6.騎士の誓い
今回、長いです。
応接室に入る。
部屋の奥に目を向けると、そこには厳格な雰囲気を持つ人が机について、書類と向き合っていた。
「シェヘル様、こちらが森で保護した少女です」
ルーゼはその人物をまっすぐと見つめながら、私を紹介する。
「そうかい、ここまで連れてきてくれて有難うルーゼ」
机についていた人はこちらに目を向けた後、立ち上がり私の目の前に歩いてきた。
背が高く、声の低い人だ。
ガタイもよく、お母さんの倍以上は体が大きい。
これが....男性?
「初めまして。私はシェヘル・ギザベア。ここら一帯の土地を管理している者で、辺境伯という地位を国王より授かっている。君の名前をお聞きしても?」
その男性、シェヘルは微笑みながら私の前に片膝をつき、自己紹介をした。
私は急いで頭を下げながら自己紹介をした。
「わ、私はミストと申します。森にある村が出身地で....え、えーと....歳は五つを数えたぐらいです」
私がおろおろとしながら答えると、シェヘルは笑いながら頭を撫でた。
「あはは、大丈夫、緊張しなくてもいいよ。ミストというのだね。素敵な名前だ」
頭を撫でる手も大きい。
でもなんだか少し怖い。
「ルーゼは、君が森で倒れていたところを保護したと言っていたが、大丈夫かい?体調は悪くない?」
私に目線を合わせ、ブラウンの綺麗な瞳で私を見つめるシェヘル。
私はその言葉にうなずきながら答えた。
「はい、ルーゼさんがパンとお水を分けてくだっさたので、大丈夫です」
「そうかい、それは良かった。だが倒れるほど飢えていたんだ。それだけじゃ足りないだろう。あとでシェフに頼んで美味しい料理を用意しよう。それを君に振舞わせてくれ」
「あ、ありがとうございます」
親切な方だ。
突如現れた私にそこまでしてくれるなんて。
「それに疲れもたまっているだろう。ルーゼの申し出により、君をギザベア家が保護することにした。兵舎の一室を貸し出すから、そこで何日かほど泊まって疲れを癒すといい」
至れり尽くせりだ。
私が図々しくも願い出ようとしていたことが、向こうから用意されてしまう。
「あ、ありがとうございます」
もう私の口をはさむ暇がなく、私はお礼しか言えない。
まぁいいか、乗り掛かった舟だ。好都合好都合。
「それと先ほど、ルーゼが提案してきたことだが....」
シェヘルは視線を私からルーゼに移し、問いかけるようにルーゼを見つめる。
するとルーゼは首を振った。
「その件は後にして構いません」
「そうかい、分かった。では日が落ちたら私のところに来てくれ」
「承知しました」
何の話だろうか?
一連のやり取りの後、シェヘルは私に視線を戻すと、にこやかに微笑んだ。
「ではミスト、そういうことで君は今から客人として扱う。君は貴族でないから本邸での泊めることはできないが、ゆっくりしていってくれ。ルーゼ、ミストに邸内を案内をしてくれ」
「承知しました。ミスト、行こう」
最後のやり取りは気にかかるが、取り合えず挨拶は終了みたいだ。
ルーゼに手を引かれる。
これで当分の生活は保障されたわけだが、それが終わったらどうするか....
「シェヘル様、失礼します」
「し、失礼します」
「あぁご苦労様」
ルーゼに手を引かれ退室する。
それからルーゼに屋敷内を案内され、一通り見て回った後に兵舎の食堂にて美味しい料理に舌鼓を打った。
白身魚のオリーブ煮....マジで美味しかった....
