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オーバーラップ〜外伝〜  作者: 杏 烏龍
14/14

しあわせのカタチ

 それがあなたの『しあわせのカタチ』なら、 私の『しあわせのカタチ』は何処にあるのだろう……。


~一~

 放課後。学校は授業やクラブ活動から開放され、ゆっくりと家路に着く者達や、友人達と談笑する者達が醸し出す穏やかな空気が流れている。その中で、その者達を尻目に校舎の廊下を足早に歩く女子生徒があった。

『とても急いでいます!』とわかるその女子は、廊下の真ん中にたたずんでいる生徒が思わず飛び退けるほどの剣幕で一心不乱に前を向き、別の生徒を真っ向から追い抜いていく。そしてこの時間ですらもどかしさを覚えたのであろうか、早足からいつしか小走り、そして全速力で駆けだしだした。

 両手を大きく振り駆ける女子生徒は校舎間の渡り廊下を抜け、校舎の階段を一段ずつ小刻みなステップで下りていく。その度に肩口できれいに切りそろえられたショートボブの髪が足取りに呼応するように小刻みに揺れる。階段の踊り場に降り立ったところで手すり握り、それを支点に身体を素早く反転させ、今度は段を飛ばしながら降りていく。制服のスカートがその度にはらりとめくれそうになるが、全く気にするそぶりを見せない。ただひたすらに前を向いて。

「お~い、壬生みぶ……。廊下、階段は走る所じゃないだろ」

 女子生徒の見事な階段の駆け下りっぷりを見かねた先生が思わず注意する。しかし女子生徒はそのまま駆け下りていく。

「あ、先生すみませ~ん。急いでるもので~!」

「急いでるからって、ここは走ったらいかんだろ」

「すみません! 以後気をつけま~す」

 そう言って壬生と呼ばれた女子生徒はそのまま階段を駆け下りて行き、目標の階で姿を消した。

「壬生ももう少し落ち着いたら良いの子なのに――まあそれが取り柄だけどな」

 注意を促した先生は『やれやれ』と言った表情でこうつぶやきその場を後にする。一方階段から目的の階の廊下に降り立った女子生徒は、廊下に着くや急に走るのを止めて一旦立ち止まり、大きく深呼吸を始めた。

「やばい、息が上がっちゃってる。どうしよう……ちょっと整えないと恥ずかしいじゃない……」

 両手をお腹の前で交差させ、それを大きく広げ急いで深呼吸する様は、傍目から見るとからくり人形のごとくぎこちない。もちろん周りには誰もいないことを彼女は確認しているのだが……。そして、ようやく息が整ったところで目的の教室の戸に手をかけてゆっくりと開く。とびっきりの笑顔を添付して。

「ごめーん。北条くんお待たせ。久しぶりなのに、ホント遅くなってゴメンね」

「あ、みぶはん、ようおこし。そんなことあらへんよ。うちもさっき来たとこやし」

 教室の窓際で恐らく外の景色を眺めていたであろう北条と呼ばれた男子生徒は、入ってきた女子生徒に微笑みかけた。

「みぶはん、そんな息せき切って走って来んでもええのに。うち待たされたとは思うてへんから」

 そう言われた女子生徒は、息を整えたのにもかかわらず、思わずため息が漏れ赤面する。すべてバレていたのかと。しかしすぐに微笑みながら、男子生徒にこう切り返した。

「『待たされてた思うてへん』と言うことはやっぱり待ってるんじゃないの? やだなもう北条くんたら――」

「あ、うちそんなつもりあらへんて――なんや、久しぶりやのに相変わらずみぶはんは鋭いなぁ」

 苦笑いとも照れ笑いともとれないような表情を浮かべながら、男子生徒は女子生徒お互いの表情を確認し、おもむろに一緒になって教室の真ん中の机を合わせだした。

「じゃあ、そろそろクラス委員会を始めましょうや」

 傍目からみると中むづまじい恋人達が教室で待ち合わせをしていたかのようであるが、この二人にとっては、れっきと委員会活動であった。

 男子生徒の名前は北条剣二という。桜ヶ丘高校二年生。そして女子生徒は壬生和水みぶなごみ剣二と同級生である。この二人はクラスのとりまとめ役、つまりクラス委員で、必要とあらば放課後のクラブ活動後にこうして集まり、意見交換の場を設けていた。その名も『クラス委員会』。

