え! ノーコンでも、プロ野球界で生きて行けるって本当ですか? ノーコンで生き残っている先駆者が居るから大丈夫だ
注、本作品は現実の世界野球と違い、九回制ではなく五回制です。ですので、最終回は五回なので、それを了承の上お読みください。
球場内が、ざわざわとざわつく。応援しているチームが一発逆転の大ピンチなのだ。ある者は、大ジョッキ一杯のビールと、大量の胃薬を飲み干す者。
またある者は、スタジアム内で販売されている販売グッズを握りしめ、ピンチを乗り切れるよう、球場のマスコットの黒にゃんに向かってお祈りをする者もいた。
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「さぁ大変なことになりました、三回まで完封ペースだった伊藤が捕まりノーアウト満塁。しかも一点差、このピンチを救う選手はだれなのか」
球場内のアナウンサーが、今か今かと交代する選手を待ちわびる
「横浜ブラックキャッツ、選手の交代をします。ピッチャー伊藤に代わりまして、三ツ矢仁。背番号22」
一発逆転の大ピンチで登板をするは、五回から投げるはずであろう守護神の三ツ矢。それが4回から投げると言う事は、4回と5回を投げる回跨ぎを意味していた。
「ウォォォォぉー⁉ 三ツ矢頼んだぜ、この大ピンチはお前しか抑えられねぇんだ」
ファンの祈るような声援を受け、マウンドに立つ三ツ矢。彼はサインに頷き、凄まじいボールを投げ込んでいく」
ズッシン!? 右打者のインハイに投げ込まれた豪速球、ボールの凄まじい圧力と球速を前に、なすすべもなく三振を喫する。
「まずはワンナウトにゃー。あと二つアウトを取って、ピンチをしのぎ切るにゃ」
キャッチャーの女性が、グラウンド内の選手に呼びかける。その言葉に堪えようと、三ツ矢は凄まじいボールをドンドン投げ込んでいく。次の打者を156キロの剛速球で三振に取り、最後の打者は鋭く大きく曲がる変化球、141キロのスライダーでバットの空を切らせた。
「ストライクバッターアウト」
空振りを確認した球審は、アウトのコールを告げる
「三ツ矢選手、1点差でノーアウト満塁のピンチを三者連続三振でしのぎ切りました。ルーキーながら、守護神の座についているのは、伊達ではないと言うのでしょう」
続く最終回の五回だが、三ツ矢は三者連続三振で仕留めてしまう。この完璧なリリーフに横浜ファンは大盛り上がり。対して相手ファンは、五回の攻撃を始まる前にそそくさと帰り始めたのだ、最終回に横浜の守護神三ツ矢が投げていたら、見せられるのは応援するチームの負け、そんな公開処刑じみたものを見せられるのなら、攻撃が始まる前に帰った方が良いと考えるのだろう。
誰も居ないレフトスタンドと、どんちゃん騒ぎのライトスタンド、ホームチームが勝利をしたのは明白であった。
「さあ、本日のヒーローインタビューです。四回のノーアウト満塁と五回を六者連続三振のピッチングを見せた、三ツ矢仁選手です!」
わわあああああああああああああああああああ!!!
インタビュアーの言葉に、球場内のファンのテンションが一気に上がる。インタビュアーが質問をし、三ツ矢がそれに答える。彼の一問一答に、ファンはしびれ、歓喜を上げた。
「では最後に、ファンの皆様に一言」
「今の調子で勝ち続け、皆さんを日本シリーズに連れて行きます。だから、もっと応援をお願いします」
三ツ矢、三ツ矢、三ツ矢!
