第四話「貴族と平民」
「ええ〜、ということでぇ、我が国は100年ほど前から共和国との第二次魔法世界大戦の真っ只中でしてぇ、均衡する状況を打開すべく、こうして皆さんが魔術を学び高め合う場所が創立されましてぇ…」
校長の長い話が続く。
「はぁ。なんで偉い人の話って必ず長いのよ。もう30分はあの調子よ。流石に飽きるじゃない…」
根っからのお転婆なのか、カノンが座りながら体勢をこまめに変えようとムズムズ動く。
時々彼女の髪の毛が顔の近くを舞い、シャンプーのいい匂いがレンの鼻に届いてくる。
「…こんないい匂い、久しぶりだな。油とか火薬とか汗臭い匂いに囲まれて、俺の嗅覚は死んでると思ってたがまだ大丈夫だったか。」
「何一人でぶつぶつ言ってるのよ。レンも校長の話長いと思うでしょ?だったら少しはつまらなそうな顔してアピールしなさいよ。」
「つまらなそうな顔って、一応入学式って俺らのためにあるんじゃないのか?」
「そうよ。だから私達が主役なのに、なんで校長がしゃしゃり出てるのよってことよ。」
「まあまあ。落ち着けって。」
何とかカノンをなだめようとしたが、彼女は全く聞く耳を持たない。
俺、一応あの問題児集団をまとめてたんだけどな…。なんで同い年の女の子一人なだめられないんだろ…。
「よう。お前らも退屈で駄弁りだしたクチか?」
と、突然カノンと逆側から大柄の男子生徒が話しかけてきた。気づかなかったが、彼も周囲の生徒と小声で雑談をしていたらしい。
「ああ、隣のカノンが少々うるさくてな。何とかなだめようとしたんだが、全然手に負えないんだ。」
「ちょっと何よレン、それじゃ私がじゃじゃ馬みたいじゃないっ。」
「じゃじゃ馬じゃなくて、お転婆か?」
「どっちも同じよっ」
「ははは。お前ら仲いいんだな。」
「「うるせえ(さい)っ」」
「い、いや息ピッタリだけど…」
と、俺とカノンがちょっと大きな声を出してしまったせいで、周囲の注目を集めてしまった。
さすがのカノンも少し顔を赤らめて、全身を縮こまらせた。
「そういえばあんた、名前は何ていうんだ?」
「ああ、俺はレン。こっちで縮こまってるのがカノンだ。」
「レンにカノンか。俺はダルナーだ。平民の出だが、結構鍛えてるつもりだぜ。クロスレンジなら負けないぞレン。」
「おっ。俺も戦いなら負けないぜ。ってか、平民の出自だと、あんまり鍛えてないもんなのか?」
「ちょっと、あたしを置いて話を進めないでよねっ。」
「ああ、すまないカノン。俺はダルナーだ。よろしく頼む。ところでカノンの名字はレスタルテじゃないのか?」
「え、そうよ。よく分かったわね。」
「いや、今どき三大貴族のことを知らないやつなんていないよ。」
「あの、あたしあんまり貴族とかそういうの気にしたくないから、変に気を使わないでよね?」
「ああ、分かったよ。そんな気がしたから鼻っから意識してないぜ。」
「ちょっとちょっと、全然話についていけないんだけど。」
完全に置いてけぼりをくらった俺は、すかさず二人の会話に割り込む。
「ついていけないって、何についていけないのよ。」
「いやだから、カノンが三大貴族で、平民だとあんまり鍛えてなくてって部分だよ。」
「レンあなた、話がごちゃごちゃになってるわよ。」
「なんだ、レンは三大貴族のことも知らないのか?まるで学校に行ってなかったみたいだな。はっはっは。」
い、いや本当に行ってないんだけどな…。まあ、面倒だからスルーするか。
「いやあ、昔のことって忘れるよねぇ。」
