13.物語
この世の全ては物語で出来ている。
全てのものは名前を得て、性質を語られ、初めてそこに存在することが証明される。
そこにあるだけの名もなき者は、最早存在していないも同義。
その物について語るものがなければ、確かにそこに存在しているとは言えない。
そもそも名が無い物は、名をつけるほどの存在価値がないともいえる。
だからこの世界は、物を語ること、つまりは物語で構成されている。
全てに語る言葉があることから、端から存在価値のないものなんて無いと言えよう。
しかし自己成就予言、身から出た錆。
存在証明が物語によってされるのであれば、物語が語られれば、どんなものでも存在していると言える。
そんな逆説的な性質を、厄介なことにこの世界は帯びていた。
初めは神が考えた物語だ。
この星には、小さな命を持った生き物がいる。
か弱くて、愛おしい生き物。
自分たちにはない寿命、限られた稼働時間を持ち、毎日ただ懸命に生き、次の世代を生み出し、種の繁栄を最大目的としている。
そんな生き物。
こんなことを考えた一人の神がいた。
その物語を他の神たちに伝えると、それはとても好評だった。
そして神々はその物語を、他の神にも語り、それはすぐに伝播していった。
するとどうだ?
ある日突然神の住むこの星に、神とは違う別の生命が誕生した。
その生き物は、神々の語った物語と全く一緒の特徴を有していたのだ。
神々の語った物語が、現実になったのだと他ならなかった。
神々はこれをとても面白いと考え、そこから神々はたくさんの物語を生み出していく。
そして、星には沢山の生き物で溢れていった。
その中には優れた知能を持つものも存在し、それらは神と同様に言葉を生み出し、街を作り、文明を築いていった。
しかし神には誤算があった。
それらの知性体が、想像力に富んでいることを考えていなかったのだ。
知性があり、言葉を持つのならば、想像力を膨らませ、この世の全てを言葉で表現し、意味を待たせたがるようになるのだ。
その意味付けを、知性体は物語を作ることによって行った。
たとへばそう。
この大海原には、海を司る神がいて、津波は神の怒りによって起こるもの。
皆、平等に死が訪れるのも、死を司る神が存在し、我々の苦痛多き生から救済しようと安息を与えて下さっている。
そんな信仰的解釈だ。
物語によって、存在証明がされる。
この世界の性質は、知性体の物語にも適応されたのだ。
神はそれまで、星の生き物との交流を持っていなかった。
故に知性体にその存在は認知されておらず、知性体の語る神は、現存する神々にはあたらない。
それによって、星には現存する神々の他に、全く異なる存在である新しい神が現れた。
その新たな神々は、強大な力を持っており、その力を旧き神に向けた。
何の力も持たぬ旧き神々は、それに抗えず、あっという間に滅ぼされてしまったのだ。
そして旧き神々を滅ぼした新しき神々は、知性体の営みを見守りながら、星は発展していった。
これが物語を語ることによる新たな存在の誕生だ。
そして現在もここに一つ。
物語は時代を超え人とのつながりを産むものである。
物語は著者が生きてきた証であり、著者の人生観、苦痛、想いが乗ったものである。
人が作る物語が人を変える。
それらの人々からの物語への想いが蓄積し――――――
—――――――物語は自我に目覚めた。
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