三ツ矢は右手をぐっと上げ、ファンと共に勝利を分かち合う、はずだった……
空はぐにゃりと歪み、意識はもうろうとしていく。
「いや、待ってくれ! 僕は勝利の美酒をもっと味わいたいんだ。頼むから」
◇
「三ツ矢さん、起きるにゃ。バスはホームのミナスタに着いたにゃ」
キャッチャーの女性に起こされた三ツ矢は目を覚ます。よだれが出かかった口元をハンカチで吹き、周りを確認する。
「あああー、去年の良いときの夢か。あのピッチングが、今も続いてれば」
現実に引き戻された彼は頭お抱え、ただただ座席に突っ伏すのであった。
◇
肌寒さを感じさせる、夜の球場。LEDの球場照明は、スタジアムを真昼を思わせる明るさをもたらす。
「かっ飛ばせー! 月島!」
ラッパなどの鳴り物に観客たちの応援、時折鳴り響く船の汽笛に電車の通過音。ここ港ノ裏スタジアム、通称ミナスタでは、プロ野球の試合が行われている。
そしてスタジアムに備えられた実況席では、一人の女性が熱く、分かりやすい実況をしていた。
「さあ、4回表終了時点で2対1で横浜ブラックキャッツがリード。ブルペンでは守護神三ツ矢が、投球練習を……していませんね、何処に行ったのでしょうか?」
実況の女性がブルペンの映像を見るが、居るはずのリリーフエースの姿が……なかったのだった。
◇
「オロロロロロロロー」
一人の青年が洗面台で、マーライオンの如く口からゲロを吐き出している。余程気分が悪いのか、顔は青ざめていてやつれている。青年はスラリとした長身のイケメンなのだが、口の回りにこびりついた吐瀉物が、全てを台無しにしている。
吐瀉物が付かぬよう脱いでいたユニフォームに、彼は腕を通す。そしてブラックキャッツのチームカラー、漆黒のユニフォームに身を固める。
「早くブルペンに戻らなきゃ……」
三ツ矢仁、昨シーズンは、ルーキーながら前半で25セーブを上げ新人王に輝いた豪腕。
最速157キロのストレートに切れ味鋭い変化球で、並みいる強打者をねじ伏せてきたのだが。
「うっぇぇ!? また吐きそうだ」
とにかくメンタルが弱い、更に致命的なレベルにコントロールが悪い。
それを見抜かれたのか、昨シーズン後半は四球でランナーを貯めて置きにいったボールを痛打されるの繰り返しで、二軍行きとなったのだった。
「おぇぇぇ!」
胃の中全てを吐き出した仁は、重い足取りのまま仕事場のブルペンに戻っていく。
パシーン!
ボールを捕球した乾いた音が、室内のブルペンに響き渡る。
「おい、三ツ矢! 登志さんと、優子さんが、夫婦本塁打を打ったぞ!」
先輩の言葉を聞きブルペンのテレビを見ると、5点のリードに広がっていた。
「今日は、押さえられるといいなー。いや、抑えないとダメなんだ。ダメ、なんだ」
◇
試合は最終回、仁はマウンドに立っていた。勝利まであと一イニング、勝利を願う者の思いを背負い、ただひたすらに剛球を投げ込んでいた。
「あとワンナウト、あとワンナウト」
左足を上げ、マウンドで一本足で立つ仁。そして勢いをつけるべく、彼は思いっきり左足を踏み出す。着地した左足は土煙を上げ、ガッと凄まじい音を上げる。
「いっけぇぇぇぇ!」
右腕から放たれたボールは、140キロを優に超える。そしてボールは、ホーム手前大きく弧を描き、急激な変化を見せる。
「僕の必殺のスライダーだ。バットを振れば、空振りは必然。ゲームセットだ!?」
彼が自信満々に投げた、必殺のスライダー。だがそれを、打者は平然と見送ったのだ。
「ボール、フォアボール」
必殺のボールを平然と見送られ、愕然とする仁。相手ファンは勢いづき、味方ファンからは悲鳴が上がる。
「さあ、試合はいよいよ大詰め最終回の五回表、横浜ブラックキャッツVS埼玉バンディッツの一戦。月島夫妻の夫婦本塁打で、勝ち越したブラックキャッツ。守護神三ツ矢は失点を重ねながらも、何とかツーアウトまでこぎつけました」
三ツ矢は心を落ち着かせるべく、手の上でロジンバックをポンポンと躍らせる。だが、相当慌てていたのか、ロジンの粉を出し過ぎむせてしまう。
「ツーアウト満塁、ホームランが出れば逆転の大ピンチです!? バッターボックスに向かうは、ドラフト1の高卒ルーキー林。ルーキーながら開幕スタメンを勝ち取り、強力バンディッツ打線でレギュラーとして出場しています」
マイクを握りしめ、興奮気味に話す実況の女性。試合を決める大一番と考えれば、興奮するのも当然だろうか。
ブォン! ブォン! ブォン!?
