お姫様と理想の結婚相手
これはむかしむかしのお話。とある国の王様はとても悩んでおりました。娘であるお姫様の結婚がなかなか決まらなかったのです。
というのも、王様がお姫様を蝶よ花よと大層可愛がり、欲しがる物は何でも与えた結果、彼女はとても可愛らしく、そしてとてもわがままに育ったものですから、王様の紹介した結婚相手など、全て断ってしまうのです。
困った王様は、お城の一番高い塔にあるお姫様の部屋の扉を叩きました。「姫や。わしはお前の望むものを何でも与えてきた。華麗なドレスでも、きらびやかなアクセサリーでも何でもだ。今回の結婚も同じだ。どうか、お前の理想の結婚相手を教えてくれ。必ず、お前の理想に沿う男を連れてこよう」
すると扉の隙間から姫様が顔を覗かせました。「私は素敵な方が理想ですわ」
それを聞いた王様は思いました。「うぅむ。“素敵“というのは、やはり顔立ちの整った男が理想だと言うことだな」。そして、部下の騎士に「この国で一番顔立ちの整った男を連れてこい」と命令しました。
「承知いたしました。必ずやお望みの男を連れてきましょう」と騎士は胸を張ってお城を後にしました。
さて、この騎士はお城で一番働き者の男でした。時に、金の糸で紡がれた華麗なドレスや、鶏の卵ほどの大きさもあるダイヤのネックレスなど、王様の無茶な命令にも忠実に従ってきたものでした。そんな彼ですから、今回の無茶な命令も忠実にこなし、王様の言ったとおり、この国で一番顔立ちの整った貴族の男をお城に連れてきました。
王様は、彼こそお姫様の理想の結婚相手だと喜び、さっそくその貴族の男と共に、お姫様の部屋の扉を叩きました。「姫や!お前の言うとおり、素敵な男を連れてきたぞ!」
「ああ、ありがとうございます。お父様!」お姫様は大喜びで扉から飛び出してくると、貴族の男に微笑みかけました。「貴方が、私の理想の方ですね?それでは、一緒にお茶をしましょう?」彼女の可愛らしい笑顔を見た男は、そのお願いを二つ返事で快諾し、お姫様の部屋へ入って行きました。
「ふぅ、これで一安心だ。早速、結婚式の準備に取りかからなければ」玉座へと戻った王様が胸を撫で下ろしたその時です。血相を変えたお姫様が一人、ズカズカと音を立てながら王様の前に現れました。「どうしたのだ?貴族の男はどこへ?」
王様が訊ねると、お姫様は顔を真っ赤にしてまくし立てました。「お父様!彼は確かにお顔だけはよろしいようだけれど、全く失礼な方でしたわ!つばを飛ばして喋る、大きな音を立てて紅茶を啜る、あまつさえ、自分が床にこぼしたお茶の後始末を私に命令しましたのよ!?」お姫様は貴族の男の無礼な態度に腹を立て、彼を追い返してしまったようです。「私はもっと優しい方が良かったですわ!」
お姫様の剣幕に気圧された王様は、冷や汗かいて言いました。「そうか、そうか。それはすまないことをした。今度は、もっと優しい男を連れてこよう」
王様はお姫様を宥めて部屋に帰すと、騎士を呼び寄せて命じました。「この国で一番人が良く、顔立ちの整った男を連れてこい」
「承知いたしました。必ずやお望みの男を連れてきましょう」またも無茶な命令でしたが、王様の望むものがコロコロと変わることはよくあることでしたので、騎士は文句一つ言わずに引き受けました。彼は街へ行くと、今度も王様の言ったとおり、この国で一番人が良く、顔立ちの整った農夫をお城に連れてきました。
王様は、今度こそお姫様の理想の結婚相手だと喜び、さっそくその農夫と共に、お姫様の部屋の扉を叩きました。「姫や!お前の言うとおり、優しい男を連れてきたぞ!」
