第39話 激高する死霊術師
お待たせしました。
無表情のクティーラがスッと指を私たちに向けると、背後に従えていたゾンビ、スケルトン、ゴースト、それらの上位種や人為的に改造されたキメラのアンデッドの群れが壁のように一斉に押し寄せてくる。
道中で出会った全てのアンデッドに匹敵する膨大な数だ。博物館内にはまだまだアンデッドが潜んでいるようで、次から次へと飛び出してくる。
しかもこれらは格上の死霊術師が統率する魑魅魍魎の軍団だ。種族が違うアンデッドが連携してくるのは確実。死霊術の強化も掛けられているだろう。
実に厄介極まりない。
しかし、ここには単独で惑星すら破壊することができる者がいる。
「ルルイエ。命令だ。吹き飛ばせ」
「命令受諾」
一歩前に出た黒髪の美女がおもむろに片手を前に突き出す。
その手は中指と親指で丸を作っており――次の瞬間、ルルイエはデコピンの要領で指を打ち放った。
大気が歪み、空間がねじれる。少し遅れて轟音が廃棄コロニー全体を揺さぶる。
無造作に放たれたそれは想像を絶する破壊的な衝撃波を生み出し、一瞬にしてアンデッドの群れを粉微塵に吹き飛ばしたのだ。
無事だったのは物理攻撃が効かない霊体系のアンデッドと、咄嗟にアンデッドを壁にして身を守ったクティーラ、そしてホログラム映像のナグーブ・ホーだけである。
「よくやったぞ、ルルイエ」
「ありがとうございます」
残った霊体系のアンデッドは私の領分だ。魔導銃アル=アジフの魔弾で撃ち抜いていく。
こういう操られた存在は数と連携が脅威なのであって、一度瓦解すると弱い。しかも野良アンデッドのように自律行動をほとんどせず、動きが単調でわかりやすいため攻撃を当てやすいのである。
「な、なぁっ!? 儂のアンデッドが……!」
おふざけのような攻撃が、下位種、上位種関係なく数十、いや数百体のアンデッドを一撃で消滅させたら、第一級魔導犯罪者だろうとそりゃ呆然と狼狽えもするだろう。特にナグーブは武闘派ではなく学者崩れのテロリストであるし。
私はナグーブを煽るようにわざと落胆気味に言い放つ。
「これで終わりか? 『屍使い』ナグーブ・ホー。この程度で死者蘇生を行なおうとするとは片腹痛いな」
「マスターには痛む片腹はありませんけどね」
「おっと。これは一本取られたな!」
「「アッハッハ!」」
『ゴッブッブ!』
咄嗟のツッコミに私たちは笑い合う。そして、ルルイエは黒縁メガネをどこからともなく取り出して耳にかけ、
「ちなみに、『傍ら痛し』という言葉の古代原始文字的仮名遣い『かたはら』を『片腹』と誤ってしまったのが広まって今の『片腹痛い』となったそうなので、もともとお腹は全く関係ないそうです」
「そうなのか。てっきり『笑いすぎてお腹が痛くなるほど滑稽』というのが語源だと思っていたぞ。勉強になるな」
『ゴブゥ~!』
「まあ、諸説ありますが」
雑学を披露した彼女は得意げにメガネをクイクイッ。私とツバキは感心して思わず拍手すると、さらに調子に乗ったルルイエは、胸を張って盛大にドヤ顔を浮かべた。
絶世の美女であるルルイエはメガネ姿も似合うではないか。知的な印象を受けるぞ。なぜか同時に残念さも際立ったが……。
敵を前に緊張感がなく、のほほんと笑い合っている私たちの様子も、まるで相手にしていない感じがしてナグーブのプライドを酷く傷つけたようだ。彼の頬が引き攣り、執念を燃やす瞳に怒りが宿る。
「低級のゴブリンを一匹しか従えていないたかがアンデッドの分際でぇ! 我が生涯をかけた積年の願いと努力を侮辱するかっ!?」
「そうそう。言っていなかったか。この可愛い私たちのツバキは一度死に、そして蘇生された子だぞ。死霊術を学んで半年も満たない、そのたかがアンデッドの手によってな」
『ゴブ!』
「な、なんだとっ!?」
「生涯をかけて死者蘇生の研究をしている貴様は、私よりもさぞ上手く死者蘇生を行なっていることだろう。今後の参考にしたいからぜひ拝見させてくれないかね、ナグーブ・ホー教授?」