バッターボックスからなり響く、空気を引き裂くスイング音。
それは、高卒ルーキーが出してよい音ではないのは、誰の耳にも明白であった。
「対するはブラックキャッツの守護神、三ツ矢仁。今年も守護神としての役割を期待されたが、昨シーズンの疲労と各球団の研究の影響か、防御率は7点代と苦しんでいます」
さてマウンドに立つ三ツ矢だが、顔面蒼白で汗はだらだら。傍から見ても、彼が精神的に追い詰められているのは明白。
それに対し、左打席に入った林は眼光鋭く三ツ矢を見つめ、獲物を見定めた狩人のよう。年齢でもプロの在籍年数でも三ツ矢のほうが上なのだが、どちらが分からない有様である。
5点あったリードは3点になったけど、何とかツーアウトまで持って行った。3点リードなら走者を一掃されなければまだ大丈夫。あとヒット1本くらいなら、大丈夫・・・・・・ん?
「打たれたら殺す打たれたら殺す打たれたら殺す、殺す殺す殺すコロス」
仁が殺意たっぷりの、呪怨が聞こえる方角を見る。
そこには、一塁ベンチから三ツ矢の事を親の仇のように見つめる、黒髪ロングのちびっ子少女がいた。
嶋村三姉妹の末っ子、嶋村幸子。去年のドラフト5位で指名された、独立リーグ上がりの高卒ルーキー左腕。やや下手気味のサイドスローから繰り出す、切れ味鋭いボールを武器に開幕ローテーションの座を獲得。
ここまでルーキーながら防御率3位と好成績を残しているのだが……のだが、勝てない!
「お前わかっているな? 3点リードだぞ、3点リード。頼むぞ、今日こそプロ初勝利をさせろよ。登志義兄と、優子姉がホームランを打ってくれたんだ。だからこそ今日は、あっ……」
少女の必死の願いが届くことは無かった。ど真ん中に吸い込まれた失投を見逃すことは無く、林はフルスイング。
高々と夜空を舞う白球はライト方向にスタンドイン。スコアボードに表示された6の数字、三ツ矢は五回だけで6点も取られ、先発の嶋村幸子のプロ初勝利は泡となり消えたのだ。
逆転をされた、ブラックキャッツ。初老の男性が、ヨイショと声を発し、重い腰を上げる監督の嶋村勝英。
「ピッチャー、川俣」
球審の元に歩み寄り、投手の交代を告げる嶋村監督。
交代を命じられた三ツ矢は、うつむき加減に一塁ベンチに戻り、ベンチに腰を掛けようと思った瞬間!三ツ矢の臀部に激痛が走る。
「痛っった!?」
何が起こったか理解できず、振り向くと鬼のような形相をしたちっこい少女、嶋村幸子の姿が。
幸いなことにランニングシューズで蹴られた為か、ケガをすることは無かったが、それでもスポーツ選手の本気のキック。目から火が出るほどの痛みなのは、当然のことであろう。
「お前分かっているのか? これで今月3度目だぞ3度目! ボクに恨みでもあるのか!? お前のせいで、登志義兄と優子姉とボクのヒーローインタビューが無くなったんだぞ。どうしてくれるんだぁぁぁっぁぁっぁ!?」
余程悔しかったのか、半泣きになり仁の胸ぐらをつかむ幸子。
今シーズン4回登板をして全ての試合で好投するも未だに未勝利。一回は相手が完全試合ペースで好投し、無失点のまま降板。
それ以外の3回は全て仁が打たれ、勝ち星を消されている。
今月3度目という事もあり、ついに堪忍袋の緒が切れた嶋村幸子。放送禁止用語全開の罵倒を交え、三ツ矢に殴りかかろうとする。
「お前ら、何をやっとる。はよう幸子を止めんかい」
リリーフを失敗した先輩に、高卒ルーキーが蹴り飛ばすと言う、前代未聞のにあっけにとられていた選手とコーチ。
監督の言葉で我に返ったのか、選手達は幸子を取り押さえようとする。
「さっちゃん! 俺達も去年は仁に勝ち星消されたから気持ちはよくわかる、ここはひとまず落ち着こうな。なっ」
「離せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!? 仁を一発ぶん殴らせろ!」
監督に命じられた選手とコーチは殴りかかろうとする幸子を羽交い絞めにし、二度目の暴力沙汰は何とか回避をする。幸子はベンチ裏に引きずられ、この場は収まったのであった。
