第六話「授業の本質」
教室での簡単な授業を終えた俺たちは、次の授業のためにグラウンドに集まっていた。
帝国の生徒は所謂「普通」の学校では敵を倒す技術を学ぶことは無いらしい。
そのため、初めて魔法を攻撃のために使うことに不安そうな人もいる。
一方で、地元で狩猟をしていたり、小規模でも紛争が絶えない地域出身だったりすると、日常的に魔法を使っているはずである。
あと、貴族の子女たちは当然のように訓練しているからな。
様々なレベルの人が一緒に学ぶ義務教育に俺はワクワクしつつ、授業の開始を待つ。
程なくして、杖をつきながらゆっくりと歩いてくるお婆さんがグラウンドに現れる。
もちろん、俺たちの担任であるトメヤ先生だ。
「おお、みんな揃ったかねえ。それじゃあ、魔法を使った戦闘の授業を始めるよぉ。初めて攻撃魔法を使う人もいるからねぇ。今日は慣れることを目標にしましょうかねえ。」
そういってトメヤ先生は、グラウンドの端を指さす。
その先にあったのは、等身大の人の形をした木の的だった。
てか、よぼよぼそうに見えて的を指すトメヤ先生の腕は、ピシリと地面と水平に上げられている。
やっぱただの婆さんじゃないな。
「まずはあの木の的に向かって、一番簡単な魔法、そうさねえ、火炎魔法でも撃ってもらおうかねえ。」
そういって俺たちの方を向き直ったトメヤ先生に、カノンが質問をする。
「トメヤ先生、あの木の的では少々耐久力がなさそうと言いますか…あっという間に燃えてしまうのではないでしょうか?」
「ほうほう、まあ確かに木の的であることは間違いないねえ。でも安心しなさい。授業中は私がずっとあの的に強化術式を施してあるからねぇ。ちょっとやそっとじゃ燃えないさねぇ。」
その瞬間、腕に自信のありそうな顔をしたクラスメイトたちの目つきが変わった。
あの的を破壊して、先生やクラスメイトに一目置かれようとやる気満々な様子だ。
正直俺もその一人だったりするが、流石にそんな目立ったことをやるつもりはない。
多分、本当に破壊しちゃうからな…直せとか言われるのも面倒だし。
「それじゃあ、一人ずつやっていこうかねぇ。失敗してもいいから、一人3発撃つんだよぅ。ほら、順におやり。」
「「「はーい。」」」
そう言われた俺達は、順番に火炎魔法を発射していく。
最初の生徒は、先程自信のありそうな目をしていたうちの一人だ。トメヤ先生やクラスメイトにいいところを見せようと、意気込んでいるのがわかる。
「いきますっ。火炎魔法発射っ。」
「「「おおおっ。」」」
火炎魔法は通常、人間の頭ほどのサイズの火の玉を発射するものだ。しかし彼の火の玉は倍くらいのサイズだ。さすがにこのサイズは珍しいのか、クラスメイトからどよめきの声が上がる。
ちなみに、同じ魔法でも大きいサイズの炎を作ろうとすれば、当然難易度は上がる。消費魔力も大きいし、演算リソースも持っていかれるからだ。
ドゥーンッ
あっという間に彼の火炎魔法は的に着弾した。
勝ち誇ったような彼の顔に、クラスメイトの尊敬の眼差しが送られている。
しかし…
「う、うそだろ?!」
着弾後の煙が晴れたあと、そこにあったのは授業開始時と全く変わらない木の的だった。
「え、あの火炎魔法で傷一つつけられないの?!」
「結構すごかったよな、あの魔法。」
「トメヤ先生って何者なの?」
急にクラスメイトたちがざわつき始める。
「ふぉっふぉっふぉっ。ほれ、あと2発あるんじゃ。まだ沢山生徒がいるから、ちゃっちゃとやってくれんかのう。」