 これは剣二となごみそれぞれがクラス男女の意見を聞き、それを二人の間で調整しつつ、クラスにとってベストなものをまとめあげる活動だった。

 最初は、相手の事を考えず、姉御肌のなごみが一方的に意見を言い、それを剣二が聞き役となったため、全く委員会として上手くいかなかったのだが、物腰が柔らかく相手の意見を尊重しつつも芯の通った意見を出す剣二に、なごみが徐々に心を開き、次第に本音で語るようになった。そうなればお互いの間に信頼が芽ばえ、『クラスをまとめよう』という思いが生まれた。

 この思いは、二人に絆されたクラスメイトへと波及していき、先の学園祭でクラス全員が役として参加する演劇で見事学園大賞を射止めた。ここに剣二となごみの思いは結実したのである。

 その成功の裏には、たった二人だけのクラス委員会。今日がその開催日だった。

「それではと――今日の議題は『卒業生を送る会の出しもの』についてやったね」

 剣二が議長のように話し出す。なごみはそれを聞き、自分のノートを広げてそれに答える。 

「今のところ、隣の一組は合唱で三組は呼びかけと寸劇みたい。じゃあ私たちは本格的に劇でもしようかしら」

「いや、いくらみぶはんが演劇部やからってクラス持ち時間十分はキツイんとちゃいますの?」

「それは、そうだけど……」

 剣二に諭され少し表情が曇るなごみ。

「じゃあ、どうしよう北条くん。他のクラスとは同じ出しものにはしたくないし――」

「学園祭の時のようにクラスのみんながまとまれば何でも出きるんとちゃいますか」

「それは、そうなんだけど……何か案でもあるの? 北条くん」

 少し机の上に身を乗り出して剣二に近づくなごみ。

「いや、そんな身を乗り出すほどの事やあらへん。うちの得意分野ってのはどうやろかって」

 剣二の言葉を聞いてなごみは剣二が何が言いたいか解ったので、少し身を引いた。 

「ああ、いくら北条くんが剣道部だからって、演武てのは無しよ。みんなができるわけ無いじゃないの」

「あちゃ~ばれてもうた。いつもながら鋭いツッコミおおきに。みぶはん」

「ほらそうやってまた茶化す――ちゃんとしましょうね、北・条・く・ん」

「すんません。そうやった」

 頭を掻きつつ謝る剣二。

「解ってるならよろしい。じゃあ続けましょ。そうそう男子達の意見はどうなの?」

「そやね、男子は今回も演劇がしたいって言ってはるけど、女子の方はどうなん? みぶはん」

「あ、女子はね、男子と同じ意見よ」

 どうやらクラスの意見は一致している。しかしなごみの表情は晴れない。

「でも今回は流石に時間が足りないわね……」

「そやね、十分じゃほんま話にならんわ」

 二人の間に思慮の時間が流れる。どうやら持ち時間の問題を埋める妙案が浮かばないようだ。

「久しぶりでちょっと思考が鈍ったかしら……考えが煮詰まったね」

 ちょっとつまらなさそうになごみが言う。それに剣二が呼応して、

「そうやね、もうちょっとお互いに考える時間が欲しいな、そやな明日に持ち越しでかまへん?」

 すると、なごみは表情が明るくなり間髪入れずに答えた。

「明日ね、OKよそれまでに案を持ち寄りと言うことで。今日と同じ時間でいい?」

「うちはかまへんよ」

「やった! この委員会は自分の意見が言えるから好きなのよね」

 小躍りするなごみ。、

「それはうちに思いっきり文句が言えるってことやね。みぶはん」

 剣二が少しふてくされ気味になごみに言うと、なごみはコロコロと笑いながら、

「いや、違うわよ。ほら北条くんはいつも笑顔でみんなの話聞いてくれるから――つい本音を言ってしまうのよ。クラスの女子も言ってたわよ」

「やっぱりうちはみんなの文句のはけ口なんや」

「だから、違うって――」

 なごみの言うとおり、剣二は出身地の京ことばの口調と物腰の柔らかさから、なごみを含めクラスメイトからは何でも話せる人となっていた。これはクラスメイトから全幅の信頼の現れなのだが……。もちろん剣二の言う文句のはけ口では決してない。

