第62話 苦労者達
「まっ、あたしのつまんねー話はこんくらいでいいだろ。とりあえず、あたしがこの町に居るってのは言いふらさないでくれよー? 特にカティアとリサラの2人はよーく頼んだぜ」
そう言って肩の力を抜きながら、一息吐いて話を終えたレイチェルは、カティアとリサラの2人の方に向き直り、居場所を言いふらさないようにと強く念押しした。
「ねぇねぇ、レイチェル。実家に連れ戻されたくないっていうのは分かるけど、どうしてカティアさんとリサラさんは特になの?」
「んぁ? どうしてって……そっちの2人はあたしと同じで貴族だろ? 知り合いとかに話されでもしたら、あたしの居場所が実家にすぐバレるからだよ」
側にやってきたマリーナからの問いかけに対して、頬杖をついていたレイチェルは、一度マリーナに視線を向けてから2人の方に視線を戻し、指を差しながら気怠そうに言葉を返した。
「うえぇっ……!? レイチェルって貴族だったの!?」
すると、レイチェルの言葉を聞いたマリーナが驚きの声をあげた。
「なんでマリーナが一番驚いてんだよ……って、あぁー……。そういや、あたしの貴族云々の話はマリーナにも言ってなかったか。黙ってたのは悪かったな。まぁ、別にあたしは身分の違いとかは特に気にしないから、今まで通り普通に──」
「普段この部屋で何もしないでずーっとごろごろしてるレイチェルが貴族……? えーっ、嘘とか冗談じゃないの〜?」
「……ははは、よく聞こえなかったからもう一回言ってくれるかマリーナ? 普段あたしがなんだって?」
訝しむような視線を向けたマリーナに対して、レイチェルはニコニコとした笑みを浮かべながらマリーナの額をガシッと掴んだ。
「あっ、あだだだだっ!? 痛い、痛いよレイチェル! 私の頭が割れちゃう! 中身が出ちゃうよ……!」
「そこまでの力はあたしにねえよ。とりあえず、あたしが貴族なのは嘘でも冗談でもなく事実だ。まぁ、大量の金を払って手に入れた身分だけどな」
「う、うぅ〜、頭が痛いぃ……。それにしても、お姉さん達も貴族様だったんだね……」
パッと押し返されるようにレイチェルの手から解放されたマリーナは、涙目で頭を抑えながらカティアとリサラの2人に声を掛けた。
「隠すつもりとかはなかったんだけどね〜。私もリサラも貴族って感覚はもう殆ど無いし……。まぁ、流石にレイチェルには、私とリサラが貴族育ちってのはバレちゃったみたいだけど」
「当たり前だろ。貴族紋は見当たんなかったけど、平民なら絶対に縁の無いヴィリアンハープを知ってたんだからな。そりゃ気づくに決まってんだろ」
「あはは、それもそっか。あっ、レイチェルの事は誰かにバラしたりするような真似はしないから安心してよ。ねっ、リサラ」
のほほんとしながらレイチェルに返事をして、カティアは隣に座っているリサラに話を振った。
因みに、レイチェルが口にした貴族紋というのは、各家によって完全に異なる紋様が描かれた、貴族階級である事を証明する紋章の事である。
「そうですね。私達も暫くはあまり目立つような行動をしたくないですからね……。レイチェルさんの事はかなり驚きましたが、誰かに吹聴するような事はしないので安心してください」
「ほーん……。王都から来たってのを聞いた時に思ったけど、やっぱりお前らも色々ワケあってこの町に来たって感じかー。あたしは家出だったけど、お前らは何があったんだ?」
2人の返事を聞いたレイチェルはほんの少しだけ驚いた表情を浮かべ、体を前に倒しながら言葉を続けた。
「えっと、先ずは私から話そっか……?」
俺達の事情に興味津々といった様子のレイチェルからの問いかけに対して、俺に視線を向けてきたフィリアが小さく手を挙げながら口を開いた。
「あぁ、頼んだ」
「うん、分かったよ。ディーくん」
フィリアに短く返事をすると、フィリアはニコリと笑みを浮かべながら小さく頷き、レイチェル達に視線を戻した。
「それじゃあ、先ずは私から話すね。私の場合は仕事の都合でこの町に来たんだ。その……職場というか上の人から、ちょっとこの町の問題を解決してこいって言われちゃって……」
「ん、ん……? この町の問題を解決ってーと……。もしかして、フィリアって役人か何かだったりすんのか?」
「えっ、あー……。えーっと……」
「あ、フィリアは宮廷魔導師だよ」
視線をあちこちに彷徨わせ、正直に答えるか迷っている様子のフィリアの代わりに、カティアがレイチェルの疑問にさらっと答えた。
すると、それを聞いたレイチェルはクッションに預けていた体をガバッと起こして驚きの声をあげた。
