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幕間 鍛治職人と魔導研究所

 その日、魔導研究所の第一魔術研究室の面々は、王都にある鍛治工房「不夜の鉄火」を訪れて、新たな魔道具の開発の話し合いを行なっていた。


「──出来ないとはどういう事だ!」


 ラズミー・ゲッシルーは告げられた言葉に対して、怒号を飛ばしながら机をダンと思い切り叩いた。

 一方、ラズミーの対面に座っている鍛治工房の親方であるダグラス・アウルム・ファンガスは、足を組んで退屈そうに頬杖をつきながら言葉を返す。


「……るせえな。んなもん言葉通りの意味に決まってんだろ。こんな欠陥だらけの魔道具なんか、うちの工房っつーか……何処の工房も絶対に作らねえって言ってんだよ」


 ラズミーにそう告げながら、ダグラスは渡されていた魔道具の設計図を同席していた弟子にポイっと投げ捨てた。


「なっ、欠陥だらけだと!? 貴様……! 我々が作成した設計図をただ見ただけの癖に、何故欠陥品だと言い切れる!」


「見ただけで分かる欠陥があるから欠陥品だって言ってんだよ。バカか、お前」


 依然として烈火の如くまくし立てるラズミーに対して、ダグラスは呆れた表情を浮かべながら火に油を注ぐような言葉を返す。


「ば、ばばっ、バカだと貴様……! さっきから言わせておけば、平民風情がこの私になんて口の聞き方を……!」


 勢い良く立ち上がって今にもダグラスに襲い掛かりそうなラズミーに、部下の魔術師達が慌てた様子で彼の体を抑えた。


「しょ、所長。気持ちは分かりますけど、ここは一旦落ち着いてください!」


「そ、そうですよ! いくら所長でも流石にここで暴れるのはマズイですって!」


「離せ、お前達! あんなバカにするような事を言われて、我がゲッシルー家が黙っているとでも……! ええい、お前達いいから離さんか!」


 ギャーギャーと騒いでいるラズミーに対して、一方のダグラスはというと、目の前のラズミー達から興味を失った様子で視線を外し、溜め息混じりに口を開いた。


「はぁ……。おい、そいつの部下の魔術師共。これ以上は話し合いにならねえし、さっさとそのうるさいネズミ顔を巣の研究所に持ち帰れ」


「ね、ネズ……!? き、貴さ──!」


「それと、一度その設計図をきちんと見直してきやがれ。それまではうちの工房に来るんじゃねえ。分かったな」


 そして、ダグラスは虫を追い払うかのように右手を動かしながら、ラズミー達に早く出ていけと呟いた。

 それを聞いたラズミーの部下達は慌てた様子で小さく何度も頷きあい、ラズミーを工房の外へ連れていこうとしたが、勿論大人しく部屋を出ていく事にはならなかった。


「ダ、ダグラス・アウルム・ファンガスッ! 貴様もこの私を馬鹿にした事を覚えていろよ! 絶対に絶対に後悔させてやるからな……! 今更謝ったとしてももう遅いからなぁあああ!」


 部下の魔術師達に両脇を抱えられるような形で、ラズミーはダグラスの方を指差しながら、捨て台詞と共に部屋を出て行ったのだった。




 ◇




「ふぅ……。やっと静かになったか」


 ラズミー達が出て行った後、ダグラスはやれやれといった様子で大きく息を吐き出し、椅子の背もたれに体を預けた。

 そして、ダグラスはこの話し合いに同席させていた弟子の1人であるアルヴィン・ルグリアスに声をかけた。


「おい、アルなんとか」


「アルヴィンです、親方。いい加減そろそろ俺の名前もちゃんと覚えてください……。で、どうしたんですか?」


「今日の話し合いが始まる前にお前に聞いとこうかと思ってたんだが、何で今日来たのはあいつらだったんだよ。ディラルト達(いつもの連中)はどうしたんだ? ……もしかして、あいつらとうとう体ぶっ壊したりして休んでたりすんのか?」


「違いますよ、親方」


 ダグラスの疑問に対して、アルヴィンは困ったように大きな溜め息を吐きだした。

 そして、部屋の外にラズミー達がいない事を確かめてから、ダグラスにディラルト達の事情を話し始めた。


「……ディラルト達はその、あれです。魔導研究所にはもう居ないみたいなんですよ」


「はぁ……? 居ないってどういう事だよ。俺は知らねえぞそんな事。なんでいきなりあいつらが居なくなるんだよ」


「親方はディラルト達が持ってきた魔道具の仕上げに集中するっつって、鍛冶場に籠ってましたからね……。知らないのも無理ないですよ」


 それを聞いたダグラスの額にピキリと青筋が立ち、うんうんと頷いていたアルヴィンの額をガシリと思い切り掴んだ。


「なんで俺が鍛冶場から出てきた後も、お前はディラルト達が居なくなった事を教えなかったんだよ!」


「あっ、あだだだだっ!? だ、だって、他の先輩達がもう親方に伝えてると思ってたんですよ……!」


「……で、なんであいつらは居なくなったんだよ」


 ダグラスの手からなんとか解放されたアルヴィンは頭を抑えながら言葉を続けた。


「それが、ディラルト達が研究所から居なくなった理由とかはよく分からないんですよ。ただ、ディラルト達の相手をするなっていう命令をされて……」


「あ……? あいつらの相手をするなってどういう事だよ。誰がそんな事言ってたんだ?」


 アルヴィンの話が理解出来ないと言った様子で、ダグラスの表情が真剣なものになる。


「実は親方が鍛冶場に籠っている時に、ここに衛兵が来たんですよ。で、そいつらが「もしディラルト達が店に来ても商品などは一切提供するな。提供した場合、お前の店が潰れることになる。そして、この命令の事は大きな声で言いふらすな」とか、そんな命令をしてきたんですよ。周りの他の店にも聞いたら、うちと全く同じ内容を伝えられたみたいで……」


「何だよそりゃ……。ったく、一体今度は何をやらかしやがったんだよ。ホント、室長が変わっても第七は騒ぎしか起こさねえな……」


 アルヴィンの説明を聞かされたダグラスは、額に手を当てながら、呆れたように天を見上げたのだった。

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