 教室を出た二人は教室の続きよろしく他愛もない会話をしながら、校庭から桜並木の階段を下り校門前で別々の帰路についた。

「じゃあ、北条くん、また明日ね」

「みぶはん、ほなまた明日」

 なごみは剣二と別れ、軽やかなステップで歩きはじめた。自然と鼻歌が混じる。

「明日もクラス委員会か楽しみだね。うれしいな」

 そう独り言が出るほどなごみにとってクラス委員会は本当に楽しいひとときだった。もちろんその理由はなごみ自信ちゃんと解っていた。一番自分らしいくいられるからである。

 クラスメイトが知るなごみは、いつも元気で姉貴のように頼れるしっかり者だった。しかしそれは彼女が演劇部で培った演技の一部であり、本来のなごみの本音と弱さはその演技の下に隠し持っていた。彼女の性格が本音や弱さを人に見せることを許さなかったのである。それがクラス委員会の時――つまり剣二に出会ってから次第に肩肘張ったり、自分を包み隠したりせずに、ありのままの自分を出せるようになっていた。これも剣二に対して信頼している証でもある。だから、校内を全速力で駆けてでも早く行きたかったのである。

「うれしいな」

 その委員会がまた明日もある。自然と足取りも軽くなるのが自分でも解る。明日も良い日になりそうな予感がした。


~二~

「なごみ、今日もなんか楽しそうだね。良いことがあったの」

 なごみはお昼休みにクラスメイトで親友の西園寺かえでから言われた。

「え? そうかな……」

 かえでにそう言われたことで少し驚いた表情を浮かべるなごみ。しかしすぐに演技のスイッチが入り面が引き締まった。

「しっかり者のなごみが、にへら~と笑うのってあんまり見たこと無かったからね」

「そんなことないわ~」

 少しごまかし気味にかえでに話すなごみ。かえではなごみのそんな表情を見ながら、

「ああわかった、クラス委員会よね」

「そうなの。もうすぐ卒業式でしょ、その出し物の話し合いなの」

「違うわよなごみ、あなたってクラス委員会の後はいつも言葉のイントネーションが変わるもの」

「え?」

 かえでの予想外の言葉に戸惑うなごみ。

「あ、気を悪くしたらごめんね、これはなごみだけじゃ無いから。北条くんと話をした後のクラスの女子は彼の京ことばに影響されちゃうから――まあ、自然の流れよね」

「そうなんだ――みんななんだ」

「あれ? なごみどうしたの?

「え、あ、何でもないから」

 なごみの表情が曇る。

「もう、ちょっとなごみらしくないよ」

「ごめんごめん、それでさっき言ってた、私に聞きたい事ってなに?」

 なごみはかえでの言葉を聞いてなぜもやもやとした気持ちなったのかわからなかったが、無理矢理話題を変える。かえではそれに応えて、

「あのね、実は北条くんのことなの。ほらもうすぐバレンタインデーでしょ。いつもクラスのために頑張ってくれてる北条くんにクラスの女子一同からチョコ渡そうって話になってるの」

「あ、そうなんだ」

「そうか、なごみには伝わってなかったね、昨日は部活でいなかったから――昨日の放課後に決めたの」

「それで私も加われと」

「もう~最後まで聞いてよなごみ。ちょっと気になることがあって――聞きにくいんだけど、もしそうだったらやっぱり気になると思うから……」

「気になるって何よ」

 だんだんかえでへの受け答えが冷たくなっているなごみ。

「あのね、ちょっとした話になったの。なごみと北条くんはお互いクラス委員でもの凄く息が合っているから、もしかしたら……あなた達……その……つきあってるんじゃないのかなって?」

