第二話「コーランド学園、入学」
「はあ、本当に来ちまったよ…」
案内で指定されていた帝国の4大学園の一つ、コーランド学園の正門を眺めながら俺はため息をつく。
帝国には、ランドリック、エグバート、コーランド、ヴァレンスの4つの地方があり、それぞれに地方名のついた学園が設立されているようだ。
そのうちの一つ、コーランド学園は帝国内の西に位置するコーランド地方が設立した学園である。コーランド学園に限らず帝国内の4つの学園は、危ない戦線から遠ざかるように内陸に建設されている。おかげで、昨日まで自分がいた西の戦線に復帰することは簡単ではない。
「そもそも帝国軍の上層部って効率主義の塊だよな。なんで俺が軍の仕事休んでまで、学校行くことを良しとしたんだろう。レイナさんからは、『いいから友達たくさん作ってこい』とか言われたけど、そういう場所なのかここは?」
軍の仕事を放棄して、昼間からこんな街中にいる自分に違和感しか感じず、つい独り言が多くなる。
「今頃ゼロ番隊の奴らが何かやらかしてないかと思うと気が気じゃないな。それに、西の戦場で常時起動している魔術も、流石にここからだと維持できないか。ほんと大丈夫かな。」
西の戦線は共和国との境のため、一番の激戦区だ。そのため、俺は対長距離魔法防御術式や大規模魔術阻害術式の常時展開、さらに能力値を底上げする支援魔法を10個ほど味方全員に付与している。それらが全て無くなっているのだ。正直、不安で仕方ない。
「まあ、支援魔法は密かにやってたから、みんなの不安は防御術式と阻害術式の消失だけだろうけど…」
そう言いながら、正門をくぐり受付のような場所はないかキョロキョロしていたところ、急に後ろから声をかけられた。
「何を密かにやってたの?」
やべっ、聞かれた。と思って振り向くと、そこには自分と同い年くらいの銀髪の少女が立っていた。
「え、いや特訓だよ。義務教育を受ける前の準備としてね。ははは。」
「ふ〜ん。まあいいわ。それより中に入らないの?そろそろ入学式始まるわよ。」
「まじ?誰もいないから一番乗りかと思ったのに、まさかの最後の方だったのか。」
「ま、あたしがさっき教室に荷物を置いたときには大勢の生徒がいたから、あなたは最後の方というか最後なんじゃない?」
「え、うちの部隊でも5分前集合できないのに、義務教育って熱心な生徒ばっかりなんだな。軍の集団行動はここで学ぶものかと思ってたのに、もうできてるのか。まったく、あの問題児たちにも見習わせたいな。」
「うちの部隊?あの問題児たち…?ちょっと何言ってるのか分からないけど、とりあえず体育館に行くわよ。あたしまで遅れちゃうわ。」
「ああ、ありがとな。俺はレン。よろしくな。」
「あたしはカノンよ。こちらこそよろしくね。」
軽く握手を交わし、体育館に向かって俺たちは歩き始める。
「それにしてもレンって、ちょっと変わってそうだけど、悪い人じゃなさそうね。」
「それって普通に貶してない?」
「気にしない気にしない。」
「気にしないって貶した張本人が言うセリフじゃないからな?」
「あはは。確かにね。レンって変だけど面白いね。」
「俺はとりあえず、カノンは人を貶す能力が高いってのは分かった。」
「ひど〜い。せっかく迷子の新入生を救ってあげたのに。」
「さらに人の弱みに付け込む悪いやつだったか。」
「ちょっとちょっと、あたし出会って数分ですごい嫌な奴になってるじゃん。」
「お、ついに自分の真の姿に気づいたか。」
「あたしの真の姿はそんなんじゃない〜っ」
「じゃあ俺にももう少し優しくするんだな。」
「もう、あたしがイジってたはずなのに、なんか気がついたら逆転してるし。」
「気にしない気にしない。ところでカノンはこの学園に入学する前は何をやっていたんだい?」
「ちょっと、仕返ししないでよね。で、入学する前?そんなの地元の学校に通ってたに決まってるじゃない。それ以外に普通ある?」
「そ、そうだよな。普通だよな。悪い悪い。」
「やっぱレンって変なの。」
「いやあ、地元以外の場所だとどうなってるか一応確認したくてさ。別に深い意味はないよ。」
勝手に形骸化していると思っていたけど、帝国語や算術を学ぶあの「学校」も普通は行くものだったのか…。ちょっとカルチャーショックだな。
「ふ〜ん。じゃあさ、逆にレンは何やってたの?」
「え、俺か、俺はだな、えーっとまあ算術とか法律とか、あとちょっと実戦的なあれやこれやを云々とかとか…」
まさか軍人でしたとは言えず、お茶を濁した返答になる。レイナさんからも、俺が軍を抜けていることを敵国に知られたらまずいので、黙っておくように言われている。
「いや、後半全然わかんないんだけど。なに、実戦的って戦ってたの?」
「ん、ま、まあそんなところかな。野生のクマとかとね。あははは。」
「そんな危険なことする学校なんて聞いたことないわよ…。まあ、変人は変な学校出身ってことね。」
「結局貶すんかい。」
まあ、野生のクマより何倍も危険な相手と戦ってたし、問題児に囲まれてたから自分も変な人になっている説も否定はできないか。
「さ、話しているうちに体育館に着いたわよ。後ろの方の席しか空いてないけど、とりあえず座りましょ。」
こうして俺たちは、新入生用の席に着席しつつ、式の始まりを待った。
程なくして、「新入生、起立。」という声とともに、入学式が始まった。
校長の長い話を聞き流しながら、先程のカノンとの会話を思い返す。
初めて同い年の人と話し、友達との会話の楽しさを知った俺は、少しだけワクワクした気持ちになっていたのだ。
その頃、西の最前線が徐々に瓦解していることも知らずに…