◇
そして翌日。
ミナスタの監督室でスポーツ紙を広げる、嶋村勝英の姿が。
広げたスポーツ紙の一面には嶋村幸子、遂に堪忍袋の緒が切れた! リリーフ失敗の三ツ矢を蹴り飛ばす。プロ初勝利はまたもお預け。スポーツ紙一面を独占し、面白おかしく書かれていた。
孫の幸子の醜態に、思わずため息をつく。
「はーっぁ。恥ずかしい、ほんーまに恥ずかしいわ」
机に座り、ため息をつく勝英。そして目の先には、二人の選手が正座をしていた。
昨日の試合で1イニング6失点と滅多打ちにあった、三ツ矢仁。
もう一人は、先輩に暴力沙汰を起こした嶋村幸子だ。
「ごめんね、じいちゃん……」
シュンとしてるためか、幸子の130cm台前半の身長が、更に縮んで見える。
そして隣には、187cmの仁が隣に居るためか、幸子が更に縮んで見える。
「三ツ矢、お前もや。5点リードをしてるから、気楽に投げられるやろとおもて送り出したが、なんやあのピッチング。次回は登板前に酒でも飲んで、投げるか?」
「じいちゃん、それはドーピングに引っ掛かる」
冗談なのか本気なのか分からないボヤキに、思わず突っ込みを入れる幸子。
そしてすぐさま、幸子は祖父の勝英に質問をする。
「で、ここに呼ばれたって事は、ボクは二軍行きなのかな~。暴力沙汰を起こしたし、当然だよね~」
猫なで声気味に、確認をする幸子。
「アホか。いくらやらかした言うても、お前を二軍に落としとる余裕は無いわ。何せ去年の先発ローテが、4枚もおらんからの」
「じゃあ、一軍に残っていいの!」
「条件付きだがな」
勝英の意外な言葉に、幸子はクエスチョンマークを浮かべる。
「幸子、三ツ矢を一人前のピッチャーに育て上げい! そしたら今回の暴力沙汰、不問にしたるわ」
「はあぁぁぁ!? なんでボク? 去年までコイツを指導していた、石塚さんにお願いすればいいじゃない!」
小さい体を名一杯使い、抗議をする幸子。しかしそこは荒くれ者を扱ってきた、百戦錬磨の名将。この程度の抗議では、眉ひとつ動かさず動じない。
「石塚はかねてから希望をしていた、編成に移ったんや。一人の選手の為に奴の夢を壊すわけにはいかんやろ」
「まあ、分かるよ。念願の編成に移れたって大喜びしていたらしいし……」
すると仁は何を思ったのか、隣にいた幸子のほうを向き正座をする。更に更に、手のひらと額を地面につけた。
「土・下・座!?」
「お願いします!幸子さん。いや、幸子様このままで終わりたくないんです。何でもしますから、僕に指導ををしてください」
彼はこれでもかと言わんばかりに、頭を地面にこすりつける。
「ん?今何でもするっていった?」
「はい、何でもします。だからお願いします! 僕を助けて下さい」
精神的に追い詰められているとはいえ、土下座をしてまで幸子に助けを乞う仁。彼の情けない姿に、幸子は思わずため息をつく。
「わかったよ……ボクでいいのなら、出来る限りの事は教える。だから顔を上げろ」
そう告げると、幸子は土下座している仁の前に左手を差し出す。
「どれ程酷いノーコンであろうと、お前がプロ野球の世界で生きてけるよう指導してく」
「あ、ありがとうございます!」
手を差し伸べてもらえたのがよほどうれしかったのか、顔を涙でぐしゃぐしゃにし、ありがとうありがとうと感謝を述べた。
「なんやかんや言いつつも、面倒見のいいやっちゃなー」
祖父の勝英は、ボソリと呟く。
「何か言った?」
「空耳やろ」
こうして高卒ルーキと昨年の新人王の、奇妙な師弟関係が誕生したのであった。
「ティップスその1スライダー」
スライダーは、利き腕の反対側に曲がる一般的な変化球なのだが、投げる人それそれで変化が違うボール。
三ツ矢の様に速く鋭く大きく曲がるスライダーや、速球波のスピードで打者の手元で小さく曲がるスライダー。変わり種では、斜め方向に滑り落ちるスライダーに加え、フォークボール(落ちる変化球の名称)の様に、真下にストンと落ちるスライダーまである。
千差万別と言う言葉は、スライダーと言う球種の為に用意されているのではないかと思えてしまうのだ。