「そんなんじゃないわよ! 私たち!」

 なごみはいきなり大きな声を上げた。あまりに唐突だったのでかえでを含めその場にいた者の視線が一斉になごみに向けられた。

「あ、かえでごめん大きな声を出して……ちょっと変だったね私」

「ううん、なごみごめんなさい。変なこと聞いて。あなた達は一生懸命頑張ってるもんね、ただお付き合いしているのなら――やっぱり言っておかないとと思って……」

「私の方こそホントごめんなさい」

「気を悪くしてゴメンねなごみ。あ、それとさっきの話だけど、なごみもクラス一同には加わってね」

 すまなそうになごみに詫びるかえで。なごみがこれほど感情をあらわにすることがなかったので少し戸惑っているようだ。

「わかった、その話はのるわ。もちろん北条くんにはナイショって事ね」

「それでお願いね」

「ごめんね、ちょっと外の空気吸ってくる。なんか私おかしいみたい」

 そう言って、なごみは一旦教室を出た。

(何かもやもやしてるわ。普段はこんなに気持ちが乱れる事なんてないはずなのに)

 あてもなく廊下を歩くなごみには何故あの時いきなり叫んだのかわからなかった。廊下を抜け、校庭の階段で少し腰を降ろし、先程のかえでとの会話を思い起こしてみる。かえでの言葉を聞いておかしくなったのは間違いないからだ。

 少し深呼吸をして、自分を落ち着かせて考えを整理するなごみ。どうして? なぜ? 今までに味わったことのない感情。胸を締め付けるような感じが続くが、決して息ができないような苦しさはない。むしろ、もの凄く駆けだしたい気持ちに似ている。すると、かえでから聞いた言葉が耳に響いた。

『あなた達……その……つきあってるんじゃないのかなって?』

 その言葉がなごみの心に引っかかる。

(私たちはそんな関係じゃないはずよ。クラス委員同士よ。確かに彼と一緒にいると安心できるわ――安心――そう、彼といるときはもの凄く安心できるんだ) 

 ゆっくりと自分の考えをまとめるなごみ。そして、かえでに言われた言葉で何故怒ってしまったのか薄々ながらわかってきた。

(私……北条くんとはつきあってはいない。でもたぶん彼のこと好きになって来てるんだ。だからかえでに自分の気持ちを見透かされたみたいで叫んだんだ……ホントいやになる。私の性格。絶対素直じゃない)

 なごみは自分の気持ちに気がついた。認めたくないけど認めざるを得ない。紛れもなく剣二の事を好きになっている。切ない。なごみは顔を膝の前に組んだ両腕の中にうめた。


~三~

 放課後のクラブ活動後、なごみは自分の教室の前にいた。昨日までのなごみはクラブ活動が終わるや否や駆けだして教室まで息せき切って来ていたのだが、今日に限っては部活にほとんど身が入らなかったので早々に終わらせて歩いて教室に来ていたのだった。練習に身に入らなかった理由はもちろんなごみはわかっていた。

(なんか入りにくいな――)

 なごみは教室の扉に手をかけたままじっとそのままでいた。どういう顔をして教室に入ろうかと思っていた。

(ええい! 笑顔よ笑顔)

 なごみは演劇部で培ったとびっきりの笑顔を作り、思い切って教室の扉にかかっている指に力を入れた。扉がゆっくりと動き出し、教室の中が見えてきた。

 教室の窓際には――外をぼんやり眺めている剣二の姿があった。ただ、なごみが扉を躊躇しながらゆっくり開けたので、剣二は扉が開いたことに気づいていなかった。

(やっぱり北条くんもういたんだ――でもなんか雰囲気違うみたい。なんか淋しそう)

 なごみは剣二が普段見せたことがない表情が気になった。

(あんな北条くんって見たことがないな。あんな表情もするんだ。でも何かあるのかしら……)

