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オーバーラップ〜外伝〜  作者: 杏 烏龍
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正直になれる日

「これはアイツの。これは北条くんの。それとこれは……」

 かえでは、一つ一つ丁寧にラッピング包装の上に小さく『竜太』『北条くん』と書かれた箱を確認しながら自分の鞄に入れている。

「よし! いよいよ明日だから」

 明日は女の子にとって一大イベント『バレンタイン・デー』。

 かえで――西園寺かえでは桜ヶ丘高校一年生。学内ではその容姿と天然さから、同級生はもちろんのこと先輩からかなり人気がある。背丈がかなり高いのを差し引いてもだ。

 しかし、かえでの意中の人は、同級生で幼なじみの中村竜太。

 ただ、当の竜太がかえでの気持ちに全く気がつかない強烈な鈍感で、おまけに同じ剣道部の先輩、東堂しのぶに憧れている。このことから隙あらばと狙っている男子は少なくない。

 同級生の北条剣二もかえでに想いを抱いている一人であるが、彼自身はかえでの気持ちを知っているので自分の気持ちをおくべも見せていない。

 そしてそんな剣二の想いを今度はかえでが気がついておらず、いつもの登校仲間として剣二の分のチョコレートも用意していた。

 そんな複雑な想いが交錯する二つのチョコを入れ終わったところでかえでは机の中からひときわ大きな紙袋を取り出した。

「これ、ちゃんと渡せるのかな……」

 袋を見つめながら不安そうにつぶやくかえで。

「やっぱ授業前かな? いや放課後の方がいいかな? 授業中は渡せないし……渡したいなぁ。渡せるよね」

 ため息をつきながら紙袋を鞄にしまう。

 かえでが想っているのは竜太。しかし、かえでが手に持っていたのは竜太のチョコではなく、剣二のでもない。ただ、かえでの言葉には贈り主に対して想い入れがあることは明白だった。これは剣二やかえでファンはかなり気になるところだ。

 思い悩んでいたかえでは、ふと時計を見て慌てた。

「あっもうこんな時間! さあ、明日はがんばろっと。おやすみなさい」

 かえでは机のライトを消してベッドに滑り込んだ。果たしてかえでから大きなチョコをもらうのは誰なのだろうか?


 翌日、かえでは、竜太と剣二と一緒に登校していた。ただ、三人ともどこか落ち着かない。

 竜太は平静を装っているが、内心はしのぶからのチョコをかなり期待していて、しのぶを探しているようにも見える。

 剣二は昨晩からずっとかえでからチョコをもらえる妄想を繰り広げていて寝不足気味だ。眼も充血していてかなり重症。

 かえでは二人との話もそぞろに誰かを探している様子だ。

「よしっ!」

 校門に入る前に、かえではおもむろに気合いを入れて、鞄の中から小さな箱二つ取り出した。

「はい、竜太に北条くん。いつもありがとう。私からの気持ちよ」

「おっ、ありがとう」

 竜太は普通にお礼を言って、ごく自然になにかノートの貸し借りをしたかのようにそのまま鞄にそのチョコをしまった。もし、そこにかえでファンが居あわせたなら、竜太は『もっと感謝しろ!』というファンの怒りでボコボコにされただろう。

「うわわわわわわ!! かえではんありがとうや! もううち、うち……」

 剣二は感動してすこし涙ぐんだ。もちろん他の二人にわからないように気をつけたみたいだが。夢(妄想)にまで見たかえでからの贈り物に空に飛んでいきそうなくらい舞い上がっていた。もし、そこにまたもやかえでファンが居あわせたならファンからの嫉妬の炎に剣二は真っ黒に焼かれただろう。

「さてと……じゃあ私ちょっと用事あるから、また帰りにね!」

 かえではそこはかとなくそそくさと校舎に入っていった。あたかも誰か人を探しているようにも見えた。その様子を見て、敏感な剣二は気がついた。

「竜太はん。ちょっと今日のかえではん、おかしいと思いまへん?」

「おかしいって?」

「わかりまへんか? 竜太はん。普段ならそんなに先に校舎に行くことあらへんのに」

「トイレだろ」

 そっけない竜太。剣二はその態度にすこしむっとして、

「そんなんや無いと思いますわ。あの態度は。かえではん、明らかに人探しているみたいやった。もしかして好きな人ができはったのと違うやろうか」

 今まで聞き流していた竜太は、妙に説得力がある剣二の言葉に少し動揺した。

「好きな人って??」

「もう~竜太はん! わかったはらへんなぁ! かえではんうちらに内緒でその人にチョコ渡しに行ったんと違うやろうかってことですわ!!」

 そこまで聞いて竜太はかなり驚いた。そんなかえでを見たことが無かったからだ。

「! 北条。本当か?」

「うちの勘やけど。たぶん、かえではんはうちら以外の誰かにチョコ渡しはると思いますわ」

 竜太は自分の今までの行動を棚にあげて、かえでに好きな人がいるということに言葉にならない怒りにも似た感情がわき上がってきた。まるでお母さんをとられた小さな子供の嫉妬のように不機嫌になっている。一方、剣二はかえでの想う相手が竜太なら許せるが、竜太以外の男子なら断固許さないと思っている。この二人の気持ちは妙なところで一致した。

