幕間 彼が退室した後
「行っちゃいましたね。あんな一方的に断るセンパイ、私初めて見ましたよ」
「え、えぇ。今までどんな無茶な案件を押し付けられても断らなかったのに、話すら聞かずに一方的に断るなんて……」
ディラルトが部屋を出て行った後、カティアとリサラはかなり驚いた様子でディラルトが出て行ったドアを見つめながら呟く。
「フィリア様はディラルト様の事情を何かご存知の様子でしたが、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
セシルからの問いかけに、フィリアはどうするか少し悩んでから頭を深く下げた。
「……ごめんなさい、セシルさん。この事だけは私の口からは何も言えないです」
「そうですか。私の方こそ出過ぎた真似を申してしまい大変失礼致しました」
深々とフィリアに礼をしてからセシルが一歩下がり、代わりに暫く空気を読んでいたオベールが口を開いた。
「ふむ、過去に何か冒険者とトラブルでもあった感じなのかな? それだったら彼には悪い事をしてしまったね。あとで私の方からも謝っておこう」
「あ、えっと、オベールさんが謝る必要はないと思います。多分ディーくんの事だから、我儘言ってすみませんって返すと思いますから」
「成る程、そうか。それならフィリア君、君の方から彼に私が謝っていたと伝えておいてくれないかな。それなら彼もあまり気にしないだろう」
「は、はい! 後でディーくんに伝えておきます!」
「あぁ、よろしく頼んだよ」
オベールの提案にフィリアは大きく頷いた。
その様子にオベールは一度頷いてから、フィリア達に本題を切り出した。
「さて、それじゃあディラルト君は居なくなってしまったけれど、気を取り直して本日の業務について話そうかな」
「そういえば……冒険者ギルドに向かって欲しいとの事ですが、一体どういった要件なのでしょうか?」
「あぁ。なんでも冒険者ギルドで一番重要な魔道具が壊れてしまったから、最近この町にやって来た魔術師達を少し貸してくれないかってギルドマスターに頼まれたんだよ」
依頼の詳細を話すオベールに対して、リサラが難しい表情を浮かべながら呟く。
「重要な魔道具ですか……。とすると、かなり大型な魔道具になるのでしょうか。そうなると、室長抜きの私達3人でちゃんとその魔道具を修理出来るでしょうか?」
「そこはやってみてから考えれば良いんじゃない? 私とリサラの2人がかりで修理出来なかったら、センパイに助けて貰えば良いし」
なんとかなるでしょとお気楽そうな調子のカティアを見て、リサラは溜め息を吐きながら口を開いた。
「はぁ……。カティア、先程の様子の室長が素直に手伝ってくれると思いますか?」
リサラの一言にカティアの体がピシッと固まる。
「あ、あー……。でも流石に私達が頼めば、センパイも魔道具の修理を手伝ってくれるんじゃない? 魔道具と冒険者は関係ないし」
「あの人の事情は詳しく知りませんけど、そういう風に割り切ってくれれば良いですけどね……」
カティアとリサラが同時に小さな溜め息を吐き出すと、蚊帳の外になっていたフィリアが遠慮がちに尋ねた。
「あ、あの〜……。ねぇ、カティアちゃん? 私は? 2人がかりって、私の事は忘れてないよね……?」
「えっ、あ〜、うん。勿論フィリアの事は忘れてない。忘れてないよ?」
「ならどうして私から視線を逸らしてるの! ねぇ、カティアちゃん!」
「……リサラ、フィリアの事は任せた!」
そう言うや否や、フィリアの追及に耐えきれなくなったカティアは脱兎の如く部屋を飛び出した。
「えっ、ちょっとカティア!? ま、待ってくださいよ! どうして私に押し付け……」
「押し付ける!?」
驚きの声をあげたフィリアに対して、リサラはしまったという表情を浮かべながら口元を押さえた。
「あっ、えっと、今のは言葉の綾というか、その……」
フィリアにどう言い訳すればいいのか悩んだ結果、リサラが選んだ答えは……。
「っ……! 待ってください、カティア!」
カティアと同様に、逃げるように部屋を飛び出す事だった。
「あっ、ちょっとリサラちゃんまで! もう、2人とも待ちなさーい!」
そして、先に出ていった2人を追いかけるようにフィリアも部屋を飛び出していったのだった。
「……あんな調子で大丈夫かな、フィリア君達」
先程までわいわいと騒がしかったのに、一気に静まり返った部屋でオベールが呟く。
それに対して、セシルがいつもの調子で答える。
「不安なのでしたら、ディラルト様を無理矢理にでも同行するように命令すれば良かったのでは?」
「それも選択肢にはあったけど、彼を怒らせてこの町から出て行かれたりしたら、私がとても困ってしまうからね」
そう言って、オベールは窓の外に視線を向けた。
「優秀な人材をわざわざ自分から手放すなんて真似をするほど、私は愚かになったつもりはないよ。セシル君だってそうだろう?」
「さぁ、それはどうでしょう。それではオベール様、私は他にもやる事が有りますのでこれで失礼致します。私が居ないからといって、決して業務をサボらないように」
「わ、分かっているとも。油断も隙もないね、キミは本当に……」
否定も肯定もせず、セシルはオベールに丁寧に礼をして、釘を刺してから部屋を出ていった。
◇
「さて、どうしましょうか」
部屋を出たセシルは小さく息を吐き出してから、いつものように気配を殺しながらある場所へと向かう。
「オベール様はああ言っていましたが、やはりフィリア様達だけで冒険者ギルドに向かわせるのは不安ですからね……」
セシルが向かう先は、勿論フィリア達が普段使用している作業部屋。
つまりは、ディラルトの元である。