「しょうがないっ。校長の話はまだ続きそうだし、俺が少し説明しようっ。」
「ああ、よろしく頼む。」
「ここ、帝国は昔から各地域に強大な力を持った有力貴族がたくさんいたんだ。その中でも特に有名だったのが、現在も衰えを知らない三大貴族だ。レスタルテ家、サンデリック家、ヘイディー家のことだな。貴族が力を持つ最大の理由は、優秀な魔術師を多く出す家系であるからだ。昔は多くの平民を率いて周辺の地域と戦をしていたらしいぜ。第二次魔法世界大戦が始まってからは、国が一丸となって戦うために身分の違いは意識されなくなってきたが、今でも一部では残ってるぜ。優生思想がな。レンも気をつけろよ。カノンがたまたまいい貴族だっただけで、酷い嫌がらせをされることもあるからな。」
「なるほどな。勉強になるよ。」
「あんた、本当にそんなことも知らないのね。」
自分の家系が褒められたからか、カノンの顔は未だに少し赤い。
と、その時、会場全体にアナウンスが流れた。
「新入生は退場してください。」
「あら、いつの間にか終わってたのね。」
「ほんとだ。ダルナーの説明のおかげだな。」
そういって俺たちは最後列であったことからそそくさを席を立つ。
通路側まで俺が出たところで、ドンッ。誰かに後ろからぶつかられた。
「おい。どこ見て歩いてやがる。ぼさっとしてないでさっさと道を開けろ。」
「え、は?」
振り向くとそこには、人を馬鹿にしたような目で俺を見る金髪の男子生徒がいた。彼の後方には何人かの男子生徒が控えているようにも見える。
「だから、さっさとどけって言ってんだよ。」
「ちょっと待ってくれ。彼はあまり学園生活には慣れてないんだ。許してやってくれないか。」
「ああ?お前誰だよ。」
「俺はダルナー。みんなと同じ今年の新入生だ。よろしく頼む。」
「そんなこと聞いてねえよ。どこの貴族だって聞いたんだよ。ったくこれだから平民は。何が同じ新入生だ。虫酸が走る。」
言いたい放題に暴言をぶちまけた彼は、そのまま体育館の出口に向かって歩き出す。
「お前こそちょっと待てよ。ダルナーが名乗ったんだ。お前も名前くらい言えよ。」
「お、おいレン。せっかく俺が場を収めたのになんでだよ。」
「は?お前らなんかになんで名乗らなきゃいけないんだ?」
「なあダルナー、こいつちゃんと帝国語しゃべってる?」
「おいっ、レン。」
「ほう。お前、死にたいみたいだな。ちょっと表出ろ。」
「いいぜ。やってやるよ。」
俺はダルナーの静止も聞かずに金髪の男子生徒と外へ出る。
誰も立ち寄らなそうな体育館の裏まで来た俺らは、改めて対峙する。
後ろから、体育館を出る生徒に揉まれながら、カノンとダルナーが追いかけてきた。
「ちょっとレン。なんで入学早々喧嘩なんかふっかけるのよ。」
「そうだぞレン。同級生なんだからもう少し仲良くすればいいじゃないか。」
カノンとダルナーが追いついて早々に抗議の声をあげる。
「いや、こういうやつは経験上、一回シメないとだめだ。」
「はんっ。お前、俺が誰だか知りてえみたいだな。特別に教えてやるよ。俺は名門サンデルク家の長男、エドワード・サンデルクだ。てめーみたいな雑魚とは格が違うんだよ。今更青ざめても遅えからな。ボコボコにしてやる。」
「おい聞いたかカノン、ダルナー。こいつ自分で名門とか言っちゃってるよ。あはは。こいつ絶対馬鹿だな。」
「ちょっ」
「おいっ」
カノンとダルナーの息が詰まる声が聞こえる。と同時に、正面から並々ならぬ怒気を感じた。