ちょっと煽り気味のトメヤ先生の声を聞いて我に返ったのか、さっきの生徒が2発目、3発目を立て続けに撃とうとする。
「火炎魔法、発射っ。火炎魔法、発射っ。」
ドドーンッ。
先程よりも少し大きい火の玉が、ほぼ2発同時に的に着弾した。
しかし…
「ちょ、えっ。はあ?!」
的には全く傷がついていなかった。これには彼も気の抜けた声を出している。
「終わったかのう。では、次の子に移るとするかねえ。ほら、どんどんおやり。」
トメヤ先生はそんな彼のことを気にも留めず、次々とクラスメイトたちに火炎魔法を撃たせていく。
「ええぃっ。」
「このっ…」
「え、どうしてなの?!」
何人ものクラスメイトたちが矢継ぎ早に火炎魔法を撃つも、木の的にかすり傷すらつけられない。
そのうち、自信のあった生徒たちは全員やり終わってしまったようだ。
「えぃっ。」
シュポ…
「火炎魔法、起動っ」
ポシュゥ…
続いて攻撃魔法を普段から使っていない生徒たちのようだ。
彼らのほとんどが、火の玉を生成できないか、まともに発射ができていない。ダルナーも十分な威力の火炎魔法を着弾させることができず、悔しがっていた。
まあ、義務教育だと色んなレベルの人がいるらしいからな。最初はこんなものだろう。
そうしているうちに、カノンの番が回ってきた。
「レン、見ときなさいよ。あたしの魔法もすごいんだから。」
「ああ、わかったよ。しっかり見とくよ。」
そう言い放ってみんなの前に立ったカノンは、さっそく火の玉を生成する。
「火炎魔法、発射っ。」
ほう。さすが有名貴族なだけあって、カノンの魔法は質が良い。火の玉自体も、その弾道も非常に安定している。
ドゥーン。
「まあ、流石に傷はつけられないわね。」
そういったカノンは、次弾の発射をする。
「火炎魔法、発射っ。」
今度は少し規模の小さな魔法が、変則的な動きをしながら的に向かっていく。一瞬、的から外れると思ったが…
ドゥーン。
最後の最後でちゃんと軌道が修正され、カノンの魔法は木の的に着弾した。
そこでふと、トメヤ先生の方を見ると、彼女が一瞬にやっとした気がした。
「ん、待てよ。この授業、多分俺たちに的を壊させる気はないな。だとしたら俺達の精密操作の練度を見ているっぽいな。」
そう考えたら、色々辻褄があってくる。一般生徒にはやりすぎな木の的への強化魔法も、ちょっと煽り気味の先生の発言も、全ては冷静に精密な魔法操作を行えるかを見ているのか。
それに3回チャンスがあれば、毎回ちょっとずつ火炎魔法に調整を加えて、微調整の能力があることも示せる。
やるなカノン。他のクラスメイトとは違って、この授業の真の目的を的確に捉えている。
「火炎魔法、発射っ。」
そういって3発目の火炎魔法を撃ったカノンは、的の背後に着弾するように火の玉を操作する。3発目の火の玉は2発目よりさらに小さい。火の玉のサイズまで微調整できるのか。すごいな。
ドゥーン。
見事に的の背後に回り込んだ火の玉が着弾すると、カノンは誇らしげに元の場所に戻っていく。
そのタイミングで、周りの生徒のひそひそ話が聞こえてきた。
「ねえ、あれが三大貴族のレスタルテ家の娘?2発目とか、よろよろじゃなかった?火の玉のサイズもなんか小さくなってたし。」
「そうだねえ。三大貴族って言っても、大したことないんじゃない?」
こいつら…。全然分かってないな。まだ一年生だからしょうがないが、帝国の将来がちょっと心配だな。
「ほれ、お主で最後じゃよ。レンくん。授業時間が終わる前に、さっさとやっておくれぇ。」
こうして、ついに俺の番が回ってきた。