 すると、剣二がなごみの気配に気がつき、なごみに柔らかな笑顔を向けた。

「なんや、みぶはん来てたんかいな」

「ごめん、今日はちょっと早く終わったので歩いてきたんだ」

「そうやったん。気いつかへんかったわ。じゃあ委員会はじめまひょうか」

 そう言って剣二は教室の真ん中の机をあわせ、なごみもそれに続いた。クラス委員会が始まった。しかし、なごみは昼休みの事が頭から離れない。

(やばい、意識しちゃ駄目なのに、もの凄く意識している私……)

「じゃあ、昨日の続きからやね。案考えてきた」

「――う、ん……」

 なごみは剣二の問いかけに上の空。

「みぶはん――ちょっ、みぶはんって」

「え? あ、ゴメンね。ちょっとぼおっとしてた」

「もう、しっかりしてやみぶはん。確かに今日はなんか変やね」

「確かにって? どういうこと?」

 剣二の言葉をいぶかしがるなごみ。

「あ、いやかえではんが、部活の前にみぶはんがなんか変やって言っていたから」

 剣二の答えを聞いて、なごみはある言葉にカチンと来た。

「ふうーん。そうなんだ、かえでには『かえではん』って名前で呼んでるのね。北条くんて……」

「え、いや、かえではんは、昔からから『かえではん』やし」

「じゃあ、私の名前を知っているのに『なごみはん』って呼んでくれないんだ」

 急に素っ気ない態度をとり後ろをむくなごみ。

「どうしたんみぶはん。ほんまどうしたん?」

 なごみは勢いにまかせて言ってしまったことを後悔した。

(私って、どうしてあんなこと言ったの? やっぱり北条くんの前だと私はつい本音が出るのね。どうしよう……)

なごみは剣二の方に向き直り両手を合わせて、

「何でもない。ホント今のは忘れてゴメン」

 慌てて謝るなごみ。剣二も深くは責めずに、

「いや、そんな謝ることあらへんし」

(でもね、北条くん、その優しさが今の私には凄くつらい……)

 なごみは机の前でうつむいてしまう。剣二もあえて理由をなごみに問いかけない。二人の間に沈黙の時が来た。意見を出し合っているクラス委員会では初めてのことだった。

「みぶはん、なんかあったんか」

 剣二が口火を切ってなごみに問いかけた。

「……」

 なごみは答えない、いや答えられない。眼前にいるその人が好きになってしまったということを。

「まあ、言いたくないんやったら良いけど」

「北条くん……」

 なごみがうつむき加減に剣二の名を呼んだ

「はいな」

 剣二は素直に返事をする。

「あのね、少し聞きたいの――答えたくなかったら答えなくても良いから」

「はあ。なんやろか」

 なごみは剣二の前で一回深呼吸をしてゆっくり問いかけた。

「北条くん……は、その、今ね好きな人がいるのかなって?」

「いきなり何言いますんや、みぶはん」

 なごみは剣二の方に視線を強く投げかけた。

「実はね……本当はナイショなんだけどクラスの女子全員でバレンタインデーの日に北条くんに感謝の意を込めてチョコを贈ろうって話になったの。発案はかえでなの。そこでね――北条くんにもし彼女がいたら、その人にひとこと言っておかないとって――それで聞いてみたの」

 紅潮した顔で剣二に話すなごみ。かえでから内緒に言われていたのについ話してしまった。

「そうなんや、そんな事せんでもええのに、かえではんの発案て……みんなに悪いやんか」

「それで、北条くんに聞きたかったの」

 剣二はすぐに答えなかった。そして、じっと見つめているなごみから視線を外して、

「つきあっている人はおらへんわ。でもクラス委員会で答える事と違うと思うしこれ」

 なごみは剣二が少し怒っているように見えた。

「ごめん、本当に変なこと聞いてゴメン。そうだよね委員会とは関係ない話だね」

 なごみはうつむき剣二に詫びた。剣二もそれ以上なごみを責めなかった。

 この日のクラス委員会は、何も決めずに次回に持ち越しとなった。


~四~

 二月十四日。今日はバレンタインデー。クラスの中ではこっそりとチョコのやりとりが行われていた。ただ、剣二だけはクラスメイトの女子全員からの感謝の気持ちの一際大きなものを貰っていた。