そしてその後に私が寝泊まりする部屋に案内される。
「ここがミストが泊まる部屋。元は騎士の一人が使っていたが、その騎士が辞めてしまってね。空室となっていたんだ。ベッドや部屋はメイドが掃除をしてくれているから、直ぐに使える。今日はもう暗くなったからこの部屋で休むといい」
「はい....ルーゼさん、今日は何から何までありがとうございます。迷惑ばかりかけてしまって....」
部屋を見渡した後、ルーゼに改めて向かいなおして、お礼を言う。
するとルーゼは私の頭を撫でた。
「大丈夫、私がやりたくてやったことなんだ。君が気にする必要はないよ....でもお礼は受け取っておくね。何より、君が助かってよかった....」
本当に優しい方だ。
優しくて、かっこよくて、気高くて、聡明で....理想の女性だと思う。
「ではお休みミスト、いい夢を。あ、でもその前に歯を磨くことだ。虫歯になったら大変だからね。机に置いてある歯ブラシで磨くんだ。洗面所は夕方説明した通り、廊下の突き当り右の部屋だ」
ルーゼがお母さんみたいなことを言う。
私はそれに微笑みながら返事をした。
「はい、わかりました。ルーゼさんも....おやすみなさい」
「あぁおやすみ」
ルーゼは部屋から出ていき、扉を閉める。
私は部屋にある机に目をやって――――――――
「—――――歯ブラシってなんだ?」
歯磨きって、木の枝でするものではないのか?
そうして、私の一日は終わった。
◇
『シェヘル様、失礼します』
月明りと蠟燭のほのかな明かりが照らす書斎に、ノックの音と凛々しい声が響く。
「どうぞ、入ってくれ」
シェヘルは読んでいた本を机に置き、扉を向いて声をかけた。
「シェヘル様、遅くなり申し訳ありません」
「いや別に構わない。仕事も片付き本を読んでいたところだ。待つことは苦ではない」
扉が開き入ってきたのはギザベア辺境伯家騎士団の団長、ルーゼ・ハインだ。
我がギザベア家の誇りである騎士団の長であり、シェヘルの幼馴染。
シェヘルはルーゼに絶対的な信頼を置いていた。
「それより、他の者がいないときには敬語をやめろ。使い慣れてなさに身の毛もよだつ」
「....わかったよ。私の敬語に君が恐怖すら覚えていたなんて、私には思いもしなかった」
領主とその騎士。
身分にこそ上下はあったが、二人は気心知れた仲であり、シェヘルはルーゼに敬語を使わなくても許してはいたし、ルーゼは騎士になるまでシェヘルに敬語を使おうとすら思ってもいなかった。
「それで要件だが....お前が昼間に口にした件だ」
「あぁ分かっているとも」
「本気なのか?」
「本気だとも」
シェヘルはルーゼの言葉に頭を抱える。
「今一度言おう....ミストを、うちで雇うことはできないだろうか?」
ルーゼのはっきりとした語気にシェヘルはため息をつく。
「はぁ....分かっているのか?今日から三日前、我が領地内、ジオヴァルの森に巣くう淫魔の駆除が冒険者ギルド、メレニア王国支部長レンブルトン・プットマン名義で行われた。そして今日、ジオヴァルの森でお前が狩りをしていた時に、森で倒れた見惚れる程の容姿を持った少女を見つけ保護した」
「うん、それがミストだね」
本当にルーゼは分かっているのか。
そう疑問に思いながらシェヘルは、言葉を続ける。
「淫魔の特徴。それはとても優れた容姿だ。角と羽、尻尾と淫紋は十歳ごろに発現するが、彼女はまだ五歳。その特徴は有していない。だが、十分だろう。疑惑の段階ではあるが確定と考えていい」
「うん、でも疑惑だ。万が一という可能性はあるだろう?その万が一だった場合、君は人間の幼き少女を言いがかりで苦しめることになるが?」
嗚呼、おそらくルーゼは分かっているのだろう。
分かったうえで目をそらしている。
