3球に1球は、切れ味鋭いボールを狙った所に。さすれば、生き残る道が見えるであろう
幸子に弟子入りした仁は、特訓を始めるべく港ノ裏スタジアムの投球練習所でウォーミングアップを行う。
ボールを手に取り、キャッチャーに投げ込む仁。
パシーン! ミットの芯でボールを捕れているのか、投球練習所には心地よい捕球音が響き渡る
「ナイスボールにゃー」
可愛らしい女性の声が、仁の耳をくすぐる。
「真緒さんの捕球の捕球音は、いつ聞いていても気持ちい。上手い人が捕ると、気分が乗ってきますよ」
「お世辞を言っても、何も出てこないにゃー」
仁のボールを受けていたキャッチャーは、彼の言葉に照れたのか、思わずネコミミヘルメットを外す。紫色のボブカットに、ふち無しメガネをかけた女性が、素顔を見せた。
猫光真緒。ドラフト9位で横浜に入団した、プロ3年目の高卒捕手。素早く正確な送球を武器に、去年正捕手の座についた若手選手。打撃面ではバットコントロールと俊足を武器に、一番に定着した、チーム一押しの選手だ。
「でも仁さん、私の方が年下なんだから、わざわざ敬語を使わなくていいにゃー」
「ダメです! 真緒さんは、僕より先にプロに入った先輩です。貴女が年下であろうが、先輩であることに変わりはありません」
「仕方ないにゃー。そう言う事に、しておくにゃ」
二人がほのぼのとキャッチボールをしている中、ちびっこ美少女の幸子は鋭い表情で、仁の投球を見つめる。
「じゃあ仁、これから特訓を始めるぞ。ノーコンのお前が、プロ野球界で生き残るために必要なものだぞ」
「特訓……」
ごくりと喉を鳴らす仁。それを見ていた幸子は不敵な笑みを浮かべる。
「さて、お楽しみの特訓内容だが。5球に1球は、狙った所にボールを投げるだ!」
「え? そんな簡単なので良いんですか?」
もっと難しい特訓を想像していた仁は、キョトンとした顔をする。いわゆる、拍子抜けと言うやつだ。
「ほほーう、簡単と来たか。なら条件を付けくわえよう、キレッキレのボールを5球に1球、狙った所にボールを投げるだ! ノーコンのお前に、この課題がクリア出来るかな」
幸子の言葉におじけづくどころか、やってやるぜ! と、意気込む仁。彼はテンポよくスパンスパンと投げ込んでいく。特訓を始めて、40球くらい過ぎた頃だろうか。
「今日はここまで! まだ7球に1球だが、初日ならこんなものだろう」
「え? もうおわり。まだ、五十球も投げていませんよ」
「うん、おわり」
「やらせてください! 5球に1球の課題をクリアするまで、僕は投げます」
チョッぷん!
投げたがる仁の頭部に、幸子はチョップを食らわせる。
「今日は、ここまでだ。と言うかお前、100球200球、投げられる余力を残していたか?」
「あ、いや……100球以上投げると思っていて、少し余力を残していました」
幸子は、はーっとため息をつく。
「この練習は、全力でコースに投げてもらわないと意味がない。じゃあ明日から課題を変更、30球を全力で投げながら、キレッキレのボールを5球に1球、狙った所にボールを投げろ! 今日みたいに、力をセーブする事は許さんぞ。分かったな?」
特訓と言うには手ごたえがない練習だったせいか、やや不満げな顔をする仁。と同時に、不安そうな表情も顔に出す。
「いや、君を信じているんだけど。こんな調子でうまくいくのか不安になってきて。何て言うか、もっと投げなきゃ身につかないと」
「はーっ全く、投げれば投げただけ、うまくなると思っている。
お前やボクの父さんもだけど、なんで沢山投げたがるんだ? お前達の様な投げたがり心理、ボクには理解できないよ」
「いや沢山投げ込んでないと、練習した気がしなくて不安になるじゃないですか」
「ボクには理解できない世界だ」
パーン! 二人が話し合っていると、ピストルの発射音を思わせる、凄まじい捕球音がブルペンに響き渡る。この凄まじい音に驚いたのか、思わず音源の方を見つめる。そこでは、銀髪でお嬢様結いの女性が投げていた。
170cmを超える身長に、中々拝むことの出来ない大きさの胸部。膝元まで伸びた銀髪は、さらさらと風で舞い、西洋の女神を思わせる神々しさすら感じさせるものがあった。
「相変わらず、いい音をたてている。流石我らが左腕エース、嶋村莉華子だ」
◇
シュッ、スパーン! 高い位置からボールが放たれる度に、長い銀髪が空を舞い、手に付けた大量のロジンの粉が、粉雪のごとく飛び散る。放たれたボールは、寸分の狂いもなくキャッチャーのミットに吸い込まれる。
かと思えば、次の球は地面に叩きつけたり、キャッチャーがバンザイをしなければ捕れないとんでもないボールを投げていた。
「切れ味鋭いストレートに、決め球の魔球パームボール、投げる球種は全て一流。けど、ノーコン。世間で芦屋の暴れ馬とか、ミスフルカウントと言われるのは納得にゃー」
ブルペンに集まるギャラリーをしり目に、莉華子はテンポよく投げ込んでいく。
「えーいっ!」
やや気の抜けた掛け声とは裏腹に、凄まじい腕の振りから繰り出される150キロは軽く超えているであろう速球。目にもとまらぬ速さでホーム手前まで来るがっ! ボールは急激に減速し、ストンと落下していく。速球に偽装した、変化球だ!