おぉ! 私は今、悪役っぽく演じることができているのではないかっ!? 実に気分がいい! 少し敬語を混ぜて上から目線で挑発したところが今回のポイントだ。
煽られたナグーブは、持ち前の研究者気質な冷静さと余裕が取り払われ、怒りと屈辱で顔が赤黒く変色し、わなわなと唇や頬、そして手や肩を震わせている。
血圧は大丈夫だろうか。そのままぽっくりと逝ってもおかしくない顔色である。
「な、なぜだ! なぜだなぜだなぜだぁぁあああああっ!? お前のようなスケルトンがなぜ――!」
感情のままに叫ぶナグーブの姿が突如消失した。
攻撃の前触れか、と警戒する私の横で、無表情のルルイエがしれっと報告する。
「あまりに耳障りだったので、周囲の電子機器をハッキングしてホログラム投影を停止しました。監視カメラの映像も切断しています」
「なんだ。ルルイエの仕業だったのか。良い判断だ。だが、相手は死霊術師。あまり意味はなさそうだぞ」
私は博物館から飛び出てきた無数のアンデッドの一体に銃口を向けると、そのアンデッドからナグーブの狂った声が響いてくる。
死霊術の応用で術者の意識をアンデッドに憑依させたのだ。
『渡せっ! 儂に死者蘇生の知識を渡すのだ!』
「断る」
魔導銃アル=アジフの引き金を引き、憑依したナグーブごとアンデッドを吹き飛ばす。
しかし、ナグーブはまた新たなアンデッドに憑依する。
『ならばこのゴブリンを捕らえて調べるまで!』
「させると思うか?」
ツバキを狙ったナグーブ憑きのアンデッドを撃ち抜いて爆散させる。
ナグーブは目先の死者蘇生の知識に囚われて他のものが見えなくなっており、回避行動や知恵を働かせることすらしない。取柄である冷静な狡猾さが失われている。
猪突猛進というかなんというか……まさに研究に熱中する学者って感じだな。
ルルイエとツバキが周囲のアンデッドと戦ってくれているおかげで、私は周りを気にせずナグーブの相手をすることができている。
本当に有能な船員を持ったものだ。
『儂は……儂はっ! 妻と息子を! シャウラとラッシュをこの手に取り戻すのだ! そのためにはなんだってやってやる! 邪悪なる神とすら契約を交わすぞっ!』
「そうかそうか。その熱意は充分に伝わってくるぞ、熱意はな」
『結果が伴っていないと言いたいのかっ!?』
それもあるし、私たちを巻き込むなと言いたい。死者蘇生をするなら勝手にやればいい。欲しいものが手に入ったら私たちはコロニーから出ていくつもりだったのに、先に喧嘩を売ってきたのはナグーブのほうだ。
敵対するのならば容赦はしない。敬愛する幽玄提督閣下のように、全力かつ徹底的に叩き潰してやろうではないか!
昆虫や鳥、節足動物、植物、スライムのような粘性のアンデッドに憑依して私やツバキを執拗に狙うナグーブ・ホー。しかし、学者なのに一向に学ばない真っ直ぐで単調な攻撃には、さすがに私も面倒くさくなる。
「いい加減に鬱陶しいぞ、『屍使い』」
背後から襲いかかってきたアンデッドを振り返りざまに射撃。依り代を破壊され、憑依していたナグーブの意識が別のアンデッドに移動する気配がした。
今度の移動先は、無表情で立ち尽くす赤髪赤眼の気の強そうな顔立ちの女――
『ハァ! ハァ! ゲホッ! ゴホッ! ワ、儂は……絶対にっ! 必ずっ……!』
クティーラの声と体で彼は激しく咳き込む。
依り代を破壊された反動ダメージは、本体にも相当伝わっているはずだ。憑依系の魔法の欠点の一つだからな。もしかすると吐血しているかもしれない。
しかし、ナグーブはまだ諦めた様子はない。むしろ戦意と執着心を増し、虚ろに凪いでいた赤い瞳が生々しい感情でギラギラと輝く。
『力が馴染む……! ククッ……クハハハハッ! 最初からクティーラに憑依すればよかったのだ! そのために買い取り、屍隷人形にしたのだから!』
魂が宿った屍隷人形が、大きく腕を広げてニヤリと獰猛に笑う。
『――さあ、目覚めるがいい! 巨人骸骨! 骨恐竜!』
お読みいただきありがとうございました。
続きが気になると思ったら、ぜひブックマーク登録と★の評価をお願いします。