「そうなるかもしれない。だが覚悟の上だ。疑惑が大きいほど、その芽は早めに摘んでおかねばならない。見逃して、予測される事態が起きたらどうする?一人の少女以上の数、そして価値のある人間が命を落とすかもしれない」
「それじゃあなぜ君は出会ったときに彼女を捕らえなかった?あの時に捕らえて牢にでも投げ込んでおけば良かっただろう?」
「それはお前の慈悲を汲み取ったからだ。お前は例え醜き淫魔だろうと、弱き者は見捨てぬ。手を差し伸べる。その想い、行動を尊重したからこそ、淫魔の子を屋敷に入れることを許した。一時的な保護を許した」
自然とシェヘルの声に熱が入る。
「お前の優しさ、その尊さは幼き頃より知っている。呆れるほどにだ。だから初めお前は、大罪犯せし淫魔にも慈悲を与え、森で野垂れ死ぬよりは奴隷となり、買い手がついて最低限の衣食住は保障された生活を送る方がマシであろうる。
部屋の奥に目を向けると、そこには厳格な雰囲気を持つ人が机について、書類と向き合っていた。
「シェヘル様、こちらが森で保護した少女です」
ルーゼはその人物をまっすぐと見つめながら、私を紹介する。
「そうかい、ここまで連れてきてくれて有難うルーゼ」
机についていた人はこちらに目を向けた後、立ち上がり私の目の前に歩いてきた。
背が高く、声の低い人だ。
ガタイもよく、お母さんの倍以上は体が大きい。
これが....男性?
「初めまして。私はシェヘル・ギザベア。ここら一帯の土地を管理している者で、辺境伯という地位を国王より授かっている。君の名前をお聞きしても?」
その男性、シェヘルは微笑みながら私の前に片膝をつき、自己紹介をした。
私は急いで頭を下げながら自己紹介をした。
「わ、私はミストと申します。森にある村が出身地で....え、えーと....歳は五つを数えたぐらいです」
私がおろおろとしながら答えると、シェヘルは笑いながら頭を撫でた。
「あはは、大丈夫、緊張しなくてもいいよ。ミストというのだね。素敵な名前だ」
頭を撫でる手も大きい。
でもなんだか少し怖い。
「ルーゼは、君が森で倒れていたところを保護したと言っていたが、大丈夫かい?体調は悪くない?」
私に目線を合わせ、ブラウンの綺麗な瞳で私を見つめるシェヘル。
私はその言葉にうなずきながら答えた。
「はい、ルーゼさんがパンとお水を分けてくだっさたので、大丈夫です」
「そうかい、それは良かった。だが倒れるほど飢えていたんだ。それだけじゃ足りないだろう。あとでシェフに頼んで美味しい料理を用意しよう。それを君に振舞わせてくれ」
「あ、ありがとうございます」
親切な方だ。
突如現れた私にそこまでしてくれるなんて。
「それに疲れもたまっているだろう。ルーゼの申し出により、君をギザベア家が保護することにした。兵舎の一室を貸し出すから、そこで何日かほど泊まって疲れを癒すといい」
至れり尽くせりだ。
私が図々しくも願い出ようとしていたことが、向こうから用意されてしまう。
「あ、ありがとうございます」
もう私の口をはさむ暇がなく、私はお礼しか言えない。
まぁいいか、乗り掛かった舟だ。好都合好都合。
「それと先ほど、ルーゼが提案してきたことだが....」
シェヘルは視線を私からルーゼに移し、問いかけるようにルーゼを見つめる。
するとルーゼは首を振った。
「その件は後にして構いません」
「そうかい、分かった。では日が落ちたら私のところに来てくれ」
「承知しました」
何の話だろうか?
一連のやり取りの後、シェヘルは私に視線を戻すと、にこやかに微笑んだ。
「ではミスト、そういうことで君は今から客人として扱う。君は貴族でないから本邸での泊めることはできないが、ゆっくりしていってくれ。ルーゼ、ミストに邸内を案内をしてくれ」
「承知しました。ミスト、行こう」
最後のやり取りは気にかかるが、取り合えず挨拶は終了みたいだ。
ルーゼに手を引かれる。
これで当分の生活は保障されたわけだが、それが終わったらどうするか....