「は、はぁ!? きゅ、宮廷魔導師ぃ!? な、なんでそんな超がつくエリート様がこんな田舎町に来てんだよ……。この町の問題ってあれだろ。魔術師の不足なら、わざわざ宮廷魔導師を寄越さなくても、適当な連中を派遣しとけばなんとかなんじゃねえのか?」
「それは、その〜……。宮廷魔導師の中でも色々あったというかあるというか……、私だけ平民出身だからかなーって……。あ、あはは……」
フィリアは困ったように苦笑いを浮かべながら、レイチェルの質問にぎこちなく答えた。
「それだけでどっかいけ〜みたいな事をされちゃうの?」
「あ、あぁー……成る程な〜。貴族ってのは殆どが無駄にプライドがたけーし、身分にうるさい奴らばっかだもんなー。国の中央ってなると、その中でも選りすぐりの集まりになるか……」
それを聞いたレイチェルは、最初はポカンと訳が分からないといった表情を浮かべていたが、やがて全てを理解した様子で再びクッションに深く体重を預けながら、フィリアに言葉を続けた。
「せっかく宮廷魔導師にまでなったのに、かなり苦労してんだなー。しかも、フィリアは平民でだろ? ……色々と聞きたい気持ちはあるが、今はこれ以上詮索するのはやめとくか」
そう言ってレイチェルはフィリアに笑いかけ、今度は俺達に視線を向けた。
「んじゃ、最後にディラルト達の話になるけど、ディラルト達がこの町に来た理由はなんなんだ? フィリアみたいに仕事の都合とかか?」
「えっと……。確か、お兄さん達は王都の研究所で働いてたけど、クビになっちゃった〜って言ってたよね?」
「あぁ、うん。その通りだよ」
以前俺達が話した内容を思い出すように口元に指を当てながら呟いたマリーナに対して、俺はコクリと頷き返す。
「クビって……。でもまぁ、ディラルト達は魔術師なんだよな? 魔術師なら仕事クビになっても、新しい仕事探しは特に困んねえだろ。なんで王都を飛び出してまでこの町なんかにわざわざ来たんだよ。王都を出るにしたって、普通なら人の集まるオルファンとかに行くだろ」
半ば呆れ顔のレイチェルの疑問に対して、俺の代わりにカティアがお手上げと言わんばかりに両手を少し上げながら答えた。
「まー、それが私達にも色々とあってねー。研究所をクビになっただけだと思ってたら、王都で生活するのも出来なくなっちゃってたんだよね〜。それで、王都以外の町で暮らそうと思って3人でこの町に来たんだ」
「はぁ? 王都で生活するのが出来なくなってたってどういう意味だよ」
「ん? 言葉通りの意味だよ。なんというか、王都中のお店から出禁扱いみたいな感じ? もう行く先々のお店からあんたらには何も提供出来ない〜とか、出てってくれ〜とか色々言われちゃってさぁー」
カティアの話にレイチェルだけでなく、横に座っていたマリーナと、ホッと一息吐いていたフィリアも驚いた表情でこちらに視線を向けていた。
そういえば、仕事(魔導研究所)をクビになった事はマリーナとフィリアに話していたけど、王都での詳しい事情は全く話してなかった気がする。
「は、はぁ……? 一体全体王都で何をやらかしたら、そんな犯罪者みたいな扱いをされんだよ。なんかミスって王都の中で大爆発でも起こしたりしたのか?」
「仕事で特に大きなミスをした事はないはずなんだけどねぇ……。俺達も正確な事情までは分かってないんだ」
かなり引いた表情を浮かべるレイチェルに説明をする。
というか、王都で大爆発なんて事を起こしてたら、今頃俺達はこの町じゃなくて牢屋の中である。
「正確な事情までは……って事は、ディーくん達は大まかな事は分かってるの?」
「まぁ、ある程度はな。俺達がクビになったのはゲッシルー家の仕業だったから、王都での扱いもあいつの家の仕業だと俺は思ってるよ」
フィリアの質問に俺は小さく肩の力を抜きながら返事をする。
「あ、あぁ〜……ラウスくんの家かぁ……。卒業後も相変わらずなんだね……」
「なんだよディラルト、お前あの家に嫌われてんのか?」
俺の返事を聞いて、色々と事情を察したように苦笑いを浮かべるフィリアに対して、レイチェルは何故か嬉しそうに笑っていた。
……なんでレイチェルは嬉しそうなんだ。
いや、というよりなんか馴れ馴れしさが増したような感じがする。
「ゲッシルー家に嫌われてるというよりかは、ゲッシルー家の長男に何かと因縁を付けられてるってのが近いかもなー……」
「ほー、ディラルト達も苦労してんなー。最初はあんま話す機会はねーだろと思ってたけど、気が変わったわ。へへっ、お前らとは今後も仲良く出来そうだから改めてよろしくな!」
クッションから立ち上がったレイチェルは、ぐーっと体を伸ばしながら、改めて俺達に挨拶をしたのだった。