「ちぇ、何で北条だけだよ」

 同じクラスで同じ部活の中村竜太から羨望とも取れる言葉を受けた。

「何言ってはるんや竜太はん。あんたは東堂先輩から貰おてますや。先輩受験の真っ直中やのにこうして作ってくれはったし」

「それは北条も同じだろ、俺が言いたいのは何でクラスの女子は北条だけなんだってこと」

「はは、それは堪忍。クラス委員ということで……」

 そんな剣二と竜太のやりとりを聞きながらなごみは帰り支度をしていた。もちろん鞄のなかには剣二への想いを込めたチョコをもっている。

(今日私は北条くんに想いを伝えるの。そして、クラス委員を辞めるの……)

 剣二への想いを感じるようになってからのなごみは、今まで通りクラス委員を務めるのはいけないと思うようになっていた。

(クラス委員会を自分の恋愛の道具にしてはいけない)

 そんな決意を胸に秘め、なごみは教室を出て、図書館でその時を待っていた。はやる気持ちのため、たぶん部活は身が入らないので休むことにした。次第にクラス委員会の時間が近づいてきたので、いつもよりも早く教室に入った。剣二は先に来ていなかった。

(少し早く来すぎたかな……)

 なごみは教室に入って剣二を待つ。そこでふと思い出した。なごみが剣二より後に教室に来たときは、決まって剣二は教室の窓際で外を眺めていたことを。

 そして外を眺める剣二の表情がいつももの悲しそうだったてことを。

(あそこで外を眺めれば何か解るかしら……)

 なごみは窓際に行き、剣二が向いているであろう方向を恐る恐る見た――そこから誰もいない校庭が見えた。

「なんだ、校庭じゃないの。なんだ、心配して損しちゃった」

 そうなごみはつぶやいて、教室の中に戻ろうとした……。

「なごみ~! クラス委員会お疲れさま~!」

 なごみの名を呼ぶ声の先には――かえでの姿があった。同じクラスメイトの中村竜太とともに。

「!」

 なごみは全てを悟った。あの時なごみは剣二に『好きな人はいないのか』と聞いたのに『つきあっている人はいない』と返事をした。つまり剣二には『好きな人はいる』のだ。そして彼の意中の人は――いま校庭でなごみに手を振っている親友のかえで。そしてそのかえでは幼なじみで同級生の中村竜太に好意を寄せていると言うのは、当の本人中村竜太以外、皆知っている。

(そんな、北条くんはかえでのことが……どうして?)

 なごみの中で想いが渦巻く。剣二の想いは今のかえでではおおよそ成就しない。だから剣二は自分の心を押し殺して、人知れず二人の行方を見つめていたのだ。

「あら、みぶはん。今日は早よおこしやね」

 なごみの気持ちが乱れている時に剣二が部活を終わらせてやって来た。なごみは剣二の姿を見たとたん、身体の中の血が逆流して頭に集中するような感覚にとらわれた。そしてすぐさま剣二の元に歩み寄る。

「北条くん! あなたどうして――どうしてかえでなの!」

「は? みぶはん、いきなり何言いますんや」

「ごまかさないで! 北条くんはかえでのことが好きなんでしょ」

「そんな、みぶはん。落ち着いて。かえではんがなんやって」

「この期に及んでそんなこと言わないで。好きなんでしょ。どうしよも無いくらいかえでのことが好きなんでしょ! だからかえでにだけ『かえではん』なんでしょ――どうして、どうしてなの! どうして私は『みぶはん』なの? どうして『なごみはん』と呼んでくれないの」

「みぶはん……」

 なごみはいつしか涙声になっていた。今まで一生懸命押しとどめていた気持ちが一気に堰を切ったかのように流れ出した。剣二の前では本音が話せることを証明するかのように。

「北条くんだって解っているんでしょ。かえでの好きな人のことを」

「……ああ」

 剣二は淋しそうな表情を浮かべ短く返事した。クラス委員会でなごみを待つ間に窓際で見せていたのと同じ表情で。

「かえでは中村くんが好きよ。それも一途に。たぶん今の彼女には誰も入り込めないと思う。なのにどうして北条くんは――叶わないかもしれないのにかえでのことを想っていられるの!」

