第67話 葛藤
「何やってんだかなぁ……」
オベールさんの部屋を出て、真っ直ぐ作業部屋に向かった俺は、バタンとドアを閉めると同時に大きな溜め息を吐きながら壁に寄りかかった。
ついカッとなって部屋を飛び出してきたものの、冷静になってくると自責の念がふつふつと胸の中に湧いてくる。
「はぁ……。もう完全に割り切れてると思ってたんだけどな……」
あれはもう十数年前の出来事なのに……。
頭の中ではそう割り切っていても、心の方ではまだ割り切れていないみたいだった。
あんな事を言って部屋を飛び出してきた手前、今日は……。いや、これからどうしようかと考えていると、コンコンコンとドアがノックされた。
「ディラルト様、セシルです。中へ入っても宜しいでしょうか?」
ドアをノックをしたのはセシルさんだった。
俺の事を連れ戻しにでも来たのだろうか。
「えぇ、良いですよ」
「失礼致します」
断る理由も特にないのでドア越しに言葉を返すと、いつも通りの丁寧な所作で礼をしてからセシルさんが部屋に入ってくる。
「……どうしたんですか、セシルさん。俺にお説教でもしに来たんですか?」
「ディラルト様が私のお説教をお望みでしたら、その通りに致しますが──」
「すみません。お説教だけはもう勘弁してください」
ニコニコとした笑みを浮かべるセシルさんに対して、俺は即座に正座をして頭を深く下げていた。
あれはもう嫌だ。勘弁して欲しい。思い出すだけで頭痛と足がビリビリと痺れてくる。
「冗談を言えるご様子で何よりです。それでは、お説教はまたの機会に致しましょう」
「……あの、出来ればもう2度とお説教は受けたくないのですが」
恐る恐る視線を上げると、セシルさんは依然として柔かな表情を浮かべ、胸元に手を当てながら答えた。
「えぇ、私もディラルト様と同じ気持ちでございます。なので、あまり遅刻や欠勤などの問題行為を起こさないで欲しいのですが……」
「ハイ、気を付けます」
「それでディラルト様。どうしてあのような態度を取られたのかをお聞きしても宜しいでしょうか?」
ゆっくりと立ち上がった俺に、セシルさんが優しく問いただす様に疑問の声を投げ掛けてきた。
「……。俺の事情はもうフィリアから全部聞いてるんじゃないんですか? 今更俺から話すことなんて……」
何もない。
そう言葉を口にしようとした俺を遮る様に、セシルさんが声を重ねてきた。
「──フィリア様にディラルト様の事情を尋ねてみましたが、私には何も言えませんと強く断られてしまいましたから」
「……そう、なんですか?」
思わず目を丸くしてセシルさんの顔を真っ直ぐに見つめると、セシルさんは小さく頷き言葉を続けていく。
「はい。なので、私やオベール様、カティア様とリサラ様も、ディラルト様の事情は何1つ教えてもらっていませんよ」
あいつ、あの時の事を話さなかったのか……。別に話したって、俺は怒ったりとかしないのに。
てっきりフィリアの事だから、オベールさん達に誤解を与えない為だとか言って、俺の事情を説明していると思っていた。
「1つ確認させて欲しいのですが、ディラルト様とこの町の冒険者達との間で、何か揉め事があった訳ではないのですよね?」
「えっ、あっ、そ、そうです」
自分だけの世界に入りかけていた所、セシルさんから話を振られてハッと我に返る。
いけない。すっかり自分の考え事に夢中になりかけてた。
「そうですか。この町の冒険者達と何か揉め事があった訳ではなかったようで安心しました」
姿勢を正しながら視線をセシルさんの方に戻すと、セシルさんはふうと肩の力を抜いてから口を開いた。
俺はそんなセシルさんにふと気になった事を尋ねた。
「あの、セシルさん。カティアとリサラは何か言ってたりしましたか?」
「カティア様とリサラ様ですか? 御二人共、ディラルト様の様子に驚いていらっしゃいました。あんな様子は初めて見たと仰っていましたよ」
どうやら2人とも怒ってたり呆れたりはしていないらしい。少しだけホッとする。
「フィリア様達の事が気になっているのでしたら、後を追いかけたらどうですか? 今ならすぐに追いつけると思いますよ」
すると、表情に出てしまっていたのか、溜め息を吐いたセシルさんに指摘される。
「いや、別にそういうつもりじゃ……って、あれ、えっ、ちょ、ちょっとセシルさん!?」
いつの間にか俺の背後に回り込んでいたセシルさんに軽く背中を押され、そのままあっさりと廊下に追い出されてしまった。
そして、バタンとドアを閉めたセシルさんはこちらに向き直り、笑顔のまま言葉を続けた。
「そういえば、この部屋の掃除をオベール様から任されていたのを忘れていたのと、フィリア様にこちらの手紙をお渡しするのを忘れていました。ディラルト様、申し訳ありませんがこちらの手紙をフィリア様に渡してきて頂けませんか?」
そう言って、セシルさんは何処からともなく取り出した手紙を俺に差し出す。
「あの、これは俺が渡しに行かないとダメなのでしょうか……」
「はい、ダメです」
即答だった。
「……。わ、分かりました。俺が責任を持ってフィリアに渡してきます」
一向に笑顔を崩さないセシルさんの無言の圧に耐えきれず、観念してガクリと肩を落としながら、俺は手紙を受け取る。
「はい。ではディラルト様、多少の荒事は目を瞑りますので、フィリア様達の事をよろしくお願いしますね」
多少の荒事? フィリアにこの手紙を渡すだけだよな……?
そんな事を考えながら、俺は重たい足を前に動かして、フィリア達の後を追うことにしたのだった。