「シェヘル様、失礼します」
「し、失礼します」
「あぁご苦労様」
ルーゼに手を引かれ退室する。
それからルーゼに屋敷内を案内され、一通り見て回った後に兵舎の食堂にて美味しい料理に舌鼓を打った。
白身魚のオリーブ煮....マジで美味しかった....
そしてその後に私が寝泊まりする部屋に案内される。
「ここがミストが泊まる部屋。元は騎士の一人が使っていたが、その騎士が辞めてしまってね。空室となっていたんだ。ベッドや部屋はメイドが掃除をしてくれているから、直ぐに使える。今日はもう暗くなったからこの部屋で休むといい」
「はい....ルーゼさん、今日は何から何までありがとうございます。迷惑ばかりかけてしまって....」
部屋を見渡した後、ルーゼに改めて向かいなおして、お礼を言う。
するとルーゼは私の頭を撫でた。
「大丈夫、私がやりたくてやったことなんだ。君が気にする必要はないよ....でもお礼は受け取っておくね。何より、君が助かってよかった....」
本当に優しい方だ。
優しくて、かっこよくて、気高くて、聡明で....理想の女性だと思う。
「ではお休みミスト、いい夢を。あ、でもその前に歯を磨くことだ。虫歯になったら大変だからね。机に置いてある歯ブラシで磨くんだ。洗面所は夕方説明した通り、廊下の突き当り右の部屋だ」
ルーゼがお母さんみたいなことを言う。
私はそれに微笑みながら返事をした。
「はい、わかりました。ルーゼさんも....おやすみなさい」
「あぁおやすみ」
ルーゼは部屋から出ていき、扉を閉める。
私は部屋にある机に目をやって――――――――
「—――――歯ブラシってなんだ?」
歯磨きって、木の枝でするものではないのか?
そうして、私の一日は終わった。
◇
『シェヘル様、失礼します』
月明りと蠟燭のほのかな明かりが照らす書斎に、ノックの音と凛々しい声が響く。
「どうぞ、入ってくれ」
シェヘルは読んでいた本を机に置き、扉を向いて声をかけた。
「シェヘル様、遅くなり申し訳ありません」
「いや別に構わない。仕事も片付き本を読んでいたところだ。待つことは苦ではない」
扉が開き入ってきたのはギザベア辺境伯家騎士団の団長、ルーゼ・ハインだ。
我がギザベア家の誇りである騎士団の長であり、シェヘルの幼馴染。
シェヘルはルーゼに絶対的な信頼を置いていた。
「それより、他の者がいないときには敬語をやめろ。使い慣れてなさに身の毛もよだつ」
「....わかったよ。私の敬語に君が恐怖すら覚えていたなんて、私には思いもしなかった」
領主とその騎士。
身分にこそ上下はあったが、二人は気心知れた仲であり、シェヘルはルーゼに敬語を使わなくても許してはいたし、ルーゼは騎士になるまでシェヘルに敬語を使おうとすら思ってもいなかった。
「それで要件だが....お前が昼間に口にした件だ」
「あぁ分かっているとも」
「本気なのか?」
「本気だとも」
シェヘルはルーゼの言葉に頭を抱える。
「今一度言おう....ミストを、うちで雇うことはできないだろうか?」
ルーゼのはっきりとした語気にシェヘルはため息をつく。
「はぁ....分かっているのか?今日から三日前、我が領地内、ジオヴァルの森に巣くう淫魔の駆除が、冒険者ギルド、メレニア王国支部長レンブルトン・プットマン名義で行われた。そして今日、ジオヴァルの森でお前が狩りをしていた時に、森で倒れた見惚れる程の容姿を持った少女を見つけ保護した」
「うん、それがミストだね」
本当にルーゼは分かっているのか。
そう疑問に思いながらシェヘルは、言葉を続ける。
「淫魔の特徴。それはとても優れた容姿だ。角と羽、尻尾と淫紋は十歳ごろに発現するが、彼女はまだ五歳。その特徴は有していない。だが、十分だろう。疑惑の段階ではあるが確定と考えていい」
