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オーバーラップ〜外伝〜  作者: 杏 烏龍
13/14

ほんの少しの勇気

「三十八度三分ね、今日もお休みしなさい」

「やっぱりダメかぁ~」

 西園寺かえでは、母から見せられた体温計の表示を見て大きくため息をついた。

「最近寒暖の差があるからきっと寝冷えしたのよ。あなたは寝相が悪いから」

 かえでの母は、大きな娘をそっとベットに寝かしつけ布団をかけた。

「う~テストまで日がないのに――」

 かえでは、まるで駄々っ子のようにかぶりをふる。それを見て母は半ばあきれ顔でわが子を諭す。

「何言っているの。昨日今日がテストの日だったらもっと大変な事になっていたんじゃないの、そろそろ進路先の大学を決めるのでしょ。あなた疲れがたまっているのよ。勉強に部活にって、お休みも関係なくいつも出て行っていたから――まあ、今日も休みなさい。学校には連絡入れておくから」

 そう言いながら、母はかえでの額の冷却シートを貼りかえる。

「あっ、気持ちがいい」

 子供みたいにきゃっと声を上げるかえで。いつも気丈なかえでも母の前では小さな娘だ。

「でも――でもねお母さん、私そんなに無理していたつもりはないんだけど」

「あなたがそう思っていても身体は正直よ。明日こそ学校に行きたいなら、早く治しなさい。ここはがまんして寝ること。いいわね」

「は~~い」

 かえではそう言いながら少しふてくされ気味に布団を頭からかぶった。その姿を見て母はやれやれという表情で部屋を後にしようとした。ところがいきなりかえでは布団をはねのけて、

「あっお母さん、昨日誰か来てた?」

「昨日? ああ、そういえば同じクラスの女の子がプリント届けてくれたわ」

「それだけ」

「その人だけ」

「ちぇっ、つまんない」

 そう言ってかえではまた布団をかぶった。そんなかえでを見て母は不機嫌になった理由がわかった。そして少し意地悪気味に、

「残念ねかえで。中村竜太くんじゃなくて」

 するとかえでは間髪入れずに布団をはねのけて母に反論する。

「ちがう! アイツの事なんて言ってないわよ!」

「じゃあなぜ、ふてくされたの? そうよね、あなたは小さいときから竜太くん一筋だから」

「お母さん、そんなんじゃないって」

「幼稚園の頃から二人手をつないでいつもバスに乗っていたわね。『りょうたくん、りょうたくん』ってね」

「もう、お母さんやめて。それは小さい時の話しでしょ。今も竜太竜太なんて言ってないから!」

「はいはい、せっかく下がってきた熱がまた上がったら大変だわ。おとなしく寝ていなさいよ。竜太くんに会いたかったらね」

 その言葉を聞いた所為か、発熱の所為か、かえでの顔が真っ赤に染まり、それを隠すかのようにまた布団にもぐりこむ。

「もう! お母さんキライ!」

 布団の中からこもった叫び声が聞こえる。それを見て少し過ぎたかなと思った母は、かえでの布団をかけなおし、部屋から出て行った。


 静かな部屋に、かえでが一人。枕もとの目覚まし時計が刻む秒針の音だけが耳に入る。

「あーあ、でもアイツ来てないのか――」

 高校受験の時は、ほぼ毎日お互いの家を行き来して勉強していたかえでと竜太だったが、入学してしまうとお互いの部活が忙しくなって、行き来することは少なくなっていた。

「最近は図書館ぐらいか……二人で一緒にいるときは。おまけに今日だったのね」

 もともと勉強が苦手な竜太を心配してくれる部活の先輩の東堂しのぶからのアドバイスで、週に一回部活を早めに切り上げて図書館で授業の復習する時間を作っていた。その日が今日だったことにかえでは気がついた。 

「つまんないな」

 ポツリとつぶやく。学校に行けないこと、竜太に会えないこと、図書館で竜太と一緒に勉強が出来ない残念さ、すべてをひっくるめて『つまんない』という一言が自然と出てきた。そんな自分が発した言葉で余計に寂しい気持ちになってきた。

