7.亡霊
「....スト....ミスト....起きて、ミスト」
「....ん」
何処からか私の名前を呼ぶ声。
私はその声に反応して、閉ざされた瞼を持ち上げた。
「おっ起きたね。おはようミスト」
「あ....おはようございます。ルーゼさん」
寝ぼけた瞼を擦りながら起き上がる。
昨日寝る前に閉めたカーテンは空いていて、窓からは陽光が射していた。
「朝になったよ。早寝早起きは健康の鉄則だ」
私の右側にはルーゼがベッドに腰かけて、こちらを見つめていた。
「ベッドの整理を行っておくから、まずは洗面所で顔を洗っておいで、それから少し話があるんだ」
「はい」
ベッド脇に足を下ろし、履物を探す。
するとルーゼは私の足元までスリッパを持ってきてくれた。
「あ....ありがとうございます....」
あくびを我慢しながら、スリッパをはいて部屋を出る。
そして昨日案内された通りに、洗面所に行って顔を洗った。
さっぱりとして幾らか目が覚める。
顔を洗った後、部屋に戻るとルーゼが椅子に腰かけていた。
「お、洗ってきたね。ではここに座ってくれ」
ルーゼに案内された通りに、ルーゼと机を挟んで反対の椅子に腰掛ける。
「よし、まずは話したい事一つ目。君は昨日この屋敷に滞在することとなった。だから滞在している間は、君は私の姉の子、ということにしてほしい。君は素性がはっきりとしていない。だから屋敷の皆が不振に思って変な杞憂を抱えるかもしれない。それは避けたいことだ。だから簡単な言い訳を作る」
ルーゼの姉の子....
そういえばルーゼにも、私がどういう経緯であの場に倒れていたか話していない。
説明しなくては....
「いや、別に君がなぜあの場に倒れていたかの経緯は話さなくても大丈夫だ。出会ったときに母親のことを聞いた際、とても辛そうな顔をした。それで大体は察せれる。君に無理に想起させることは、心身に多大な負荷を掛けることになる。話さなくていい。ただ傷ついてる君を救いたかった。私にある想いはそれだけだよ」
話そうとすると、ルーゼさんに制止される。
ルーゼさんがそういうなら、別に話さなくても問題ないのだろう。
「はい、分かりました。私はルーゼさんの姉の子供....では何故屋敷に泊まっているのかはどうしますか?」
「それは二つ目の話につながってくることだ」
そうしてルーゼは、机に肘を置いて身を乗り出す。
二つ目....
どのような話だろうか?
「ミスト、聞きたいんだが。倒れていた際に行く当てはないと語っていたが、この屋敷で療養を終えた後も行く当てはないのは変わりないね?」
行く当て....
そうか、言われてみればそうだ。
私がこの屋敷に居ていいのは、私の体力が回復するまでという条件付きだった。
私の体力が回復すれば、私はこの屋敷を離れなければならない。
すべてを失った私に行く当てはなく、再び路頭に迷わなければならないのだ。
「はい、変わりないです....」
「そうかい。それならば提案があるのだが....」
ルーゼが人差し指を一本立てる。
私はその指を見つめた。
「この屋敷で働かないかい?」
「—―――」
その提案に、一時驚く。
....屋敷で働く?私が?
「....と言っても直ぐに働き始めるわけじゃない。まずは騎士でも、侍女でもいいから見習いとなって、君が学べる期間を設ける。ある程度私たちも支援するから、難しく考えなくても大丈夫だよ。もちろん働くならば住み込みだ。衣食住ともにギザベア家の管理下にあるから心配いらないし、なんなら自由に使えるお金まで支給される好待遇付きだ」
屋敷で働く....
実際考えればとても有効な手段かもしれない。
屋敷で働くならば生活も保障される。
頼れるものも、自分の力もない私には絶好の救いの手だ。
「....シェヘル様も君が働くことに許可をくださった。大丈夫、一般的な教養も魔法も剣術も、自分で生きる術を身に着ける教育もさせてもらえるように、シェヘル様にも頼んでおいた。それを身に着けた後、君が屋敷を出たいというのならば止めはしない。どうだろう、この提案を呑んではくれないかい?」
....なんだろう?
私に救いの手を差し伸べる提案というよりは、ルーゼが私に縋る様なお願いに少し感じてしまう。
それは傲慢な考えかたか....
私はルーゼに救ってもらう立場だ。
「はい....そこまでの提案、私には思ってもない幸運です。そのお話、受けさせてください....」
私は深く頭をあげる。
するとルーゼは嬉しそうに机を両手で叩いて立ち上がった。
「—――――本当かっ!」
大きな音に私は少し驚いてしまう。
するとルーゼは頬を赤らめ、咳払いをして再び椅子に座った。
「....何はともあれ、提案を呑んでくれてよかった。ここで一つ目の話に戻るんだ」
ルーゼは私の目をまっすぐと見て話し始める。
「君は元々体力が回復するまでの滞在ということになっていたが、今の提案を呑んでくれたことでそれが変わった。君は体力が回復するまで療養した後、適性試験を受けてもらう。まぁ試験と言っても君が何が得意で何に向いてるのかを確かめるだけだ。そしてその結果で、侍女になるか、騎士になるか、はたまた別の職種か、君が勤める役柄が決まる。屋敷で働く手続きはこちらでやっておくから問題ないよ」
なるほど....
直ぐに何かで働き始めるのではなく、自分の個性で職種を決めるのか。
「君は私の姉の子....という風になっているね」
「はい」
「ならば滞在理由は、もとい屋敷で働く理由は私の姉と君が死別して私が引き取るようになったから、ということにしよう。君には酷な設定だろうが、出来事にできるだけ則してた方がいい」
死別....死別か....
妥当ではあるが、何かとくるものがある。
「....はい、分かりました」
「よし、では今日から君は私ルーゼ・ハインの姉の子供、ミスト・ハインだ。私のことは本当の叔母だと思って接してくれ、母だとも思ってくれてもいい」
ルーゼが私の叔母....
こんなきれいな人が叔母だなんて少し照れる。
「よろしくお願いしますね。ルーゼ叔母さん」
「こらこら待て、ルーゼおばさんは止めてくれ、君にそう言われると少し傷つく」
「ふふ....分かりましたルーゼさん」
「....ルーゼで構わないよ。我々は親しい間柄なんだ....それより今笑ったね。君の笑顔は初めて見るよ。相も変わらず可愛いね」
ルーゼは立ち上がる。
そして扉の方へと歩みだした。
「さて、これで私の話は終了だ。着いてきなさい。私の部屋で湯浴みをしよう。その後に下の食堂で朝食を食べに行くよ」
「はい」
私もルーゼの後に続き椅子を降り、着いて行く。
こうして私の新たな生活が幕をあげた。
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