「うん、でも疑惑だ。万が一という可能性はあるだろう?その万が一だった場合、君は人間の幼き少女を言いがかりで苦しめることになるが?」
嗚呼、おそらくルーゼは分かっているのだろう。
分かったうえで目をそらしている。
「そうなるかもしれない。だが覚悟の上だ。疑惑が大きいほど、その芽は早めに摘んでおかねばならない。見逃して、予測される事態が起きたらどうする?一人の少女以上の数、そして価値のある人間が命を落とすかもしれない」
「それじゃあなぜ君は出会ったときに彼女を捕らえなかった?あの時に捕らえて牢にでも投げ込んでおけば良かっただろう?なぜ彼女が屋敷で療養することを許した?」
「それはお前の慈悲を汲み取ったからだ。お前は例え醜き淫魔だろうと、弱き者は見捨てぬ。手を差し伸べる。その想い、行動を尊重したからこそ、淫魔の子を屋敷に入れることを許した。一時的な保護を許した」
自然とシェヘルの声に熱が入る。
「お前の優しさ、その尊さは幼き頃より知っている。呆れるほどにだ。そのためお前は、大罪犯せし淫魔にも慈悲を与え、森で野垂れ死ぬよりは奴隷となり、買い手がついて最低限の衣食住は保障された生活を送る方がましであろう。そう考えて、淫魔を屋敷に入れることを提案してきたのだと考えた」
シェヘルは手を握り締める。自身の爪が手に食い込んでいくのを感じた。
「だが何だ?お前は言うに事欠いて、淫魔を屋敷で雇いずっと手元に置いておくと言うではないか!しかもその淫魔は、かつてのお前の娘に瓜二つと来た!それは慈悲ではない!ただの私情!己の身勝手にすぎない愚行だ!その私情に、民は巻き込まれても良いとお前は言っているんだぞ!分かっているのか!?今は無害であろうとも、淫魔はいずれ必ず私たちに害をもたらす!!その害が向くのが民かもしれんのだ!!」
「それでもっ――――」
「それでも?それでもなんだ?….頭を冷やせルーゼ」
「っ!........」
シェヘルの言葉に言い詰まるルーゼ。
その瞳は、いつかの時ほどに揺れていた。
シェヘルは、自身にこもった熱を逃がすように息を吐く。
ここでルーゼは諭さなければならない。
「….お前の気持ちもわかる。….二年前の事故。お前の夫ダルクと娘のマーシャの遺体は現場に発見されなかった。だからこそ、お前が諦めきれぬことも、現実に目を向けることを嫌うのも….すべて分かる。お前があの事故より、いつも瞳の奥に、二人の影法師を映していることも、悲痛なほどに伝わっていた。お前はきっと、ミストを亡き娘を重ねて、失った母という役割を手に入れ、苦しみから目を背けようとしているのだろう….」
「….….」
シェヘルの言葉に、ただ沈黙し俯くルーゼ。
シェヘルの胸の内は悲壮感に貫かれていた。
嗚呼….ただただ、虚しいなルーゼ.…
「だがな。….ミストはマーシャではない。お前にとって娘は….マーシャは一人しかいなく。マーシャもまた、お前以外に母はおらぬのだ。ミストをマーシャと同一視するな….お前以外に母のいないマーシャは、最早代わりの母を見つけることもできぬのだ。母が自分の代わりとなる娘を手に入れたと知れば.…それは何とも救われぬ話ではないか.…」
「........」
下を向き、ただ唇を嚙み締めているルーゼ。
「なにより今を生きるお前には、責任がある。騎士として、大人としての責任だ。淫魔が成長した後に、その害が及ぶのは我々の子世代になるのだ。それを未然に防ぐのが、お前のように悲しむ親を亡くすことに繋がるとは思わないか?」
「.….…」
ルーゼは依然、沈黙を保っている。
.…結論は出たか。
