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第60話 ヴィリアンハープ

「う、うぅ、眩しい……。あぁー、目がしょぼしょぼする」


「それはレイチェルがずっと店内を暗くしてたからだよ。ほらほら、ディラルトさん達にちゃんと自己紹介もするの!」


「はいはい、分かったよ。ふわぁ〜、てきとーに挨拶すりゃいいんだろ? 全く、年下のおかんが出来た気分だな……」


 眠そうな目をゴシゴシと擦りながら、マリーナにレイチェルと呼ばれた女性はこちらを向いた。


「あたしはこの店をやってるレイチェル。レイチェル・ヴィリアンハープだ。ま、ゆるい感じでよろしく頼むわー……」


 そして、だぼだぼの服の袖をゆらゆらと揺らしながら、気怠そうに自らの名前を名乗ったのだった。


「ヴィリアンハープ……?」

「ヴィ、ヴィリアンハープですか?」


 すると、レイチェルの自己紹介を聞いたカティアとリサラが、少し驚いた表情を浮かべながら、ほぼ同時に声を漏らした。


「……んあ?」


 カティアとリサラはお互いに顔を見合わせてから、カティアがそのままレイチェルに対して言葉を続けていった。


「ねぇ、もし違ったら謝るんだけどさ。ヴィリアンハープって、ドレスとかタキシードで有名なあのヴィリアンハープと何か関係があったりするの?」


「──────」


 カティアがそう言葉を口にした瞬間、まるで時間が止まったように、レイチェルが手を上げたままピシッと固まった。


「ゔぃりあんはーぷ……? ねぇねぇ、ディラルトさんは何か知ってる?」


 固まってしまったレイチェルの側から移動してきたマリーナが、小声でこちらに尋ねてくる。

 しかし、俺もヴィリアンハープというのは初めて聞いた名だった。


「いや、俺もよく知らないかな。フィリアは何か知ってたりするか?」


「う、ううん。私も初耳だよ」


 助けを求めるように、俺は隣にいるフィリアに視線を向けてみるが、フィリアもヴィリアンハープについては全く知らないのか、ブンブンと首を横に振るだけだった。

 すると、そんな事情が良く分かっていない俺達を見かねたのか、リサラが親切にも説明をしてくれた。


「ヴィリアンハープというのは、主に衣類や宝石などを取り扱っている王都のお店で、貴族の間ではとても有名なんです」


「……要するに、高級店って奴?」


「そうですね。その認識で概ね間違っていません。少しだけ訂正を入れるとすれば、ヴィリアンハープは普通の高級店ではなく、有力な貴族や王族が特に好んで利用するような最高位のお店だという事ですが……。なので、室長やフィリアさんがヴィリアンハープを全く知らないのも無理はありません」


 俺の問いかけにリサラは小さく頷きながら、ヴィリアンハープについての情報を更に教えてくれた。


 な、成る程……。王族が利用するような格式高いお店なら、貴族の世界を全く知らない平民の俺達が知っているはずがなかった。


「え、えーっと……。それじゃあ、つまりレイチェルって王都の方じゃかなり有名で凄い人だったりするの……?」


「凄いか凄くないかで言ったら、間違いなく凄い部類だろうねー。まぁ、それはレイチェルが本当にヴィリアンハープと直接関係がある人だったらの話になるけれど……」


 戸惑いながらも疑問の言葉を口にしたマリーナに、カティアが先程から微動だにしないレイチェルの方に視線を向けながら、淡々と答える。

 そんなカティアの言葉を聞いて、この場にいる全員の視線がレイチェルの方に向けられた。


「……はぁ〜あ。まさかあの店の事を知ってる奴がピンポイントでやってくるとはなー。あーあ、ほんとついてねーなぁ……」


 すると、レイチェルはガックリと肩を大きく落としながら、盛大に大きな溜め息を吐いていった。


「このまま立ち話をするのもなんだし、マリーナもあんたらも奥の部屋に来てくれ。そっちで色々と説明してやるよ」


 そして、気を取り直したように顔を上げたレイチェルは、奥の部屋を指しながら俺達に言葉を返したのだった。

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