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オーバーラップ〜外伝〜  作者: 杏 烏龍
12/14

新年の誓い

「来年一月四日は桜ヶ丘高校武道系合同の新春寒中稽古だから予定を空けておくように」


 十二月最終の剣道部練習納めの日に部員たちは嶂南顧問に告げられた。

「えっ? 一月四日なのですか?」

 一年生の中村竜太は、部活が終わってからもう一度二年生の東堂しのぶに聞きなおした。

「そうよ。毎年一月四日は恒例の武道系クラブの伝統行事なのよ。学校の近くにある『桜ヶ丘八幡宮』に必勝と稽古の無事をご祈祷してもらってから、合同初稽古と奉納演武、そして……あっ、まあ後は出席してからのお楽しみね」

「何ですのん、そのお楽しみって? ものすごく気になるんですけど」

 もう一人の一年生北条剣二がしのぶに聞き返す。

「気になる? 北条くん。中村くん」

「はい!」

 竜太、剣二はそろって返事をする。

「そうね――でもこればっかりは伝統で一年生には秘密なの。ごめんね。私も去年はそうだったから」

「むふふ、期待しておきたまえ、諸君。むふふ」

 しのぶに相槌を打つように、二年生の三元ゆうこが不敵に笑う。

「あっ、でも新年早々無茶なことをさせるつもりは無いから安心してね」

「無茶は無しですか……」

 しのぶからフォローしてはもらったが、竜太は剣道部でかなり大変な目にあっているので、不安でたまらなくなった。


「なんだろう……秘密って」

「あっ、私のなぎなた部も一年生には秘密だって、空手道部や柔道部、弓道部もらしいけど。ちょっと気になるね」

 部活からの帰り道、竜太と剣二は同級生の西園寺かえでと一月四日の行事の話をしていた。

「まあ、当日のお楽しみやって言ってはるんやから、深く考えんときましょ」

 こうしたときに剣二のフォローはうまい。すぐ考え込んでしまう竜太たちにとっては良きアドバイザーでもある。

「そうだな、来年のお楽しみって、しのぶ先輩が言ってたから」

「まあ、東堂先輩が大丈夫って、言うんだから大丈夫じゃないかしら……、まさか奉納演武で『真剣白刃取り』をさせるわけではないでしょう?」

「また、すごい事言うなぁかえでは」

「東堂先輩が真剣を振って、竜太はんがそれを受ける……ぷっ」

「なんだよ~北条、その笑いは」

「かんにんかんにん、新年早々、白刃取りに失敗して額から血を流している竜太はんを想像したら、あまりにありえへん事やけど可笑しくて……ぷぷ」

「北条くん、ありえるわ。東堂先輩なら本気で斬ってきそうですもの……ふふっ」

「二人とも! 縁起の悪いことを言うなよ! おまけに笑うなよ」

「ゴメンね竜太。たぶんそんなこと無いと思うから気にしなくてもいいんじゃない」

「そうやで竜太はん。来年はその考えこんでしまう癖をなおさんとあかんで」

 二人にそう言われて幾分か不安が薄れた竜太。今年最後の三人の下校もこうして過ぎていった。


 その後は大晦日に竜太とかえでがまた些細なことから喧嘩して、明けて元日に桜丘神社で仲直りをするということもあったが(詳しくは、外伝年始ショートストーリー『かえで』と『しのぶ』を見てね byかえで)、皆お互いに良い正月を迎えた。そして、新春寒中稽古会の当日となった。


 毎年一月四日に桜ヶ丘高校武道系部がそろって奉納するのは、八幡宮が武道の神様が祀られているからである。そこで一年の稽古の無事を願い、また試合の必勝を祈願するのである。

 竜太たちは、真新しい竹刀を持ち、桜ヶ丘八幡宮にやってきた。すでにかえでのしのぶも準備を済ませて神社の中にある『武徳殿』といわれている武道場で皆を待っていた。そのうち、野太い太鼓の音が響き、ご祈祷がはじまった。

 武道系部員全員がひしめき合うように武徳殿で一人一人が宮司の御幣でお祓いをうけ、稽古の無事と必勝を全員で祈願した。特に桜ヶ丘高校は武道系部ではかなりハイレベルな戦いを強いられる。部員個々人の意識の向上を狙ってのことに他ならない。

 竜太たちは中学ではこのような行事がなかったので、とても不思議な感じだった。それだけ、自分たちが期待されているのだと思うと、身も引き締まる思いだった。

 武徳殿では粛々と奉納演武が行われていく。剣道部は一年生が全員でかかり稽古を行い、その後しのぶたち二年生が制定形を奉納した。その後のなぎなた部ではかえでが真新しい白樫のなぎなたで豪快に形を演武し、柔道部、空手道部、弓道部と続いたところで奉納演武が締められた。

