2.始まり
「おや、こんなところに....君、大丈夫かい?」
倒れこみ、朦朧としている私の頭上から、突如声がしました。
「だ、れ....?」
「誰か、君が怯えてしまったら悪いから少々答えづらいが、大丈夫。君を害する者ではないと保証しよう。まぁでも君にとっては余り信用のならない保証かもしれないがね」
聞き馴染みのある高さの声....
怖い人たちとはどうやら違う人のようです。
その声には、どこか温かみのようなものが感じられました。
「喉は渇いた?水をあげよう。大丈夫、毒は入ってないよ?もちろん、呪詛もね」
私の口の中に、少量の水が流し込まれる。
私はそれを何も考えずに飲み込みました。
「よし、とりあえず水を飲む力はあるみたいだ。仰向けにして上体を起こすよ。構わないね?」
私はその言葉に小さく頷きました。
すると声の主はうつ伏せにになっている私を抱えると、ゆっくりと私を地面の上に座らせました。
そのとき初めて、声の主の顔がうかがえます。
赤い髪は長く綺麗な波状を描いている、とても綺麗な方でした。
紅い唇はよく目を引き、服装は今までに見たこともないような清潔感のある洋服でした。
「お腹はすいてる?今日私は趣味の狩りに出ていてね。調度よくお昼を持ってきたんだ。このパンをあげよう」
綺麗な方は腰にぶら下げてある袋をあさると、パンをこちらに差し出してきました。
私は渡されたパンを頂き、少しちぎって口に入れます。
すると私はそのパンが、今までにない美味しさでとても驚きました。
「....っ!?」
「ふふ....驚いたかい?最近手に入った貴重な小麦を使ってあると料理長が話していたんだ。ただの昼食だから凝らないでいいと言ったのに....だが、こうして君の驚く顔が見れたんだ。あいつもいい仕事をするな」
ここまで美味しいパンだ。
きっと小麦を変えただけではないのだろう。
無我夢中でパンを頬張る私を、微笑みながら見る綺麗な方。
気づくと私の手のひらからパンは無くなっていました。
「水、いる?」
綺麗な方の問いかけに、勢い良く首を縦に振る私。
それから渡された水筒を思い切り仰ぎました。
「おっと、名乗るのを忘れていたね。私の名はルーゼ。差し支えなければ、君も名前を教えてくれるかい?」
私が水を飲み終えると、そう問いかけてくる綺麗な方、ルーゼ。
この方は私に、飲み水と食べ物を分けてくださいました。
それに声も、温かみもあり、聞きなれた声の高さ。怖い人たちの声ではありません。
私は名乗ることにしました。
「....ミスト、です」
「ミストか....いい名前だ」
そう言いながらルーゼは私の頭をわしゃわしゃと撫でます。
「ミストはどうしてこんなところで倒れていたんだい?お母さんは?家族はどうしたんだい?」
「—―――――――」
ルーゼの優しい問いかけに、私は息を詰まらせます。
頭を駆け巡る昨日の夜の記憶。
私はそれに激しい頭痛と吐き気を覚えました。
「....そうか、分かった。今まで大変だったね」
顔をゆがめ下を向く私に、何か察したような顔をするルーゼ。
そして今度は優しく、さわさわと私の頭を撫でます。
「さて、ミストも取り合えず空腹は免れたし、水も飲むことはできた。これから何処に行くとか当てはあるかい?頼れる人などはいたりする?」
私は全てを失いました。
頼れる人など、もうこの世にはいません。
私は首を横に振ります。
「そうかい。なら提案なんだが、一旦私の勤めている屋敷に来ないかい?とりあえずの療養になると思うんだが....君がいいというなら、今すぐにでも連れて行こう」
その提案は今の私にとってはとても魅力的ではありますが、どうしても警戒せざる負えません。
「大丈夫、君には何も危害は加えないし、屋敷の主には私から説明して許可をもらおう。それに髪も服も相当汚れているじゃないか、折角きれいな顔をしているんだ。他も綺麗にしないと勿体ない。せめて体を綺麗にするぐらいはさせてほしいな」
警戒はしますが、この人は私にパンと飲み水を分けてくださいました。
それにここでルーゼを頼らなかったら、私は先ほどのように飢えて死ぬだけ。
少しでも望みがある方に懸けたほうがいい気がします。
私はルーゼの問いに、ゆっくりと首肯しました。
「はい....ルーゼさんに、着いて行かせてください....」
私が頷くと、ルーゼは私をお姫様抱っこするように抱えました。
「よし、なら決定だ。少し遠くに馬を待たせている。そこまで連れて行こう」
ルーゼはそういうとゆったりと歩みだします。
ルーゼの腕から伝わる温かさがなんだか懐かしくて....
私はその温かさに身をゆだね、途切れるように眠りました。
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