第63話 服選びの前に
「……っと、そうだ。自己紹介ですっかり忘れてたけど、お前らってそもそも何しにうちに来たんだ?」
机の上に置かれたノートを取ろうとしていたレイチェルが、ふと思い出したように口を開いた。
すると、それを聞いたマリーナがハッとした様子で大きな声をあげた。
「あぁ〜! そうだった。レイチェルにディラルトさん達の服をなんとかして貰おうと思って来たんだった!」
そういえば、マリーナに服を買いに行くって言われてこの店に連れてこられたんだった。俺もすっかり忘れていた。
「こいつらの服をなんとかしろって急に言われてもな。あたしに何をどうしろって感じなんだが……」
頭をぽりぽりと掻きながら、こちらに戻ってきたレイチェルが俺達に視線を向ける。
「良いじゃん良いじゃん。私の時みたいにディラルトさん達の服もぱぱーっと選んであげてよレイチェル〜」
「……まぁ、ディラルト達なら選んでやってもいいか。今日だけは特別にあたしがやってやるよ」
少し悩む素振りを見せてから何度目か分からない溜め息を吐いたレイチェルは、何処からともなく巻き尺を取り出し、面倒臭そうに俺に声を掛けてきた。
「んじゃ、ディラルトは向こうの部屋で暫く待っててくれ。終わったら呼んでやるから」
「……いきなり待ってろと言われても、話が全く見えてこないんだけど。なんで俺だけ隣の部屋に?」
「ん? あぁ、これからフィリア達の胸とかお腹周りやらを測るんだよ。流石にその様子を男のお前に見せる訳にもいかないだろ。ローブとかは脱いで貰うからな」
「まぁ、フィリア達が良いって言えば、ディラルトも居ても構わないがな」と言葉を付け加えながら、ひらひらと手を振るレイチェルはそのままフィリア達の方へと視線を向ける。
すると、すぐにリサラとフィリアが大きな声をあげた。
「い、良い訳ないじゃないですか!」
「そ、そうだよ! 流石にディーくんでもダメだよそんなの!」
「ま、そういう事だからディラルトは待っててくれ」
2人の言葉を聞いたレイチェルが俺に視線を戻す。
「そういう事か……。んじゃ、フィリア達を測るのが全部終わったら呼んでくれ。俺はそれまで適当に服を眺めてるよ」
「おう。なんか良いと思った服があったら、後であたしに言ってくれ」
小さく肩を落としてから立ち上がると、カティアが揶揄うように俺に声を掛けてきた。
「センパイ、センパイ。こっそり覗いたりしちゃダメですからね〜!」
「誰が覗くか!」
カティアにそう返事をして、俺は1人だけ部屋を出た。
◇
「服でも眺めてるとレイチェルには言ったけど……」
レイチェルの作業部屋を1人追い出された俺は、衣服がずらーっと並ぶ店内を眺めながら、ぐるりと歩いていく。
こうして俺以外に誰も客がいない店内を歩いていると、なんだかお店を貸し切っているような気分になる。
「……。レイチェルが作った服だから間違いなく良いものなんだろうけど、色くらいしか違いが分からない……」
適当に手に取った男物の服を眺めながら感想を呟く。
こんな言葉をレイチェルに正直に伝えたら、間違いなく微妙な顔をされる……というか、最悪怒られるだろう。
俺もあの手この手で苦労して作った魔道具を「全部同じじゃないか」みたいな事を言われたら、あまり良い気はしない。
作った魔道具と相手次第じゃ、魔法で吹っ飛ばしてる自信はある。
「こっちとこっちの服なら、こっちの方が良いか? ううーん……」
なので、よく分からないなりに真面目に服を吟味していく。
「ローブのせい──分からな──。以外と──かなり──。そんな────」
「──声が大き──! 聞こえ──。どうす──」
そのまま暫く服選びに悩んでいると、隣の部屋から何やら騒ぎ声が聞こえてくるようになってきた。
この声は……リサラとレイチェルか。
「一体何の話で盛り上がってるのやら……」
冷静に考えてみれば、壁一枚しか隔ててないのだから、ある程度声が大きくなってきたら、隣の部屋にいる俺にも会話が聞こえてしまうのは仕方ないだろう。
向こうで盛り上がってる内容が、俺の話題でない事を祈りたい所である。
「これは、もう少し時間が掛かりそうだな」
ドタバタとした音が聞こえる隣の部屋に視線を向けながら、俺は小さく肩を落とした。