「さて、いよいよお楽しみのやつね」

 ゆーこがニンマリとする。竜太と剣二は思わずゆーこの表情を見て緊張が走る。武徳殿にいた部員たちは表に出て本殿横のしめ縄が張られている小さな池の前に移動した。池の前には立て札があり

『誓いの池』

 と書かれていた。すると剣道部の顧問嶂南が皆の前に出てきた。

「本年も無事にここ桜ヶ丘八幡宮で奉納演武を執り行うことが出来たのは、ここにいる武道系部員全員の努力の賜物だと思う。今年一年も無事に健康で目標に向かって進めるように、ここにいる全員一人一人がこの『誓いの池』に向かって今年一年の誓いを宣言してもらう。これはこの『誓いの池』で目標を宣したときに池にさざ波が起き、その目標がかなったという縁起からちなんでいる。今年一年の目標をさざ波が起きるくらい大声で宣するように。自分に嘘をついてはいけない。心して宣するように」

「誓いだって、北条」

「どうしよう、竜太はん……」

「わたしは――」

 いきなりのことで戸惑う三人。すると後ろからしのぶがそっと耳打ちした。

「黙っててごめんなさいね。心に浮かんだ目標をすぐ言うほうが良いって慣わしだったの。大丈夫?」

「先輩気にしないでください。目標はいつでも持っていますから」

「うちも大丈夫ですわ」

「私も……うん! 大丈夫です!」

「そう、だったら安心だわ。私は去年いきなり言われて頭の中が真っ白になったから」

「そうね、しのぶったら去年は池の前で、しばらく固まってたからね」

「ゆーこ!」

 しのぶに咎めれて、ゆーこはペロッと舌を出して謝った。そうするうちに竜太たちの番となった。

 最初は剣二が池の前に立った。じっと池の奥を見つめる剣二。すると大きく息を吸い込んで、

「今年は絶対に全勝や!」

 と大声で叫んだ。しかし池は少し動いたかのように見えた。すこしがっかりする剣二。次は竜太の番。池の前に立ち、キッと睨み付け大きく息を吸い込んでから

「俺は絶対に勝つ! あの人にも自分にも!」

 剣二と同じように少し池が動いたかのように見えた。まあ、こんなものかと竜太は思い、池の前を離れた。しばらくするとかえでの番になった。池の前で目を瞑り黙想するかえで。そして、

「私、西園寺かえでは、目標とする人をこえて見せます!!」

 池はさわさわとさざ波が立ち、周りからはどよめきが起こった。

「かえで、すごいな」

「西園寺さん、すごいじゃない」

「ほんま、かえではんの気持ち入っていたからですわ」

「そんな、偶然ですよ」

 かえではどうしたら良いのか解らなくなるほど、皆から声をかけられた。そう簡単に波が立つのではないそうだ。その後何人も池に向かって大声を張り上げたが、かえでほど池に波が起きることはなかった。そしていよいよ、剣道部の次期女子主将のしのぶの番になった。

「東堂先輩、がんばって」

 かえでの応援に頷くしのぶ。池の前に立つ姿は普段のしのぶの姿より大きく見えた。きりりとした表情に髪を結いとめる紫のリボン。竜太たちにはしのぶの内なる気があふれているかのごとく見えた。しのぶはゆっくりと息を吸い込み池に向かって――

「日本一奪還! 以上!」

 今日皆が聞いた中で一番響く声が池に向かって放たれた。その時! 池にいきなり突風が吹き、池が激しく波立った。周りにいた部員たちから今日一番のどよめきや拍手が起こった。すると、しのぶは竜太たちがいる剣道部の方に振り返り、すこし笑み浮かべ、

「ついてきてくれるよね」

 と語りかけるように言った。

 竜太たちが、即返事をしたのは言うまでもない。


 今年はしのぶの誓いが池ばかりでなく皆の心までも動かしたようだ。


 合同稽古後に、竜太たちは嶂南からこの縁起の詳細を聞く。

「一つ言い忘れていたが、この池の縁起では、立てた目標がその年に達成できなかったときは、翌年ここでその身を池で清めたそうだ。だから、一年生にはこの事を秘密にしておいたのだよ。楽な誓いを立ててしまうからな。君たちも来年のこの場で誓いの池に入ることは無いようにしないといけないぞ」 

 確かに弓道部の主将が初戦敗退の責を取って、池に入って身を清めていたのを目にしていた。ということは――、

「東堂を池に入れたくなければ、お前たちが頑張らないといけないな」

「がんばります!」

 しのぶの目標は竜太たちの目標でもあるのだから……。

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