第三話「不吉な予感」
「おいっ、お前たち隊列を乱すな!」
レンに代わり、ゼロ番隊の隊長代理を務めることになったジャスターの声が空に響く。
「いやぁ〜、隊長がいなくなったから解放されたわ〜、楽しぃ〜。」
「俺いつも暴れたりないから、ずっと一人で敵軍に突っ込んでみたかったんだよな〜」
そんなジャスターの忠告も聞かず、ゼロ番隊の問題児ツートップであるダーミレとマルコーが早速隊列を乱す。
左腕にタトゥーを入れ、舌なめずりをするのが癖の彼は、縛られるのが大嫌いな性格だ。ゼロ番隊に配属になった際に、真っ先にレンに喧嘩をふっかけ、ボコボコにされた過去を持つ。
彼と競うように敵軍に突っ込んでいくのは、丸い縁のメガネをかけたマルコーだ。彼は自分が窮地に陥れば陥るほど、そこから挽回したときの優越感がたまらないというドMな性格で、ゼロ番隊配属当初は、全隊員に同時に喧嘩をふっかけた変人である。
「しかし自由に空を駆け抜けられるのは最高だよなぁ、なあマルコー?」
「全くだよ。いつもは隊長の目があるから我慢してたけど、今日から隊長はいないからな。まじ義務教育バンザイってやつだ。」
浮遊魔法を全開の出力で発動させている彼らは、すぐに豆粒のようなサイズになるまで遠くに行ってしまった。
それに呼応し、ゼロ番隊の他の問題児たちもテキトーに散開してしまう。
「ああ、なんてこった。隊長がいない出陣はこれが初めてだが、まさかこんなに連携の取れない奴らだったなんて…」
未だに一人だけ隊列の規定ポジションにいるジャスターが、もはや隊の意味がなくなった現状をぼやく。
「ああ、なんで俺は義務教育なんかに隊長を送り出しちまったんだろう…。隊長も乗り気じゃなかったし、二人で軍上層部に掛け合えば何とかなったかもしれないのになあ。でも、隊長にはまともな学生生活を経験させたいから協力しろって、レイナさんから散々言われているし、俺も納得して協力したから文句は言えんか…」
結局、この状況を作る一因となってしまった自身の行動を振り返り、諦めて腹をくくるジャスター。
そんな彼の目に、だんだんと正面の空いっぱいに小さな黒い点が映る。
「ん、あれはなんだ?鳥の大群?いや、それにしてはキレイな隊列すぎる…ってまさかっ」
彼の不安は的中し、西の空一面には共和国軍の魔術師が展開していた。その数おおよそ2000。連隊規模の魔術師軍団と、ゼロ番隊は今まさに交戦しようとしていた。というか先陣を切っていったダーミレたちは、すでに接敵している可能性が高い。
「さすがにゼロ番隊だけであの数を相手にするのは無理があるぞっ。くそっ。よりによって隊長がいなくなった日になんでまた大規模攻勢なんかがあるんだよっ。」
ジャスターが悪態をついている間にも、小さかった黒い点はどんどん大きくなる。
「このままでは本当にまずいっ。総員、撤退の準備っ。各自散開飛行し、できる限り敵の狙いを絞らせるなっ。」
すぐに隊長代理としての責務を思い出し、ジャスターはゼロ番隊の全隊員に魔術交信で呼びかける。しかし、今のゼロ番隊に彼の撤退指示を聞くものはいなかった。
「総員に再度告ぐ。ただちに撤退せよ。これは命令だ。従わない場合は厳罰に処すっ。」
ジャスターの再三にわたる指示も虚しく空に響くだけで、全く届かない。
そうこうしている間に、各所で爆発が発生するようになった。ついに共和国軍とゼロ番隊が交戦を始めてしまった。
「まずい。本当にまずいぞ。もうこうなったら俺が無理矢理でも隊員を回収して撤退するしかない。」
そう言って爆発が起こった場所に向けて急発進したその瞬間、彼は異変に気づいた。
「あれ、いつもより速度が出ない。俺の浮遊魔法にも敵軍が阻害をかけているのか?いや、さすがにこの距離まで阻害をかけるのは敵軍にとってもメリットはないな。しかしなぜだろう…」
不吉な予感を胸に、ジャスターは隊員の元へ急ぐ。
「しかしなんで共和国軍は今日に限ってこんな大規模な攻勢を仕掛けようと思ったんだ?隊長の防御魔法や阻害魔法が消失したのを感知したからか?いや、それにしてもこの規模の軍隊を揃えるのは流石に早すぎるような…。って、まさか…」
ジャスターはそこまで口にして、考えたくもないスパイの可能性を頭から消し去る。
程なくして敵軍と交戦している場所までたどり着くと、隊員たちの悲鳴が聞こえてきた。
「う、うわあああああ。」
「落ち着けっ。散開しながら撤退しろっ。」
ジャスターは劣勢な交戦空域から順にまわり、自力で脱出できそうな隊員には撤退の指示を出し、負傷している隊員は空間魔法で敵の索敵範囲外まで飛ばしていく。
「くそっ。こいつらが指示を守ってくれればもっと楽に撤退できたのにっ…。ぐはっ。」
激戦空域を次々と飛翔するジャスターは、少なからず被弾していく。
それでも、隊長代理としてゼロ番隊の壊滅だけは避けなければならないという使命感で、最後の隊員までなんとか撤退させた。
そんな彼のもとへ、敵軍のトップと思われる人物が近づいてくる。
「お前は一体何者だ?」
「はっ。名乗るとでも思ったか。」
「そうか。しかしあまりにも練度の低い部隊だったものでな。トップのアホ面を拝もうと思ったわけだが、どうやらお前だけはまともらしいな。」
「くっ。余計なお世話だ。」
「しかし個々の魔術師のレベルは軒並み高い。もしやお前たちは存在が噂されている帝国のゼロ番隊なのではないか?」
「だったらどうなんだよ。」
部隊の正体もバレ、恥をさらすことになったジャスターが苦し紛れに答える。
「ふむ。ならば貴様があの帝国の守護神というわけか。おかしいな。やつは今西の戦線にはいないという話だったが。」
「っっ!」
やはり帝国に隊長の動きは筒抜けだったようだ。間違いない。帝国軍の中にスパイがいる。
そう確信したジャスターは、一刻も早くこのことを上層部に伝えるべく瞬時に転移魔法を発動させた。
「させるかよっ。総員、撃ち方用意っ。発射っ。」
共和国軍の魔術師たちが一斉に攻撃魔法を仕掛けてくる。
しかし、ジャスターの魔術練度は相当なものだった。瞬く間に彼の転移魔法は、彼自身を別の空間へ送り出した。
「ちっ。やはり帝国の守護神はそう簡単に討ち取れんか。しかし、彼が帝国の守護神だとすると、色々おかしな点が多いな…」
こうして、共和国軍少将デンベルグは、突如遭遇した帝国の守護神と思われる人物に思考を割きながら、全軍に前進の指示を出したのだった。