「き、きさまぁぁ。平民のくせに貴族をなめやがってっ。絶対に許さんからなっ。」
そう言い放ったエドワードは、自身の周囲に無数の光る槍を生成し始めた。
「これは俺の必殺技の無限魔槍だ。サンデルク家に代々伝わる秘技で、貫通力は抜群。おまけに俺の魔力が切れるまで永遠に連射され続ける。後悔してももう遅いぜっ。」
そう言い切るとエドワードは、生成した魔槍を一斉に射撃し始めた。
「おいっ、エドワードっ。正気かっ。こんな高火力魔法は一人の人間に撃つレベルを超えてるぞっ。レンっ、今助けるっ。」
「そうよエドワードっ。いくらなんでもやりすぎだわ。簡易障壁魔法、展開っ。」
後ろの方から、こちらへ駆けてくるダルナーの足音とカノンの魔術詠唱が聞こえてくる。だが、どちらも間に合わない。むしろ彼らの方にもエドワードの魔槍が無数に飛んでいく。
「ははは。入学早々死ぬなんて、可愛そうな人生だったな平民、あばよ」
高らかに笑うエドワードを尻目に、俺は静かに魔術を起動する。
「局所多重結界魔法展開、対貫通術式付与、衝撃吸収術式付与、爆風鎮静陣起動、防御支援魔法起動、束縛魔法発射。」
次の瞬間、まばゆい光の槍が一斉に俺に着弾する。ダルナーとカノンの元にも流れ槍が迫っていき、二人とも目をつぶってしまう。
「きゃあっ。」
「うおおっ。」
「ははははっ。ざまあねえな。」
未だに続く魔槍の雨に、この場の誰もが俺の死を確信した。
「レン、大丈夫かっ。」
「レン、返事してよっ。」
ダルナーとカノンの声が響く。
「はっ。俺の無限魔槍をこの距離でくらって、生きてるわけがないだろ。」
「それはどうかな。」
「なにっ。」
無限にも思えた魔槍は気がついたら止んでおり、多数の魔槍が着弾したと思われる場所から無傷の俺が現れる。
「ど、どうしてお前は無傷なんだっ。」
「そんなの簡単だよ。全部防御したんだよ。」
「う、嘘をつくなっ。あの量の魔槍を、仲間の分まで完全に防ぎ切るなんてっ。そんな神業を平民なんかができるわけないっ。」
「あ、そういえばあたしたちも無事ね。」
「うむ、たしかにそうだな…どういうことだ?」
エドワードだけでなく、ダルナーとカノンたちも、何が起こったのか把握しきれずにいた。
「だから、全部防御したって言ってるだろ。」
「そ、そんなこと、できるわけがないっ。もう一度無限魔槍でお前を…くっ。」
そこまで言って、エドワードは自分の体が一切動かないことに気づく。
「なぜ俺の体は動かないんだ。しかも、まだ無限魔槍をあれしか撃ってないのに魔力が…もう、ほとんどないだとっ。」
「防御ついでに束縛魔法を起動しといた。これでお前は動けないし、束縛魔法は常時魔力を吸い取るからな。もうお前は何もできないよ。」
「く、くそがああああ。」
そういってエドワードは、無理やり束縛を解こうとする。しかし、もがいた程度で俺の束縛魔法から逃れられる訳がない。
「だから、そんな無駄なことはするな。」
「ち、ちくしょうっ。お前、レンとか言ったな。覚えておけよ平民。これからの学園生活が平和に過ごせると思うなよっ。」
「へいへい。だいたい問題児っていつも言うことが同じだよね。」
そういってエドワードは、俺が束縛魔法を解除した瞬間に脱兎のごとく逃げていった。
「ま、ああいうやつは嫌いじゃないけどな。」
そういった俺の独り言は、誰に聞かれるわけもなく空に響く。
そんな俺をめがけて、ちょっと涙目のダルナーとカノンが駆け寄ってきたのだった。