「分かってくれルーゼ.…ミストをレンブルトン支部長に引き渡す。それが今できる責任の果たし方だ。疑惑でもいい。可能性でもいい。不安の芽は摘んでおく。それが―――――」
「—―――――待ってくれっ!!!」
ルーゼが突如叫ぶ。
シェヘルはそれに驚き目を開き固まってしまった。
「待ってくれ!!すべては可能性の話、もしもの話だ!君がその主張を通すなら、私はもう一方のもしもに賭ける」
ルーゼは目を開き、シェヘルを見つめる。
その目は充血していた。
明らかに普段と様子が違う。
今のこいつは正気じゃない。
「おい!お前何を――――――」
「—―――我は誓う!」
シェヘルがルーゼに手を伸ばした瞬間、ルーゼが再び叫ぶ。
そしてシェヘルが伸ばした手は、ルーゼに触れると同時に弾かれた。
弾かれた勢いで、シェヘルは本棚に勢いよく背中をぶつける。
その振動により、本が床に転げ落ち、大きな音を立てた。
ルーゼはそんなことには目もくれずに、高らかに言った。
「ミストが淫魔でないということを!人を淫欲にて誑かさぬことを!人の子として離反し、神を侮辱せし行為をしないことを!この誓いが背かれし時、我に今かけたる呪いが我を蝕み死に至らしめん!」
叫びと共に、ルーゼの体より放たれた光が消える。
本棚より落ちた埃が、部屋には舞っていた。
「お前っ....《騎士の誓い》を使ったなっ!」
シェヘルは顔を上げ、彼女を睨みながら言う。
《騎士の誓い》とは魔法の名だ。
この魔法は名前に反し、騎士以外も使える魔法で、呪いの一種だ。
言ってしまえばセルフの呪い。自分自身に発動条件付きの呪いをかけることで、自身に戒めをつけるのだ。
この魔法はメレニア王国では大半の国民が信仰している宗教パール教では、最も尊い魔法とされ、その約定は何よりも優先し、他者も尊重せねばならないとされている。
そしてシェヘルは、パール教徒だった。
「お前....利用したな....俺の信仰を....」
「私は誓った。ミストが淫魔でないことを。よって彼女は人だ。君は....私の誓いを信じてくれるよな?」
さっきまでとは打って変わり、穏やかな顔でシェヘルを見つめるルーゼ。
シェヘルにはその顔がさっきまでの、必死な顔をより一層に不気味に見えた。
「....お前はクズだ。俺の信仰を利用し、民が傷つくかもしれないという危うさを視野に入れていない。自己中心的なクズだ」
「....それは本当に申し訳ない。だが君も、私も、そして民たちもパール教徒だ。私の誓いを、覚悟を受け入れてくれると思っているよ」
「........」
もう、何を言っても届かないか....
「ミストは人だ。だからレンブルトンに引き渡さなくていい。そしてギザベア家で雇う事にも何の問題もない....いいね」
「....」
歯を食いしばる。
だがルーゼが誓ったことを信じるほかにない。
「分かった」
シェヘルは首肯すると、ルーゼから背を向けた。
「お前を信じる。これからミストを我が家で雇う。そして人として扱う。これは鉄則だ」
「あぁそう、ミストは人であるから雇うことに何の問題もないし、逆に放り出せば罪なき人間の少女を殺すことになる。子供が好きな君ははなからそんなことはできない」
こうして密かに、ミストはギザベア辺境伯家で雇われることが決定した。
書き疲れました。もう少し細かく丁寧に描写できればよかったのですが....
なにか設定でおかしなことがあったらお教えください。
ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます!
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誤字脱字報告もしてくださると嬉しいです。