 こんな時に竜太がいて欲しいと思うのだが、そんな気持ちを竜太が解るはずも無いとも思っている。彼は今、東堂先輩に夢中だから。

「私って、竜太のなんなのかしら?」

 気弱になるとつい独り言が出る。もちろん周りに誰もいないからであるが、

「幼なじみ、同級生、ご近所さん、世話好きな女の子、…………………………かのじょ?」

 そこまで言って、布団をかぶる。

「彼女、恋人、愛人いやこれはダメだわ、パートナー、伴侶、女房」

 そこまで言って、布団の隙間からあたりを見る。もちろん誰もいない。

「はぁ~私、なりたいな」

 病気になると、気弱になるのかついかえでの口から本音が漏れるが、すぐにそれを振り払うかのように少し大きな声で自分を諭す。

「だめよ、西園寺かえで! あなたはそんな子じゃないはずよ。元気にならないと! 東堂先輩も言っていたじゃない。元気な私が一番好きって」

 以前、なぎなた部の部活でスランプになり、どうしても試合で面打ちが打てなとき、しのぶが色々とアドバイスをしてくれていた。そのしのぶから励まされた言葉を口にしてみた。

「西園寺さん。私もそうなんだけど、上手く行かないときは、ただ何もせずに悩んだり、落ち込んだりばかりしていては、自分を小さくしてしまうの。だからほんの少しだけ勇気を出して、自分で道を切り開いて欲しいの。西園寺さんが自分自身で一番良いと思う方法でね。落ち込んでいる西園寺さんより元気な西園寺さんが私は好きよ」

 かえでにとって一番好きなのがこの言葉だった。

「私らしいか――よし! 元気になることが一番! 明日は学校行くんだから」

 自分に言い聞かせ、不安な気持ちは寝て忘れてしまおうと目を固く閉じる。また静かな部屋に戻る。時計の音がゆっくりとかえでの意識をまどろませる。


 どれくらい時間が経っただろうか? 部屋が少し薄暗くなってきた頃にかえでは目が覚めた。やはり疲れていたのだろうか? かなりの時間寝ていたことが見て取れた。すると部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「かえで、起きている? 今、大丈夫?」

 部屋の外からは母の声がした。

「はぁい。起きているよ」

「じゃあ、部屋に入っていい? 竜太くんが来てくれたのだけど、大丈夫」

(え? 竜太が?)

 かえでの胸が高鳴る。

「大丈夫、入ってもらって」

 昂ぶる感情を精一杯抑えるようにして、返事をする。すると、母と竜太が部屋に入ってきた。

「よ、元気か?」

 母が近くにいるためか、竜太も少し緊張気味らしい。

「元気じゃないけど、もう大丈夫だと思う」

 かえでもそんな竜太の問いに何とか平静を装って返答する。

「そうか、良かったな」

「う、ん……」

 あまりにたどたどしい二人の会話にかえでの母は気がつき、

「じゃあ、少しお茶でも持ってこようかしら、竜太くん、風邪だったらうつるかも知れないから気をつけてね」

 そういい残して部屋を出て行った。静かな部屋にかえでと竜太。しばらくお互いに何も言葉を発しなかった。

「あのさ――」「あのね――」

 お約束どおり、二人同時に言葉が出る。

「何だよ~」「なによ」

 またも被る会話。

「どうしたの今日は? いきなり家に来て」

 この状況を止めるかのごとく、少しツンとした感じで先にかえでは会話をはじめた。

「いや、かえでが学校を二日も休むなって珍しいなって部活で話をしていたら、しのぶ先輩がいきなり帰りにこれを届けてくれって」

 竜太はカバンの中から桃色の封筒を取り出し、それをかえでに手渡しした。

「東堂先輩から? 今読んでいい?」

「いいぞ。しのぶ先輩からも、すぐ読んでもらうように言われていたから――でもいいよな、しのぶ先輩から手紙もらえて」

 竜太はうらやましそうに少しふてくされ気味だ。そんな竜太の思いをよそに、かえでは手紙に目を通す。

『西園寺かえでさま

 昨日も今日もお休みと聞きました。最近はなぎなた部の副主将と勉強ととても忙しそうだったのと、私も受験でなかなか話をする機会がなくて、ごめんなさい。

 倒れるまで走り続けそうな西園寺さんだから、神さまがくれたお休みと思って、この機会にゆっくりと休んでください。本当に無理は禁物ですよ。

 元気になったらなぎなた部のこととか、またいろいろと話をしましょうね。

 部活で西園寺さんが休んでいると聞いた時、中村くんが授業のプリントや連絡事項を西園寺さんに持って行っていないと聞いて、少し叱っておきました。今日は図書館で授業の復習の日だったと思うから、今日は中村くんにこの手紙を届けてもらいます。それでは、また学校で。 東堂しのぶ』