「遠くから見てるギャラリーの目すら騙す、莉華子さんの魔球、パームボール。150キロのストレートだと思って手を出したら、120キロの落ちるボールだった。これには打者もお手上げですね」
「150キロの腕の振りで、120キロを投げる器用さがあっての魔球だ。いくらボクが器用でも、あれだけはマネできないよ」
姉のピッチングを、余は満足じゃと言わんばかりのドヤ顔で見つめる幸子に対し、仁は静かに莉華子の投球を見つめる。
「話は変わるけど、莉華姉ぇみたいなタイプは、お前的にはどうなんだ? 好きか? 嫌いか?」
幸子の言葉が聞こえたのか、肩や髪にふりかかったロジンの粉をはらうついでに、投球を止める莉華子。彼女はこれから仁が発するであろう答えを聞き逃すまいと、こっそり耳を傾ける。
「好きか嫌いかと聞かれたら、嫌いなタイプですね」
仁の言葉に莉華子は動揺したのか、キャッチャーから投げ返されたボールをキャッチし損なう。
「はぁぁぁっ? 銀髪サラサラヘアーの芦屋のお嬢様で、90センチオーバーのボン! キュ! ボン! の、莉華姉ぇが嫌い、だと……お前どんだけ贅沢なんだよ」
「いやー、莉華子さんみたいな人、好きな人いるわけないじゃないですか」
その言葉を聞いた瞬間、周囲は騒めき、莉華子はマウンド上で崩れ落ちる。その様子を見ていたブルペンキャッチャーは、ケガをしたのではないかと慌てて彼女に駆け寄る。
「お、お前! 莉華姉ぇに、何てことを言うんだ。今すぐ謝れ!」
「な、何で怒ってるんですか!? 意味が分かんないですよ」
仁と幸子のかみ合わないやりとりに違和感を覚えたのか、彼を近くで見ていた真緒は怪訝な顔を見せる。
「ねー、仁さん。莉華ちゃんが嫌いって、どの辺が嫌いなのにゃー」
「いやだって、極端なほどの真上から投げ下ろしてるせいで、ボールのリリース位置が身長2メートルオーバーの選手と変わらなくて打ちずらいし。
左なのにプレートの三塁側で投げる関係で、普通の左投手とは違うルートでボールを投げ込んでくるんですよ。あんなの好きだってバッター、普通はいないでしょ」
仁の回答に、幸子はあきれると同時に、思わず頭を抱える。
「う、うん……そうだねー。野球馬鹿のお前にに、女の子のこと聞いたボクが悪かったよ」
と同時に、幸子は少しほっとした顔を見せる。仁が、姉の事を嫌いで無いと知ったからだろうか。
バシーン! バッシーン! ブルペン内に、再び乾いた音が響き渡る。投球を再開した莉華子は、爆撃音を思わせるすさまじい音をたてながら、次々とボールを投げ込んでいく。
よほど気分が乗っているのか、キャッチャーが手の痛みで悲鳴を上げる程の剛速球を繰り出す。
予定していた投球数を終えた彼女は、ルンルン気分でブルペンを出て行ったのだった。
「今日の莉華ちゃんは、誰も打てないにゃ。相手チームはご愁傷様だにゃー」
「ボク達もベンチにいって、莉華姉ぇの快刀乱麻のピッチングを拝むとするか。ほら行くぞ、仁」
「ハイ!」




