4.石鹸
温かいお湯が、私の体に付いた泥を洗い流す。
私は今、ルーゼにつれられた兵舎の浴室で湯浴みをしていた。
ここに連れられたときは大変驚いた。
私の村では湯浴みは、村人共通の井戸から水を汲み上げて外で体を洗うものだった。
水は魔力を使い温めていたが、それも冬の寒い日だけ。
このように家の中に湯浴みをする場所を設け、尚且つ魔力を使わず、常時温かいお湯が出るなど信じられない光景だった。
このような設備を造れる辺境伯は、やはり物語の方なのかもしれない。
『ミスト、棚の中に着替えを置いておくから、体を洗ったらこれを着てくれ』
浴室のドアの向こうからルーゼの声がする。
私はその声に「分かりました」とだけ返した。
そしてルーゼは脱衣所から出ていく。
私は頭と体を洗うべく、石鹸を探す。
そして、固まった。
なんか石鹸の他にも色々と置いてある....っ!?
私が手を伸ばした先には石鹸以外にも、小瓶から大きい瓶まで、液体の入った瓶が沢山並んでいた。
ど、どういう事だろうか?
私が村で、普段体を洗う時に使っていたのは、油脂と灰汁液で作られた石鹸だけだった。
なんでこんなにゴチャゴチャ置いてあるのだろう?
石鹸一つで十分ではないのか?
まぁ良いかと思い、石鹸を手に取る。
そして泡を立てたとき、私は再び固まった。
その泡から発せられたであろう柑橘類の爽やかな匂いが、私の鼻腔をくすぐったからだ。
「—―――――ッ!?!?」
思わず仰け反り、大げさな反応をしてしまう。
これは....ただの石鹸ではないっ!?
石鹸とは、今まで体の汚れを落とすだけのものだと思っていた。
だがこの石鹼は汚れを落とすだけでない。
汚れを落とし、尚且つ匂いで楽しませてくれるというお楽しみ付きだ。
いやしかし、辺境伯なる御仁....大変恐れ入った。
石鹸に匂いをつけるなんて、本当に物語の方なのだ。
もしや....?
私の中にある考えが浮かぶ。
この色々と置いてある何かも、匂いで私を楽しませるものなのかもしれない....
私は試しに、ドロッとした液体の入っている瓶を手に取った。
瓶の表面に何か書いてあるが、生憎と私は字は読めない。
私は試しに瓶のふたを開け、手のひらに少量の液体をかける。
すると今度は嗅いだこともない甘い匂いが、浴室中を包んだ。
「わぁ—―――」
息が漏れる。
お花の匂いだろうか?
甘い匂いの中に、どことなく上品さを感じる。
私はそれからとても楽しくなり、手当たり次第の容器、石鹸の匂いを試していった。
それはもう新たな発見が次々と現れて....
....結果的に浴室が泡まみれになり、滑って転んで我に返った。
それから泡が一つもなくなるまで洗い流すのに苦労するのは、また別のお話。
◇
浴室から出て、脱衣所でルーゼから指定された布で体を拭く。
体を拭く布ですらフワフワしている。
何なんだ、この屋敷は....
それからルーゼの用意したであろう服を手に取る。
やはり綺麗な服だ。袖を通すのですら緊張してしまう。
私は着替え終わると、事前に説明されていた一階の広場に向かう。
浴室はルーゼの個人のもののようで、ルーゼの部屋のある二階に位置していた。
私は階段を下り、一階の広場に着く。
そこには既に、ルーゼが私を待っていた。
「お、来たねミスト。どうだったお風呂は?体は綺麗になったかい?」
「はい、お陰様で体を洗うことが出来、さっぱりしました。改めて、浴室を貸してくださりありがとうございます」
私が頭を下げると彼女は微笑みながら言った。
「いやいや私がしたくてやったことなんだ。気にしなくていい。でも、本当に綺麗になったね。やっぱり私の目に狂いはなかった。君の綺麗な桃色の髪も顔も、そうしていれば曇りなく映える」
そう言いながら、私の髪を優しくなでるルーゼ。
そして撫で終わると、今度は真面目な声質となり、私に問いかけてきた。
「ミスト、辺境伯に君のことを話した」
少しの間。
私は上を見上げ、ルーゼの顔を見る。
「辺境伯は君を喜んで受け入れると仰って下さった。そして、君に挨拶と今後のことについて話したいとも仰っている。だから今から君を辺境伯の元へ連れて行こうと思うのだが、構わないね?」
挨拶と今後のことについて....
元々少しの間は厄介になろうと考えていたし、その場合、屋敷の持ち主への挨拶は礼儀だ。
それに今後の私についてはルーゼと話し合おうとしていたので、渡りに船。
着いて行くのが賢明だろう。
「はい、分かりました。辺境伯に挨拶をさせてください」
そう言って私はルーゼに着いていき、辺境伯のいらす屋敷本館へと向かった。
実はミストが遊んだ液体の中には、ルーゼがその日たまたま置いていた風呂掃除用の洗剤がありました。シトラスの香りのする洗剤だったのですが、ミストはそれを気に入り、風呂掃除用洗剤で頭を洗っています。
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