「……みぶはん。確かにうちはかえではんの事を想っている。好きや。でもな、みぶはんうちは竜太はんを想い慕っているかえではんのことがすきなんや」

「なんで? かえでは振り向いてくれないじゃない。北条くんはずっと片思いじゃないの。それでもいいの?」

 なごみは剣二の答えに理解ができない。

「うちはかえではんに幸せになって欲しい。それだけなんや」

「北条くんはそれで良いの! もしかして逃げているの? 自分の想いを相手に伝えなくてどうするの。気持ちは押し殺すためのものじゃない。きちんと自分の気持ちを相手に伝えないとダメなの。女ってどうしても口に出してもらいたいの」

「みぶはん、それはできへんわ」

「なぜ?」

「だって、もしうちがかえではんに想いを伝えたら、かえではんの事やからたぶん困ってしまうわ、もちろん答えは決まってはるけど」

「そこまで解ってるなら良いじゃない、でも北条くんの想いはかえでに伝わるのよ。ああ、私わかんない!」

 なごみの剣幕に押された剣二は、一回大きく深呼吸をしてゆっくりとなごみに語りかけた。

「みぶはん、うちはかえではんには幸せになって欲しいんや。たとえうちが幸せにしてあげられなくても。誰かがかえではんを幸せにしてくれるなら。うちは全力で応援する。それが……それがうちの『しあわせのカタチ』なんや」

「『しあわせのカタチ』?」

「そうや。うちがいつも思っていることや。かえではんの幸せはうちの幸せにもなるんや」

「『しあわせのカタチ』……」

 なごみはそこで少し考えた。剣二から初めて聞いた本音の気持ち。ならば自分の気持ちはどこにあるのかと。するとなごみは自分の鞄の中からチョコをとりだして剣二に渡した。

「北条くん。これが今の私の正直な気持ちです。北条剣二くん、私はあなたが好きです。だからこの気持ちの証としてこれを渡します」

「みぶはん……」

「北条くん、今すぐに答えはいりません。さっき話してくれたのが北条くんの『しあわせのカタチ』なら、わたし、壬生和水の『しあわせのカタチ』はそんな一生懸命人の幸せを願う北条剣二くんを幸せにすること。そして……」

 そこまで言ってなごみは口をつぐんだ。

(いつかきっとあなたと二人で歩んでいきたい。本当の『しあわせのカタチ』はそこにあるわ。今は口に出せなくても……)


~五~

 その後クラス委員会は、なごみがクラス委員を辞したことで行われなくなった。

 なごみに対してクラスメイトからや剣二からかなり説得されたが、なごみの決意は固く、そのまま欠員のままで落ち着いた。理由については、

「けじめです」

 と言うだけでそれ以上は語らなかったので、クラスメイトもそれ以上は追求しなかった。ただ、クラス委員を辞してもクラスのために活動するとなごみ自身が明言し、クラス委員会の代わりにクラス全員の会をなごみが提言し、その司会役になごみ、剣二、かえでに竜太がその役に就いた。


「なごみはん。本当にそれでいいの?」

 たまに剣二がなごみに質問をする。

「ごめん。本当にわがまま言って。でもあのままクラス委員を続けてもきっと良い結果が出なかった思うの」

 そう言ってなごみは剣二にあやまった。もうすっかりなごみも落ち着いていた。

「まあ、なごみはんがそう言うならね」

「そうね、いろいろ剣二くんも協力してくれるし、本当にありがとうね」

「いや、こちらこそうちで良ければ」

 もう、以前のように剣二となごみは話ができるようになっていた。ただ、剣二がなごみを呼ぶとき『みぶはん』から『なごみはん』に、なごみが剣二を呼ぶとき『北条くん』から『剣二くん』に変わった。

 これはなごみの『しあわせのカタチ』が少しだけ形になったのかもしれない。


<おしまい>

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