第七話「唯一の理解者」
「ほれ、レンくん。みんなが待ってるからのう。早めに頼むよう。」
相変わらず煽ってくるなトメヤ先生…
ついに俺の番が回ってきたのだが、俺は今、どのような考えで魔法を発射するかに悩んでいた。
一つは本気であの的を破壊すること、もう一つが魔法操作の精密性をトメヤ先生に見せつけることだ。
前者は余裕な顔をしたトメヤ先生を負かせることができるので悪くないが、俺の実力がバレてしまう可能性が高い。
ここはカノン以外のクラスメイトには伝わらないだろうけど、精密操作を先生に見せつける方にするか。
そう腹をくくった俺は、火炎魔法を生成し始める。
「火炎魔法、発射っ。」
ごく普通の火の玉を生成した俺は、これまた普通のスピードでまっすぐ火の玉を発射する。
しかし、火の玉が着弾する前に、
(「追尾術式付与、対障壁魔法術式付与、対水性魔法術式付与、対遅滞魔法術式付与、対空間転生術式付与、形状維持強化術式付与。」)
俺は小声かつ超高速詠唱で、飛んでいる火の玉に沢山の術式を付与していく。付与した術式は、どれも今は意味をなさないため、完全に見せつけるためのものだ。
ドゥーン。
こうして、ごく普通なように見える俺の火炎魔法は、木の的に傷一つつけられずに着弾した。
そんな俺を、クラスメイトたちは興味なさそうに見ている。ただ一人、カノンを除いては。
彼女は、先程俺とエドワードの戦闘を見ているにも関わらず、目をまんまると見開いている。まあ、さっきよりは難しいことをやっているから、その反応も分かるけど。
ただ正直な話、激戦になるとこういう術式は全部無詠唱じゃないと間に合わない。カノンに見せる意図もあって詠唱した俺は、ちょっとドヤ顔をしてみる。
「え、なんかレンくんドヤ顔してるんだけど。なんでなの?」
「ちょっと勘違いしてる残念な人なんじゃない?」
さっきヒソヒソ話をしていたクラスメイトたちが、今度は俺を話題にし始めた。
小さな声で話しても、俺は耳がいいから聞こえるぞ?
とは言っても、木の的を破壊する選択肢を捨てた時点で分かっていたことだ。
俺は気を取り直して2発目の火炎魔法を発動させる。
「火炎魔法、発射っ。」
今度もごく普通の火の玉を生成し、発射する。しかし今度はその弾道を正確に調整した。さっき、カノンが3発目に撃った火炎魔法と寸分違わず同じ軌道になるように。
ドゥーン。
完全に同じ速度、同じ軌道で的の背後に着弾した火炎魔法は、やはり的に傷をつけられていない。
視界の端では、クラスメイトたちが完全に雑談モードに入っているのが見える。一方カノンは、体育座りのまま左右にちょっと揺れている。興奮を抑えられないとああなるのかな?
そこでふとトメヤ先生の方を見やると、彼女は挑戦的な目でこちらを見てきていた。
なんだろうと思うと、いつの間にか木の的と俺の間に、無数の障壁魔法が展開されていた。もちろん無色透明で不可視のものが。
これは、魔力感知で障壁の場所を特定し、全て避けた上で的に当てろってことだな。トメヤ先生って結構負けず嫌いだったりするのかな。
こうして俺は、3発目の火炎魔法もごく普通に生成し、発射する。
今度は何の術式も付与しない代わりに、弾道の操作を精密に行う。
とりあえず正面に正方形の障壁が一枚、その左右の背後に円形の障壁が2枚か。
それらを完璧な魔法操作で避けた俺は、次は真ん中がくり抜かれた円形の障壁魔法を左端の方に見つける。
「ここをくぐれってことか。やってやるよ。」
小声でそうつぶやき、俺は火の玉の軌道を急激に変化させ、目的の場所を通過させる。
するとそこから、トメヤ先生が追加の障壁をランダムに生成し始めた。
ちょっ、事前に設置されてたやつだけじゃないのかよ。
急なおかわり障壁に一瞬驚きつつも、俺が操作する火の玉は障壁の間をスルスルと抜けていく。
こうして大小30個ほどの障壁をかいくぐった俺の火炎魔法は、ようやく木の的に着弾した。
この間、俺の火の玉の形状は、一切変わっていなかった。当然、形状は維持できるように細心の注意を払っていたからだ。
考えられる限り完璧な魔法操作を披露した俺は、ちょっとしたり顔でトメヤ先生の方を見る。
「ええじゃないかのう。」
トメヤ先生は、そう言ってニヤリと笑うと授業のシメの話を始めた。
「これで、みんなの魔術師としての能力はだいたい分かったつもりさねぇ。次からの授業では、できるだけCクラスに最適な内容になるように、各専門の先生にも伝えておくよお。みんなは安心して魔術師としての鍛錬に努めるのじゃぞう。それでは、今日の授業はここまでじゃ。」
キーンコーンカーンコーン…
その時、先生の話が終わるのを待っていたかのようにチャイムが鳴った。
クラスメイトたちはわらわらと校舎に向かって帰っていく。
その中、カノンがすごい勢いで俺に近づいてきた。
「ちょっとレンっ、何なのよあれ?!よく分からない術式を沢山付与するし、私の火炎魔法の軌道を完璧に模倣するし!みんなは分かってなかったみたいだけど、あんた相当すごいことやってるからね?」
す、すごい矢継ぎ早に色んなことをいうな…お転婆なのは口もだったか。
「ちょっと、今失礼なこと考えなかった?」
「えっ、い、いやそんなことないよ。あと、そんなに大したことはやってないからな。」
「いや、レンそれは嫌味にしか聞こえないわよ。三発目の火炎魔法とか、多分先生が間に障害物でも設置したんでしょ?明らかに何かを避けるような軌道だったし。」
驚いたな。障壁魔法を魔力感知できていないのに、そこまで分かるのか。改めてカノンはポテンシャルが高いな。
「まあ、たしかにカノンの言う通り、3発目は先生が障壁魔法を展開していたな。しかも途中で追加されたし。」
「やっぱりねっ!レン、あんた只者じゃないわねっ。悔しいけど、正直あんたに魔術師として勝てる要素が見当たらないわ。でもいいの?クラスメイトにはちょっと馬鹿にされてたわよ。あんた、なんか意図的に実力隠してたりするの?」
「っ!いや、別に隠しているわけではないよ。ただ、あんまり目立っても仕方ないなとは思ってるかな。それより、俺が馬鹿にされてた心配してる場合か?カノンの精密な魔法操作も、あんまりクラスメイトは理解してそうになかったぞ。」
「まあ、自慢じゃないけどあたしの魔法操作技術を見抜けるほどの新入生は、ほとんどいないと思うわ。分かっていたから別にいいのよ。どうせそのうち思い知らせるし。でもまさか、あたしの技術を見抜いた上に、完全に真似してくるクラスメイトがいるとは思わなかったわ。案外たのしい学園生活になりそうねっ。」
そう言ってスキップしながらカノンは校舎の方に向かっていく。
カノンの鋭い指摘に一瞬たじろいでしまった俺は、会話が終わったことに少し安堵する。
「さ、レンも教室に戻りましょう。ホームルームが始まっちゃうわよ。」
「ああ、そうだな。みんな戻っちゃったし、俺たちもさっさと戻ろうか。」
こうして初めての実戦的な授業は、なかなかに刺激的な思い出となったのだった。