「北条。今日は二人でかえでの動きを監視するぞ!」

「はいな!」

 二人は即座に行動を開始した。


 その後、午前の授業中、昼食、午後の授業中と過ぎたが、かえでは竜太たちが心配しているようなそぶりも見せない。時間だけが過ぎていく。そして放課後になった。

 放課後は二人とも部活があるのでかえでを監視できない。そこでどちらかが部活を途中で抜け出して監視を継続することになった。当然部活に身が入らないから先輩からはものすごく怒られた。しかし、怒られる以上にかえでのことが気になっていた。

「こらっ! 中村くんに北条くん二人とも!! さっきから武道場を出たり入ったりして、おまけにその身の入っていない練習態度は何!」

 あまりに二人の態度が悪いので、見かねたしのぶからもついに注意された。

「すみません先輩……。ちょっと気になることがあって」

「練習中は、練習と稽古のことだけ考えること! わかっているはずよね!!」

「はい……。すみません」

「きちんとしないとケガするわよ。ちょっと表に出て気持ちを入れなおそうか」

 竜太と剣二はしのぶに促されて、ちょっとうつむき加減に表にでた。するとしのぶは少し遅れてから二人のもとにやってきて小さな包みを二人に渡した。

「はい、二人とも。本当に部活がんばっているから、私からね。でも今日みたいな態度だったら返してもらうわよ」

 竜太の顔がパッと明るくなった。夢にまで見たしのぶからのチョコだ! 竜太は叱られたことを忘れて舞い上がった。剣二も今日の気になることを忘れるくらい嬉しかった。

「さてと、二人が練習に身が入らなくなるほどの気になることを聞きましょうか」

 まだ少し怒り気味のしのぶの言葉を聞いて二人はわれに返りうつむいた。そして今朝のことを一部始終しのぶに話した。しのぶはそんな二人の話をしっかり聞いてから、

「西園寺さんに限ってそんなことないわよ。大丈夫。私が保証するわ!」

 しのぶにそう言われて二人はかなり気持ちが楽になった。しのぶの自信あふれた言葉が魔法の言葉のように思えた。

「さあ、練習に戻りましょうか」

 しのぶにそう言われて二人は元気よく

「はい!」

 と返事をした。するとそこへ、

「あっ、東堂先輩!!」

 先に部活が終わったかえでが武道場にやってきた。

「良かった。先輩おられて……」

 と言ってかえでは鞄の中から少し大きめな紙袋をとり出して、しのぶに手渡した。

「東堂先輩。いつもありがとうございます。これは私の気持ちです。あっ、別に告白じゃないので。本当に感謝の気持ちなので受け取ってください」

 

「ほっ北条!」

「りっ竜太はん!」 

 二人は絶句した。


「西園寺さん。本当にありがとう。でも、いいの? なんか気を使わせて」

「いえ、いいんです! 先輩には本当にいろいろと良くしていただいているので、ぜひ受け取ってください!」

 しのぶとかえでのやりとりを聞いていた竜太と剣二は自分たちの勘違いに顔から火が出る思いだった。特に剣二にとってはかなりバツが悪かった。 

「竜太はん。かんにん」

「いいよ、別に……。まさか女の人に渡すなんて思わないだろ」

 ヒソヒソと話をしている二人。できればこの場から逃げ出したかった。

「竜太に北条くん。どうしたの? なんか先輩にしかられてたみたいだけど」

「いや――その……。しかられた」

「もう、二人ともしっかりしないと。今朝のチョコ返してもらうからね」

「うわっ、そのセリフ。東堂先輩そっくりやわ」

 剣二が思わず声をあげた。あまりの驚きぶりに全員が笑った。


 その日の帰り道、かえでから桜ヶ丘高校の伝統の行事の中で、バレンタイン・デーは女子から男子に告白するためだけでなく、お世話になった先輩や先生に感謝の気持ちをあらわす日でもあることを聞いた。そしてしのぶだけに限っては、多くの女子からもちろんのこと、一部男子からもチョコをもらうそうだとも聞いたとき、二人は改めてしのぶの凄さを思い知った。


「今朝のことだけど……」

 しのぶの話の後で、竜太と剣二は今朝からずっと後ろめたかったことを思い切ってかえでにすべて話をした。

「だから、二人とも私の後をつけていたのね」

 かえではからから笑いながら答えた。

「チョコは竜太と北条くんと東堂先輩への分だけ……」

 そこまで言って、急にかえでは言葉を飲み込んだ。

(その中で一番渡したかったのはもちろん竜太だけだからね。私の気持ちに鈍感で、憧れの人がいて、なかなか振り向いてくれないけれど、今日は――今日だけは自分の気持ちに正直になれる日だから)

「ゴメンね竜太、北条くん。変な気を使わせてしまって。本当に」

 かえでは、二人に優しく微笑んだ。

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