 しのぶは何でもお見通しである。かえでは手紙を丁寧に折りたたみ封筒にしまった。

「竜太。ありがと」

「お礼を言うのは俺じゃなくてしのぶ先輩だろ」

「ううん、手紙届けてくれたのは竜太だから」

「それじゃ、まだ具合悪そうだから、俺、帰るわ」

「え? もう?」

 かえでは少しびっくりしたように声を上げた。まだ部屋にきて五分も経っていない。

「そんな、竜太。お母さんがお茶入れてくれるから、もう少しいてよ」

「でも――」

「いいから、ほら座ってよ」

「うわっ、いきなり引っ張るなよ!」

 かえではベットから身を乗り出し、竜太の制服の袖を引っ張った。すると立とうとしていた竜太はバランスを崩し、そのままかえでに覆いかぶさるようにベットに倒れこんだ。

「うわ!」

「きゃあ!」

 倒れこんだ拍子に、二人が抱きしめあうような体勢になった。端から見れば、竜太がかえでを押し倒しているかのようである。

「うわ、ゴメンかえで」

 もちろん竜太は慌てて立ち上がろうとする。

『ゴン☆』

 あまり勢い良くベットで立ち上がったため、竜太は部屋の照明で後頭部を強打する羽目になった。

「いてぇ!」

「大丈夫? きゃっ!」

『ゴツン☆』

 竜太は後頭部のあまりの激痛でしゃがみ込もうとしたところに、かえでが立ち上がろうとしたために、額同士をぶつけてしまう。そして、お互いの額を合わせて見詰め合うような格好になった。

「!」

 竜太は頭の前後を同時に強打したため、半ば気を失いかけている。かえではそんな竜太を支えるかのようにベットで身動きが取れない。するとかえでの顔が見る見るうちに真っ赤になる。至近距離で見つめ合うことなんてこれまで無かった二人。かえではどうしていいか解らない。

(ひゃあ、こんな間近で竜太の顔見ることなかった)

 お互いの吐息が確かめ合えるほどの距離しかないそんな状況。

(竜太ってまつげ長いのね、女の子みたい――それに竜太の口って、つやつやしてキレイ)

 アクシデントにもかかわらず、至って冷静にこの状況を見つめるかえで。するとある言葉がかえでの中に浮かんできた。


『ほんの少しだけ勇気を出して、自分で道を切り開いて欲しいの』


 手紙をもらったからではないが、今朝思い出したしのぶからの言葉だった。

(勇気、私が勇気を出して――もしかしたら、ここで私が一歩前に踏み出したら……)

 少し竜太を支えている両手に力を込めて、かえでの顔を近づければ――、

(もしかしたら、竜太と――キス……できるかも?)

 ここで、ほんの少しだけ勇気を出したら――。

(でも、やっぱりダメ)

 かえでは、竜太を揺すって我に返させた。

「ちょっと! 竜太、どけてよ! 重いじゃない」

「うわっ、ゴメン」

「もう、大丈夫?」

「いたた――お前が引っ張るからだぞ」

 竜太はベットから降りて、ベットの乱れた布団を直した。   


「ゴメンね竜太、でも――でもせっかくお母さんがお茶の準備してくれているから、それまで――だから、それまでもうちょっとだけここにいてよ」

 竜太はかえでの言葉を聞き、少し考えてから、

「わかった。お母さんに悪いもんな。じゃあそれまで待ってるわ」

「ありがとう。竜太」

 竜太は気がついていないが、かえでは竜太に向かって『ここにいて』と言えた。今のかえでの精一杯の勇気を振り絞って、それもさりげなく自然に。

「竜太、明日は元気になって学校行くから。東堂先輩にもお礼言わなくちゃ。先輩のおかげで元気になれそうだし、竜太もお見舞いに来てくれたから」

 その言葉を聞いて、竜太もかえでに言葉を返す。

「あれだけ馬鹿力で人の袖を引っ張れるんだから、もう大丈夫だよな」

「もう、いきなり竜太が帰るって言うからよ」

 かえでは、少し苦笑い気味にペロッと舌を出す。そして、

(東堂先輩、私、ほんの少しの勇気が出せました。先輩のおかげです。まだまだ勇気が足りないかも知れませんが、これからも少しづつでも頑張ります)

 明日、しのぶに会ったら手紙のお礼と共にこの言葉を言おうと心に思うかえでだった。


<おしまい>

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