第66話 いつもと違う仕事依頼
「ん、この新聞を読みたいのかい?」
二日酔いでダウンしたせいでセシルさんからきついお叱りを受け、漸く大量の酒が抜けてきて体調も回復してきたそんなある日の朝のこと。
いつものように椅子に座って優雅に新聞を読んでいたオベールさんに、俺は王都の様子を尋ねていた。
「えぇ。戻るつもりとかは全くないんですけど、オベールさんが持ってる新聞を見てたら、今の王都はどうなのかなと気になっちゃいまして……」
「あぁ、そういう事か。私はもうこの新聞は読み飽きてしまったし、読みたければ読んでも構わないよディラルト君」
5日ほど前の物になるから情報の鮮度はあまり無いけどねと言葉を付け加えたオベールさんから新聞を受け取り、俺は近くにあったソファに腰掛ける。
「ディーくん、ディーくん。私も一緒に見てもいいかな?」
「センパイ達だけずるいですよー。私にも見せてくださいよ〜」
「あっ、私も気になります」
すると、フィリアだけでなくカティアとリサラも側にやってきて、結局いつもの4人で一緒に新聞を読み始めた。流石に4人だと狭い。
「へぇ、皇太子夫妻が国内に戻ってきたんだ」
新聞の最初の見出しに書かれていたのは、この国の皇太子様であるベルナール・ファン・エルメインとその妃様であるテレジア・ファン・ベルナドールが隣国との外交を終えて、一時的に王都に戻ってきた事が書かれていた。
「相変わらず外国を飛び回ってますね〜。ここ数年はこの国にいる事の方が珍しいんじゃないです?」
「そうだよね。私が宮廷魔導師としてまだ王都に居た時に皇太子様のスケジュールを聞いちゃったけど、日程が本当に細かく設定されてて驚いちゃったよ」
「王族も色々と大変だねぇ。えーっと、次の記事は……」
そんな事を思いながら新聞のページをどんどんめくっていく。
他にも何か面白そうな記事はあるのかとページをめくっていったが、最初の見出し以外はあまり面白そうなものは何も載っていなかった。
「あんまり面白そうな記事はありませんねー。ちょっとした事件とかあったら面白かったんですけど」
「冗談でも物騒な事を言わないでくださいよ、カティア。何か事件が起きるよりかは、何も起きない方が良いじゃないですか」
「リサラの言う通りだよ、カティア。あまりレイチェルみたいな事を言わないで──」
カティアとリサラの会話を聞きながら、最後のページをめくった俺は、目に入ってきた見出しに石のように固まってしまった。
恐らくリサラだけでなく、カティアも俺と同じように固まってしまっている事だろう。
「え、えっと、ディーくん。これって……」
俺達の気持ちを察した様子でフィリアが声を掛けてくる。
すると、固まってしまっている俺の代わりにオベールさんが椅子に座ったまま、新聞の最後の記事の見出しを読み上げ始めた。
「先日、エルメイン王立魔導研究所にて小さな爆発火災が発生。市民への被害はなかったが、研究所の一部が吹き飛ぶなどの被害があった。うんうん。面白いかは分からないけど、王都でちょっとした事件はあったみたいだねぇ」
「「……………」」
オベールさんの言葉に俺達は呆然と言葉を失っていた。
ま、まさか本当に爆発騒ぎが起きていたとは思わなかった。もう関係ないはずなのに、頭が痛い……。
「第一魔術研究室で爆発……。んー、第一には何の開発を押し付けられてましたっけ。シャワーですっけ?」
「シャワーの改良を押し付けてたのは第二魔術研究室ですよ。第一に押し付けられてたのはマナコンロです」
リサラが口にしたマナコンロというのは、魔力を熱源とする調理用の加熱器の事である。
出力維持と火力の調整が可能で、薪などを用意して火魔法を発動する必要が無く、誰でも比較的安全に使用できるのが大きな利点である。
「あぁー、そっかそっか。じゃあ、コンロの着火部分と魔力変換部分の術式を重ねる順番や手順を間違えたのかなー」
「うん。君達が何を言ってるのかさっぱり分からないけど、本当に仕事を押し付けられてたみたいだね……」
カティアとリサラの議論にオベールさんが呆れた様子で呟く。
すると、部屋の扉が開いてセシルさんが笑顔で入ってきた。
「談笑しているところ申し訳ありませんが、皆様そろそろ本日の業務に入って頂けないでしょうか?」
その一言に、全員が一斉に姿勢を正した。勿論それはオベールさんもである。
どっちが領主なのか分からなくなってしまいそうになる。
「う、うむ。セシル君の言う通りだね。本日の業務を伝えないとだ」
わざとらしい咳払いをしてから、オベールさんは俺達の方に向き直り、口を開いた。
「こほん。フィリア君、今日は君達にはこの町の冒険者ギルドに向かって欲しいんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、
「──嫌です」
俺はオベールさんの言葉に即答していた。
俺の一言に部屋の中がしーんと静まり返る。
「珍しいね。君の方から断るだなんて。別に冒険者ギルドで冒険者になって欲しいとか頼むつもりは一切無いのだけど……」
まさか俺の方から断られると思ってなかったのか、驚いた表情を浮かべながらオベールさんが言葉を口にする。
恐らくフィリアを除いたこの場にいる全員が驚いている事だろう。
「すみません、オベールさん。申し訳ないとは思うんですけど、これは個人的な問題なので」
そう返事をしながら、俺はソファから立ち上がる。
すると、側に座っていたカティアが声を掛けてきた。
「えっ、センパイ。何処に行くんです?」
「いつもの作業部屋だよ。俺は冒険者ギルドには向かわないけど、何もしないのも悪いから適当に作業をしてるよ」
カティア達の方には振り向かず、ひらひらと手を振りながら部屋から出ようとすると、フィリアが口を開いた。
「うん、ディーくんは作業の方をお願い。冒険者ギルドの話は私達に任せてよ」
「あぁ、悪いな」
そう言葉を返して、俺は部屋を出たのだった。