「ああ、ありがとうございます。お父様!」お姫様はまたも大喜びで扉から飛び出してくると、農夫に微笑みかけました。「貴方が、私の理想の方ですね?それでは、一緒にお茶をしましょう?」彼女の可愛らしい笑顔を見た農夫は、少し緊張したようにコクリと頷き、お姫様の部屋へ入って行きました。
「ふぅ、こんどこそ一安心だ。それでは結婚式の準備に取りかかるとしようかな」玉座へと戻った王様が一息ついたその時です。お姫様が一人、物憂げな顔で王様の前に現れました。「どうしたのだ?農夫はどこへ?」
王様が訊ねると、お姫様は言いました。「お父様。彼は確かに優しいお方でしたわ。紅茶を淹れ方も、エスコートも申し分ありません。けれど、ずっとニコニコと私の話に相槌を打つだけで、彼自身は全く何も話さないんですの。壁に向かって話しているようで、楽しくありませんでしたわ」お姫様は、自分から話す気がない農夫を、家に帰してしまったようです。
しょんぼりするお姫様に王様は優しく声をかけました。「そうか、そうか。それはすまないことをした。今度は、もっと面白い男を連れてこよう」
王様はお姫様を慰めて部屋に帰すと、騎士を呼び寄せて命じました。「この国で一番会話が上手で、人が良く、それでいて顔立ちの整った男を連れてこい」
「……承知いたしました。必ずやお望みの男を連れてきましょう」騎士は少し不満げに顔をしかめましたが、文句を口に出すこともなく、それを引き受けました。
彼は街へ行きましたが、会話が上手で、人が良く、それでいて顔立ちの整った男などそうそう居るものではありません。なんとか人の噂を頼りに、この国で一番会話が上手で、人が良く、それでいて顔立ちの整っている商人を見つけることに成功すると、彼は大急ぎでお城へと戻りました。
王様は、こんどこそ間違いなくお姫様の理想の結婚相手かもしれないと思い、その商人と共に、お姫様の部屋の扉を叩きました。「姫や!お前の言うとおり、会話の上手な男を連れてきたぞ!」
「あら、ありがとうございます。お父様」お姫様は扉から顔を覗かせると、商人に向かって微笑みかけました。「貴方が、私の理想の方ですね?それでは、一緒にお茶をいかが?」彼女の可憐な笑顔を見ると、商人は白い歯をキラリと光らせてお姫様の部屋へ入って行きました。
「まぁ、今度はきっと大丈夫だろう」玉座へと戻った王様がため息をついたその時です。息を切らしたお姫様が一人、顔を青くして王様の前に駆け寄ってきました。「どうしたのだ?商人はどこへ?」
王様が訊ねると、お姫様は言いました。「お父様!彼は……彼は確かに洒脱で、スマートで楽しくお話できる方でしたわ」
「おお、それは良かったではないか」
「けれど、けれど彼は詐欺師だったのですわ!私は聞いてしまったのです。彼が、私と結婚した後、お城の財産を全て盗み出そうというお話を!」
「なんだって!?」なんということでしょう。騎士は言葉巧みに、まんまと悪徳商人に騙されてしまっていたのでした。「それで、そんな危険な男と一緒にいて、怪我はなかったのか?商人は今どこにいる!?」
「ええ、大丈夫ですわ。彼なら、私が頬を引っ叩いたら一目散にお城から逃げていきましたもの」驚きのあまり目が点になった王様に構わず、お姫様は続けました。「お父様。婿になる方はせめて私よりも強い方がいいですわ」
お姫様が部屋に帰った後、王様は騎士を呼び寄せて命じました。「この国で一番強く、会話が上手で、さらに人が良く、それでいて顔立ちの整った男を連れてこい」
「王様、本当にそれが姫様の理想でよろしいのですか?」これで三回も断られた騎士は、ムッとして言いました。しかし王様は間違いなくそれが姫の理想だと断言して聞きません。
