられないくらい魅力のある人物でしょう。
どんな内容なのか少しご紹介してみます。
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ある日のこと、家康が家臣たちと談笑をしていた時にふと尋ねました。
「食べ物のうちで、うまいものと言えばはどんなものかのぅ」
家臣たちがこれは旨いあれは美味しいと料理を思い浮かべては答えていきましたが、一致はしませんでした。
家康がそばで控えていたお梶の方にも尋ねてみました。
お梶の方は家臣達が、想像しながらあれやこれや並べたてた料理には触れずに「それは塩です」 と答えました。
「塩ほど調理法で、美味しいものはありません」
意外な理由に一同が感心しました。主君のお気に入りなので口には出しませんが、心のうちで馬鹿にもしました。
家臣の空気を察した家康はもう一つ質問を重ね「では一番不味いものは何だろうか」 と、お梶の方に尋ねました。
彼女は迷うことなく即答します。
「それも塩です。どれほど美味しいものでも、塩味が効き過ぎれば食べられません」 と答えたのです。
家康や家臣達は彼女の聡明さに感心して称賛の声を上げます。
「これが戦いに出る男子ならば一方の大将として、大軍をも駆使する才能であろうに、惜しいことだな」
そう家康が締めて話しを終えたそうです。隆慶一郎先生の見解では、これはお梶の方が容赦のない現実主義者で、女性として可愛くないと非難されるのを無理矢理褒めるくらいに家康に愛されていたと言われるエピソードなのだと言っていました。
実際に料理において確かに塩加減は大事です。ただし、うまいもの談義と言うものは、あれは旨いこれは美味いと想像し楽しむための話しでもあり、塩加減が全てなんて現実的な話しで盛り下げられては面白くないもの事実です。
お梶の方がそれを実証すべくうまいもの談義にあがった料理を塩抜きで並べ立てて実証して見せたなんて逸話もあるようですね。
「うまいものも塩、まずいものも塩」
うまいもの談義を要約すると、逸話の上記の言葉に尽きます。うまいもの談義に限らずお梶の方の逸話は、いずれも家康がいかに寵愛していたかを証明するものとされがちなのが私は気になりました。
お梶の方が持ち上げられた要因は、江戸幕府の中心人物達が彼女を敬愛していたせいもありそうです。
春日局や徳川家光、頼房などとの逸話や現実の扱いの軌跡を見る限り、真実がかなり含まれていそうですよね。
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しかしそれは別としても「塩」 を中心にお梶の方や当時の様子や背景を追ってゆくと、どうしてお梶の方が家康に愛され、江戸幕府の中で持て囃されて行くのか、分かる気がしました。
お梶の方の出自については色々と資料がありますが、家康が江戸に移ってから重宝された人物であると思います。
ずっと気になっていたのは塩づくりにお梶の方の出身が関係しているのではと思いました。
江戸と言えば「行徳の塩」 があります。
行徳の塩について調べてみると、敵に塩を送るの有名な逸話まで絡んで来るようです。海のない領地しかない武田信玄に対して、今川、北条が塩の止め、敵対していた上杉が塩を送ったというお話ですね。
今の世の中は「塩」 って簡単に手に入りありふれた調味料に思われがちですが、昔は内陸の土地で塩を手に入れるには商人と取り引きを行うか、岩塩を見つけるしかなかったようで、とても貴重なものでした。
本当かどうかわかりませんが海外の国では金の重さと、塩や胡椒の価値が同じと言われたくらいに貴重なものと言われていたそうです。
お梶の方の価値が「塩」 に関わるものだとすると、家康がどれだけ大切にしたか見えてくる気がしませんか。
あくまで私の妄想ですが、うまいもの談義の逸話は、変にお梶の方が持ち上げられてしまっただけで、彼女自身は本当に「塩」 が一番美味いのだと思っていたし、誇りに感じていたのではないかと思うのです。
また、討ち入りで有名な赤穂浪士ですが、あの時代あたりには赤穂の塩の製法が完成し、生産量が上がっていたようです。おかみの塩田の価値が下がるのは必然で、幕府として何とかしようとした結果がああいう形に現れたのかもしれません。
そこにもお梶の方の子孫が関わっていそうな地域なので、政府と地方の関係を見ている現代人の私達でも、何らかの思惑があって、それが「塩」と言われると納得しそうになりますよね。
◇ 最後に ◇
日本の塩づくりの歴史を追ってゆく塩椎神いう神様が重要な役どころとして登場します。
お清めの塩や盛り塩など、縁起担ぎや厄除けや魔除けの意味を持つ「塩」 は、料理に必要なものと言うだけではなく、神事においても生活においても重要なものだとあらためて思いました。
◇ お梶の方について補足
英勝院
生没年1578年12月7日から1642年9月17日。
太田康資と北条氏康の養女(遠山綱景の娘)・法性院との間に生まれた娘、あるいは康資の養女(江戸重通の娘)などとも言われています。
幼名は「おはち」 で、戦場に駆けつけ戦に勝たせた事から家康の内命で「おかち」 と改められた逸話もあります。後に「梶」 「勝」 落飾後は「英勝院」と称されました。徳川家康を題材にした小説などでは「お梶」 と称されていることが多く、私も同様にさせていただきました。
公式企画、秋の歴史2023 初投稿作品になります。
夏のホラー作品と違って歴史関連の創作作品は、歴史と料理をしっかりと書き表さなければならないので二重に難しく、歴史物語というよりは資料に近くなってしまいました。
お目汚し程度の内容ですが、楽しんでいただけたのなら幸いです。