第58話 マリーナの提案
マリーナに休日の過ごし方を教えてもらう事になり、俺達は一足先に宿の外に出て、マリーナの支度が終わるのを待っていた。
「休日の過ごし方を教えてあげるってマリーナは言ってましたけど、どんな事を教えてくれるんですかねー?」
「俺的にはあんまり疲れるような事をしなければいいよ。うん。全身の筋肉痛もまだまだ完全に回復してないし、なるべく体を動かさない事がいい」
俺は重ねた両手の手のひらを空に掲げながら全身を伸ばし、そのまま左右に体を傾けながらカティアに返事をする。
「ほんのついさっきまで、休日の過ごし方を真面目に考えていた人とは思えないダメな思考とダメな発言ですね……。だいたい室長が筋肉痛になったのなんか、日頃から体を全く動かしてなかったからじゃないですか」
いつものように呆れた表情を浮かべるリサラに指摘されて、俺は即座に耳を塞いだ。
「あ、ちょっと室長! どうして耳を塞ぐんですか!」
「そんなのリサラの正論を聞きたくないからだよ!」
「なんですかそれは! ……って、言ってるそばからまた耳を塞がないでくださいよ!」
耳を塞いでいる俺の手を退かそうとしてきたリサラに必死の抵抗をしていると、カティアと話していたフィリアが少し落ち着かない様子で口を開いた。
「私はちょっとだけ楽しみかな。宮廷魔導師のお仕事以外で、こうして複数人で集まって何かをするのってなかったし、休日を誰かと一緒に過ごすなんて事はなかったから……」
「そう言われてみると、私も始めてだなー。数日前にセンパイやリサラと一緒に、マリーナに町を案内してもらった事はあったけど、あれは休日というか、どっちかって言うと、仕事をクビになったから空白の時間が出来てただけって感じだったし」
フィリアの言葉に、カティアも同意の声をあげる。
すると、その直後、バンと勢い良く宿の入り口の扉が開いて、支度を終えたらしいマリーナが姿を見せた。
「みんな、おっまたせ~。ちょっとどれを着ようかなって悩んでたら、色々時間が掛かっちゃった!」
そう言って現れたマリーナは、以前俺達を案内してくれた時とはまた違った格好をしていた。
まず、髪をいつもの給仕服姿の時と同じようにひとまとめにしておらず、着ている服も、前回はブラウスにロングスカートの組み合わせだったが、今回は真っ白なロングのワンピースを上手に着こなしていた。
「──って、はぁ~……。あんまり期待はしてなかったけど、やっぱりか~」
そして、そんな服装で現れたマリーナはというと、外で待っていた俺達の事をぐるりと見渡してから、肩を落としながら大きな溜め息を吐いた。
いや、俺達というか、この反応は俺達の格好を見ての反応とでも言うべきだろうか。
……なんでいきなり俺達は挨拶代わりの様に、大きな溜め息を吐かれたのだろう。
別にいつも通り、魔術師のローブをちゃんと身に着けていて、誰が見てもおかしな服装ではないはずなのだが……。
「えっと、室長……。なんで私達はいきなり溜め息を吐かれたのでしょう?」
「さぁ……? それはマリーナに直接聞いてみないと分からないでしょ」
手を止めて、こちらに尋ねてきたリサラにそう答え、俺はマリーナに溜め息を吐いた理由を聞いてみることにした。
「ねぇ、マリーナ。期待してなかったけどって、一体どういう意味なの……?」
すると、体を起こしたマリーナは、腰に手を当てたまま、空いていた反対側の手で、ビシッとこちらを指差しながら口を開いた。
「だって、フィリアさんも、ディラルトさん達も、着替えてから集合って言ったのに、いつもと全く同じ服装なんだもん──!」
「「……ふ、服?」」
対する俺達4人は頭の上に疑問符を浮かべながら、マリーナの言葉に揃って首を傾げた。
そして、それぞれお互いの服装を確かめる。
……うん。まぁ、確かに言われてみると、俺達はいつもこの服装だ。
だって、そもそもこの魔術師の服以外の服を持っていないのだから、いつもこの服装になってしまうのは仕方ないのである。
そんな事を考えながら、頭の中で言い訳していると、フィリアがマリーナに言葉を返した。
「え、えっと……。一応毎日この格好だけど、ちゃんと服は魔法で綺麗にしてるよ……? 多少のほつれとかだって直してるし!」
どうやら、フィリアも俺達と同じ感じだったらしい。
やはり、休みなしで毎日働き続けるとなると、自然と普段の服装も同じになってしまうのは仕方ない事だろう。
「も〜、私が言いたいのはそういう問題じゃないの!」
しかし、マリーナにはその辺りの事情は関係なかったらしい。
「フィリアさん達がお仕事で忙しいのはもちろん私も分かってるよ。でも、休みの日も普段と同じ服しか着ないだなんてダメだよ! 折角フィリアさん達は見た目がと〜っても良いんだから、休みの日くらいは多少のお洒落もしないと!」
「お、お洒落……? え、えーっと、もしかしてマリーナちゃんが今日教えてくれるっていう休日の過ごし方っていうのは……」
「うん。今日はディラルトさん達の新しい服を買いに行きます!」