仕方なく、街へとでかけた騎士でしたが、最早お姫様の理想に叶う結婚相手は見つかりませんでした。それもそのはず、この国で一番強い男は、他でもない騎士なのですから。
しかし、奇妙な偶然の巡り合せがあったものです。途方に暮れる騎士の前に、旅行中の隣国の王子が現れました。その王子は非常に勇敢な戦士としても名を馳せていたのです。最早、この国だけでお姫様の理想を叶えることは難しい。そう判断した騎士は、なんとか王子を口説き落とすと、お城に連れて行くことに成功しました。
隣国の王子に会った王様は、その凛々しい姿を見て、彼こそがお姫様の理想の男性に違いないと確信すると、意気揚々とお姫様の部屋へ向かいました。「姫や!お前の言うとおり、強い男を連れてきたぞ!」
お姫様は最早何も言わず、静かに扉を開くと、王子の瞳をじっと見ました。「貴方が、私の理想の方ですか?」
「話を聞く限り、どうやらそのようですね」
王子の返答を聞くと、姫様は微笑みました。「それでは、一緒にお茶をしましょう?」
「隣国の王子なら問題あるまい。彼なら、礼儀も処世術もあるだろうし、それでいて強い戦士と聞いている。しかし、国同士の結婚式となると、準備も大変だぞ。いやいや、騎士よ。よくぞ彼を連れてきてくれた」
「勿体なきお言葉です、王様」
玉座へと戻った王様が満足気に騎士を褒めたその時です。お姫様が一人、困惑した表情で王様の前に現れました。「どうしたのだ?王子はどこへ?」
王様が訊ねると、お姫様は言いました。「お父様。たしかに彼は優しくて、会話も楽しく、そしてお強い方だと分かりました。けれど彼は私の理想ではありませんでしたわ」なんと、お姫様は隣国の王子をさっさと帰してしまったというのです。
「おお、姫よ!」王様が嘆いたその時です、ついに堪忍袋の緒が切れたのは、何度も何度もお使いに行かされた騎士の方でした。
「姫様、一体何が不満だというのですか?私にはさっぱり分かりません!もっとはっきりと、姫様の理想を仰って下さらないと!理想というのは、きちんとした言葉にしなければ他人に伝わらないのですから!」騎士はお姫様に詰め寄ると、彼女の瞳をまっすぐ見て彼女を叱りつけました。
さて、王様に甘やかされて育ったお姫様は目を点にして固まってしまいました。何しろ、人に叱られるというのは人生で初めての経験でしたから。そして、それを見ていた王様も口をあんぐりと開けて、息を飲みました。よもやそんな強い語気で問い詰めたら、お姫様が泣いてしまうと思ったのです。
しかし、姫様は泣くどころか、瞳をキラキラと光らせて騎士を見つめ、彼の手を握ると言いました。
「ああ、なんて素敵なお方でしょう!貴方こそ私の結婚相手に相応しいですわ!」
彼女の言葉に驚いたのは他でもない騎士でした。彼は、訳が分からなくなってお姫様に訊ねました。「姫様、どうして私なのですか?」
お姫様ははっきりと言いました。「貴方は、私のわがままに応えてくれる程に優しくて、様々な身分の方とお話ができる程に口も達者。さらにはこの国で一番強くて、なにしろ、私に対して誠実に接してくれる素敵な方ですもの!」
なるほど、騎士は正しくお姫様の理想の結婚相手だったのでした。さて、玉座に座ってそれを見ていた王様は、しばらく呆然としていましたが、やがて気を取り戻すと、お姫様に訊ねました。
「姫、お前は顔立ちの整った男が理想では無かったのか?その騎士は、言ってはなんだが、平凡な男であるぞ?」
すると、お姫様は首を傾げました。
「はて。そんな事、私は一言も申しておりませんけれど」