第50話 誤解と誤算
◇◇◇
「で、一体何があったんだい?」
フィリアに呼ばれて作業部屋にやって来たオベールさんが、困惑した様子で腕を組みながらこちらに尋ねてくる。
「いや、その……。何があったと聞かれても、俺達はフィリアの指示通りに魔道具の修理をしてただけなんですけど……」
その問いかけに対して。俺はオベールさんと同じように困惑しながら言葉を返し、この状況を生み出した張本人であるフィリアに視線を向ける。
セシルさんがこの作業部屋を出て行った後、俺達3人はフィリアの指示を受けて、この部屋にあった魔道具の修理をそれぞれ手分けして行っていた。
修理作業の方も特に失敗する事なく順調に済ませたので、俺達はこれといった問題は何も起こしていないはず……なのだが……。
ある程度魔道具の修理が落ち着いた所でフィリアに声を掛けたら、何故か驚いた様子で「ちょ、ちょっと待ってて!」と俺達に言うや否やこの部屋を飛び出していき、オベールさん達と一緒に戻ってきて、この状況になったのであった。
「う、うん……? そうなのかい? フィリア君が慌てた様子で私達の元に来たから、てっきり何か問題でも起きたのかと思ったのだけど……」
俺の返答を聞いたオベールさんはすこし驚いた表情を浮かべ、俺と同じように、側で荒くなった呼吸を整えているフィリアに視線を向ける。
「あっ……! オベールさん達を呼びに行ったのは、ディーくん達はあの人達みたいに問題などを起こしたわけじゃないんです。ディーくん達凄いんですよ! この部屋に置いてあった魔道具の半分近くをあっという間に修理しちゃったんです!」
俺とオベールさんから視線を向けられている事に気付いたフィリアはハッと姿勢を正すと、少しだけ興奮した様子で話し始め、俺達の背後にある修理が終わった魔道具を集めた場所を指差した。
「こ、これだけの数の魔導具を修理したというのかい……? セシル君が君達をこの部屋に案内してから、まだ2時間くらいしか経ってないはずだよね?」
オベールさんはポカンと驚いた表情を浮かべたまま修理済みの魔道具を指差し、俺達と修理済みの魔道具に交互に視線を移しながら言葉を続ける。
俺達3人はそんなオベールさんの驚いた反応に顔を見合わせ、リサラが遠慮がちにオベールさん達に尋ねた。
「えっと、そんなに大きく驚かれるような事でしたでしょうか……? 複雑な術式を組みこんだ魔道具がそんなになかったのもありますが、魔道具の修理自体はそこまで時間の掛かるような作業ではないと思いますが……」
「王都から派遣して貰った魔導研究所の魔術師は、たった2時間ちょっとの時間で20個近くの魔道具を修理するなんて事は出来ていなかったのだけど……。それも、君達3人の倍近い人数がいたのにだよ? そんな状況を見てきたんだから、この状況には驚くに決まってるじゃないか」
「あ、あぁ~……。まぁ、私達以外の研究所の魔術師は普段から仕事とかなーんもしてないから、魔道具の修理なんかの簡単な作業でも全く役に立たないのは仕方ないよ。うん」
かなり困惑した様子でお手上げと言わんばかりに首を横に振っているオベールさんの言葉に、カティアが苦笑いを浮かべながら軽い感じで返事をする。
すると、カティアの言葉を聞いた途端にオベールさんだけでなく、その側にいたフィリアとセシルさんまでもが驚いた表情を浮かべた。
「え、えっと……。ね、ねぇ、カティアちゃん。それってどういう意味なの……?」
「ん? どういう意味って、言葉通りの意味だけど……」
カティアの言葉が衝撃的だったのか、引きつった表情でフィリアが尋ねる。
その問いにカティアはコテンと首を傾げながらフィリアに返事をした。
はて、今のカティアの言葉に驚くようなことはあっただろうか。
そんな事を頭の中で考えていると、今度はセシルさんが一度小さく咳ばらいをしてからカティアに声を掛けた。
「あの、カティア様。カティア様達以外の魔術師は一切仕事をしていなかったという事は、カティア様達だけで魔導研究所の業務をこなしていたのですか……?」
「うん。そうだけど……それがどうかしたの?」
カティアの返事を聞いたセシルさんはほんの一瞬目を丸くしたように見えたが、すぐに落ち着いた様子で言葉を続けていった。
「……そうですか。王都からこの町に派遣されて来た彼らが全く役に立たなかった理由が分かりました。ところで、業務をこなしていたカティア様達が居なくなってしまって研究所の方は大丈夫なのですか? 誰の目から見ても、全く業務を行っていなかった者だけでは正常に業務が回るとは到底思えないのですが……」
「んー、その辺りはたぶん大丈夫だと思うよ。あそこの所長が「貴族である自分達に出来ないはずがない!」って感じで自信満々に私達に言い放ったもの。それに、あそこを追い出されちゃった私達にはあの研究所がもうどうなろうと関係ないし。ねーっ、センパイ!」
「うおっと!?」
セシルさんの問いかけにカティアは顎に指をあてながら、少しだけ考える素振りを見せてから笑顔でセシルさんに言葉を返し、俺の肩に両手を置いてきて、そのままぴょんと俺の背にのしかかりながら話を振ってきた。
「……まぁ、カティアの言う通りだね。仮に何か困った問題が起きて俺達に戻ってこいとか言われても困るし、あんな働き詰めの生活にはもう戻りたくはないからねー……。そういう訳で俺達とあの研究所はもう完全に無関係ですよ」
俺は前のめりに倒れそうになったのをなんとか踏みとどまって、乗りかかってきたカティアを背負い直しながら返事をする。
すると、セシルさんではなくオベールさんが若干呆れたような憐れむような表情でこちらに話しかけてきた。
「成る程ね……。なんとなくだけど君達の事情は色々と理解したよ。フィリア君が私を呼びに来たときは思わず身構えちゃったけど、君達の事はフィリア君と同じくらい頼りにさせてもらうよ」
「おっけー。大船に乗ったつもりで私達に任せてよ!」
「ちょ、ちょっとカティア! いくらなんでも町の領主様相手に馴れ馴れしすぎますよ!」
俺の背に乗りながらオベールさんに笑顔で手をブンブンと振って挨拶をするカティアに、リサラが慌てた様子で側にやって来る。
「ははは、別に私は怒ったりはしないから大丈夫だよリサラ君。それよりも、これからよろしく頼むよ」
対するオベールさんはというと、カティアの馴れ馴れしい挨拶を特に気にした様子もなく穏やかな雰囲気のまま口を開いた。
サブタイは未だ迷子
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