9.母親役
療養二日目の夜。
私はベッドの上で寝付けずにいた。
寝ようと思って瞼を閉ざすのだが、浮かんでくるのはあの日の夜。
私の村が焼かれた時だ。
初日の夜は、疲れで何も考えることなく気絶するように眠れたのだが、疲れもだいぶ癒え、考える余裕ができてからはあの日の夜が聡明に思い出されるのだ。
「ん....」
寝付けない。
あの時の恐怖が絶望が、私の脳内を駆け、頭を不安でいっぱいにする。
もし私が寝た後に、あの日のようなことが起こったら?
お母さんたちは大丈夫なのだろうか?
私はまた一人になるのではないか?
あの焼死体は本当に大きいお姉ちゃんだったのか?
際限なく溢れ出る恐怖に私は頭痛がし、耳を塞ぎ蹲った。
キーンと甲高い耳鳴りがする。
息もだんだん苦しくなり、呼吸が正しいリズムを見失った。
「はぁはぁ―――っ!はっはっはっ....うっ....」
怖い、怖い、怖い。
昼間はこんな風にならなかった。
ルーゼやほかの人がいるときは、思い出しても悲嘆に暮れる程度で済んだ。
なのに暗い空間で一人でいると、悲しみと恐怖に押しつぶされそうになる。
怖い、怖い、ヤダ、ヤダ、ヤダ....怖い怖い、どうして?なんで?生きなくては、生きなくては、怖い怖い怖い怖い....助けて助けて助けて、やだやだやだヤダ、怖い怖い怖いっ!嫌だいやだ嫌だ嫌だ!!!誰か誰か誰か、お母さん、お姉ちゃん....ルーゼ....怖いよ――――――
『—―――ミスト、起きてるかい?』
唐突と響く、ノックの音。
私はその音に驚き、自室の扉を凝視する。
枕は、涙で濡れてビショビショだった。
声の主はルーゼか....
こんな夜中にどうしたのか....
「はい....起きてますよ....ルーゼ」
『分かった。入ってもいいかな?』
「はい....どうぞ」
扉に鍵は閉めていない。
ルーゼはそのままドアを開けると中に入ってきた。
「失礼するよ....こんばんわミスト。どうしたんだい?目の周りが真っ赤じゃないか....怖い夢でも見たのかい?」
「まぁ....そんなところです....」
「........」
ルーゼは私の顔を見て首をかしげる。
ルーゼの服装はパジャマを着て、お化粧も落とした寝るための格好だった。
「....それで、どうされました?何か用事でも?」
ルーゼの訪問理由を問う。
するとルーゼは、少し照れ笑いをしながら、背中に隠していた本を胸の前に持ってきた。
「いやね、寝る前にミストに絵本を読んであげようと思ってね。持ってきたんだ」
「絵本....ですか?」
「そう」
そう言いながらルーゼは、私のベッドの脇に腰を下ろす。
甘いお花の匂いがルーゼの髪から香った。
でも読み聞かせか....
お母さんもよく寝る前に絵本を読んでくれてたっけ....
絵本一つに、壮大な冒険が詰め込まれていて、私はその繰り広げられる冒険の数々をわくわくしながら聞いていた。
といっても、うちには本を買うお金はなく、また村にも本を売ってある場所などなかったため、文字も絵もお母さんやお姉ちゃんが描いてくれた手作りのものしかなかったが....
それでも私にとって、その本は、物語は宝物の一つであった。
「実は昨日も絵本を読んであげようと、ここを訪れたのだがね。君が気持ちよさそうに寝ていたから断念したんだ。今日は起きているみたいだったから良かった。眠れないのなら私が絵本を読んであげよう」
ルーゼはのそのそと私のベッドに上がり、隣に寝ころんだ。
私も眠れなかったところだ。
少しでも気が紛れるなら、とてもありがたい。
「はい、ルーゼの読み聞かせ....聴きたいです」
「よし、では読もう....本の名前は『テディーテ猫の川下り』だ」
『テディーデ猫の川下り』か....
この物語は知っている。
私の家にも同じ物語の絵本があった。
この物語の内容はこういうものだ。
山の奥地で暮らす猫、テディーテはある日仲間の一匹の猫から、ある噂を聞く。
自分たちが知らない果ての場所、海には川の魚とは格別するほどに旨い金色の魚がいると。
一口頬張ればまるで天にも昇る心地。
今すぐ死んでも悔いはないと思うほど....いやこの魚が食えなくなるなど死ぬより御免だ。
ずっとこの魚を食うために、今から不死の霊薬を探しに行こうぞ。
そう思ってしまうほどにうまい、うますぎる....!
その噂を聞いたテディーテは、そんな魚があるなら一度は食ってみたいと海に行くことを決意する。
住処の近くの川をずっと下れば海に着くと聞いた彼は、イカダを作り川を下ることにした。
仲間の止めとけや、夢の見過ぎだという制止には耳も貸さず。
土産に金の魚を持って帰るといい、イカダを出し川を下った。
途中に熊やカラス、魔物などに邪魔をされながら、数々の艱難辛苦を乗り越え、やっとの思いでテディーテは海へと到着した。
そしてそれから金の魚を探すが、どこを探しても見つからない。
疲れてお腹も空いたテディーテは、辛抱たまらんと浅瀬にいる小魚を一匹捕まえて口に突っ込んだ。
そしたらなんと、その魚は飛び上がるほどの美味しさ。
一匹、もう一匹と口に含み味わうが、腹が膨れると同時に、あまり美味しくなくなっていき、ただの魚の味となった。
そこでテディーテは気付く。
金の魚とはつまり、川を下って疲れた猫たちが、その疲れと空腹から海の魚を絶品だと勘違いしたものだと。
確かに腹が減ったテディーテは、小魚ですら輝いて見えたし、とても美味しく感じた。
その事実を知ったとき、テディーテは笑い転げた。
これだけ苦労したことが、まさかそれだけのオチだったとは。
だがしかし、不思議とテディーテの胸は温かさで満ちていた。
苦労はあった。だけどそれ以上にいい思い出となった。
この笑い話と海の魚を土産にして山へと帰ろう。
そうしてテディーテは今度は来た川を上り、山へと帰った。
山に帰り、その話をすると皆に笑われた。
だがテディーテの勇気をたたえ、宴をしようと皆がいい、テディーテの持ち帰った海の魚を食べながら朝まで飲み明かした。
そういう物語だ。
私の家では、この絵本の絵を大きいお姉ちゃんが書いてくれていて、その絵のテディーテが可愛くて、私はとても好きだった。
物語よりも絵が見たいから、お母さんに読んでもらってたりもした。
ルーゼが読んでくれている絵本は、ちゃんと製本されたもので紙も丈夫だ。
文字も印刷されたもので綺麗に配置されている。
絵も画家が描いたのだろう。
流麗で迫力があって、何をしているかも分かりやすい。
何度も読まれた本なのだろう、ページの角は丸くなっている。
また指の皮脂で、汚れているのも目に入った。
この本には温かみがある。
だが何だろう?この寂しさは?
「テディーテはそこで大きな熊と遭遇しました....」
ルーゼの読み聞かせが、私の鼓膜を揺らす。
優しさの込められた温かい声だ。
....寂しさなんて忘れよう。
ただこの声に耳を傾け、包まれて居よう。
いつしか耳鳴りは止み、私は夢の世界へと落ちていた。
進行が遅くてすみません....
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