第64話 完璧な仕事
「待たせたなー、ディラルトー。色々と終わったぞー」
「お待たせ〜、ディラルトさーん」
1人寂しく衣服を眺め始めてから、更に1時間以上の時間が経ったぐらいだろうか。
漸くレイチェルとマリーナが一仕事終えた様子で奥の部屋から出てきた。
「あぁ、やっと終わったのか……」
「ごめんねー、ディラルトさん。なんか色々試したくなっちゃってレイチェルと盛り上がってたら、結構時間がかかっちゃって〜」
肩を落としながら2人に声を掛けると、申し訳なさそうにマリーナが言葉を返した。
色々試したくなっちゃってとは一体何の話だろう。
全く話が見えてこなかったので、俺はマリーナから隣にいるレイチェルへと視線を向けた。
「ま、ディラルトは楽しみにしてろって事だ。……んで、肝心のあいつらは何でこっちに来ねえんだよ」
何やら自信満々な表情を浮かべていたレイチェルはくるりと背後を振り返り、溜め息をついてから奥の部屋に向かって声を掛けた。
「おらー、フィリア達もさっさと早く出てきやがれー! 早く来ねえとディラルトにさっき測ったサイズとか色々教えちまうぞ〜」
「えっ、ちょ、ちょっと待って……わっ、わわっ!?」
レイチェルの言葉に対して、フィリアの焦った声とドタバタと騒がしい音が聞こえてきてから、部屋の扉がゆっくりと開いた。
「レイチェル、あんまりフィリア達を揶揄うのは程々に──」
しておいてくれ。
レイチェルにそう言葉をかけようとした俺は、部屋から姿を見せたフィリア達に視線を向けて、完全に言葉を失ってしまった。
何故なら、3人ともいつもの仕事着である魔術師の格好から着替えていたからだった。
「え、えっと……。ど、どうかな、ディーくん?」
「どうですかー、センパーイ。ちゃんと似合ってますかね〜?」
不安と期待が入り混じった様子のフィリアと、いつもとあまり変わらない様子のカティアが、俺に感想を尋ねてくる。
「えっ、あ、いや……」
しかし、頭の中が真っ白になってしまった俺は、2人に何を言えば良いのか分からなかった。
すると、そんな俺の様子を見兼ねたのか、マリーナが側にやってきた。
「も〜、ディラルトさん。こういう時はちゃんとフィリアさん達に似合ってるよとか可愛いとか気の利いた言葉を言ってあげなきゃダメだよ〜? 折角私とレイチェルでフィリアさん達に似合う服を選んだんだから〜」
「元の素材が抜群に良いから服の候補がありすぎて、思ってた以上に決めるのに時間は掛かったけどな」
マリーナの言葉に続いて、腰に両手を当てながらレイチェルが言葉を口にする。
「んで、ディラルト的にはどうだったんだ? まだ肝心の感想が聞けてねーぞ。似合ってる似合わないで良いから早く伝えてやれよな」
「あ、あぁ、そうだな……」
レイチェルに促され、俺は再びフィリア達に視線を向ける。
いつものように見慣れた魔術師の格好ではないだけだというのに、全身に変な力が入って、心がなんというか落ち着かなかった。
「その、なんだ……。3人とも凄い似合ってると思う。正直びっくりした……」
似合っているとただ伝えるだけなのに、物凄く照れ臭くてフィリア達の顔をまともに見ることも出来ず、顔全体が燃えるように熱かった。
あぁ、もう、なんだこれ。なんだこれ!
なんでフィリア達に感想を伝えただけでこんなに顔が熱くなるんだ。……というか、今の俺って変な顔とかしてないだろうか。
なんだか不安になってきて、視線をフィリア達の方に戻すと、
「そ、そっか……。ちゃんと似合ってるんだ……良かった」
「ま、まさか真面目な感想が返ってくるなんて……。あー、うぅ〜……」
「ど、どうして私にまで……。私は別に感想を求めてなんて……」
3人ともそれぞれ異なる反応を見せていた。
フィリアはホッとした安堵が混じった笑みを見せ、カティアは珍しくクルクルと髪をいじりながら小さな声で何か呟いていて、リサラだけは腕を組んで何処か拗ねたような反応にも見えた。
すると、拗ねている様子のリサラに向かってレイチェルが声を掛けた。
「おいおいリサラー。感想を求めてなんてって、あたしとマリーナで選んだ服が似合うのかを一番気にしてたのは……もっ、もががっ!?」
「なっ、ななっ、何を言おうとしてるんですかレイチェル!?」
……のだが、言葉の途中でリサラが物凄い速さでレイチェルの口を塞いだ。まさに電光石火である。
「ぷはっ! はぁ、はぁ……ったく、黙っててやるけど面倒な性格だな……。素直に喜んでりゃいいのに……」
「うぐっ! じ、自分でもそれはよく分かってますよ……」
なんとかリサラから解放されたレイチェルが、息を整えてから呆れた様子で呟く。
そこにカティアがうんうんと頷きながら会話に加わった。
「まー、そこがリサラの可愛さでもあるからね〜」
「う、うるさいですよカティア。変なこと言わないでください」
「事実なんだから良いじゃんさー」
「確かにカティアの言う通りか。まぁ、でも、たまには素直になっとけよな。んじゃ、最後の大仕事としてディラルトの服選びに入るかー」
気を取り直すように立ち上がったレイチェルが俺に声を掛けてきた。
「大仕事って……。俺はもう自分の服は選んだぞ」
俺は選んでおいた服を指差しながらレイチェルに返事をする。
あれだけ待ち時間もあれば、気になる服も決まるというものである。
しかし、話はそれで終わらなかった。
「ん、そうなのか? まぁ、それはそれで置いておくとして、あたしらでもディラルトに似合いそうな服をこれから選んでやる。だから、色々と覚悟しろ」
「………………は?」




