幕間 従者と領主
セシル視点になります
◇◇◇
ディラルト様に別れを告げて部屋を出た私は、とある物を手にしてからオベール様がいるであろう応接室へと戻っていた。
「オベール様、ただいま戻りました」
「あぁ、もう戻ってきたのかセシル君。ディラルト君達の様子はどうだったかな?」
扉を軽くノックしてから部屋に入ると、ソファに優雅に座って紅茶を淹れたカップを手にしたままのオベール様に迎えられた。
「そうですね。ほんの少し同じ部屋にいただけですが、フィリア様と揉めるような事などが起きるような気配は特にありませんでした」
「ふむ、それは良かった良かった。それなら、あとは彼らの魔術師としての能力に期待するだけだね」
そう言って、私の報告を聞いたオベール様は満足そうに頷きながらカップをテーブルの上に置いた。
そんなのんびりと寛いでいるオベール様に対して、私は先程の自己紹介の場では聞けなかった事を尋ねた。
「ところでオベール様。先に一つお聞きしておきたい事があるのですが……、ディラルト様達を魔術師として採用して宜しかったのですか? つい先日王都の方から届いた手紙には、主にディラルト様の事が色々と書かれていましたが……」
「あぁ、ゲッシルー家から送られてきたあの手紙の事かい? 確かにあの手紙には色々と面白い事が書いてあったね。ただ、さっき彼らと軽く話をしてみた感じだと、彼らは手紙に書かれていたような人物ではないと私は思った。セシル君はどうだったかな?」
「……そうですね。あの手紙に書かれていたような傲岸不遜で乱暴狼藉を働くような方達ではないと私も感じました。とてもじゃないですが、問題を起こすような方達には見えませんでしたね」
オベール様に尋ねられ、私は少し考え込んでからディラルト様達の印象を素直に答えた。
そう。王都のゲッシルー家から突然送られてきた手紙には、簡単に言ってしまえば、危険人物であるディラルト様達に注意しろといった警告のような内容が書かれていたのだ。
それもあって、先程の自己紹介の場でディラルト様の名前を聞いた時にオベール様は思わず声を出してしまっていたし、私自身も表情にはなんとか出さなかったが内心かなり驚いていた。
その理由の一つは、彼らが手紙に書かれていたような人柄とは真逆ともいえるくらいに礼儀正しく、まともな性格をしていたからだ。
もう一つの理由は、宮廷魔導師であるフィリア様のお知り合いが、まさか手紙に危険人物と書かれていた彼らだとは微塵も思っていなかったからである。
「へぇ、あのセシル君が素直にそんな評価を下すとは珍しいね。……となると、やはり彼らを雇う事にしたのは正解だったかな」
すると、私の感想を聞いたオベール様は少し驚いた表情浮かべ、腕を組んで独り言のように呟きながら考え事を始める。
……「あの」とはいったいどういう意味でしょうか。
私は思わず出かかった文句の言葉をぐっと飲み込み、その代わりにずっと胸元に抱えていた数枚の紙をトンとテーブルの上に置いて、それを無言でスッとオベール様の目の前に差し出した。
「……セシル君。この紙は一体何の紙だい?」
無言で差し出された真っ白な紙を手にしたオベール様は、困惑した表情で私と手元の紙に交互に視線を向けながら尋ねる。
「こちらの紙は、これからオベール様に作成していただくディラルト様達との契約書となる予定の用紙で御座います」
それに対して、私は背筋をピンと伸ばしたまま淡々とした口調で答えた。
「け、契約書……? それって私が作成しないとダメな奴だったりするのかな?」
「はい。当たり前のことをバカみたいに聞き返さないでください。それでもこの町の領主ですか? オベール様の本日のご予定は既に終わっていて、時間の余裕は大いにあるのですから、契約書を3枚くらい作成するのは造作もないですよね?」
「さ、3枚もかい? いや、でもねセシル君。複写機とかの魔道具は故障していて今は使えないのだけど……」
よっぽどやりたくないのか苦笑いを浮かべながら尋ねてきたオベール様に対して、私はニコリと笑みを浮かべながら言葉を返した。
「はい、その辺りの事情も全て理解しております。ですから、ちゃんと全部手書きでやってください。今から真面目に取りかかれば、オベール様の集中力でも余裕をもって本日中に書き終われるはずです。大変だとは思いますが頑張ってください」
そう言い切り、暫く有無を言わさぬように無言の圧を放っていると、やがてオベール様は観念したようにカクンと肩を落としながら、渋々とディラルト様達との契約書の作成に取り掛かったのだった。
◇
静かになった応接室にカリカリとペンを走らせる音と、ぱらりぱらりと紙をめくる音だけが響く。
「…………」
オベール様がソファから机に移動して真面目に契約書の作成を始めてから、早くも1時間以上が経過していた。
私は眼鏡をかけながら応接室のソファに静かに座って、執務室の方から持ってきた目を通しておかなければならない大量の書類を片付けていた。
「そういえばだけど、フィリア君達の方は今頃何をしているんだろうね。困った事とか起きていないといいんだけど……」
すると、ついに集中力が切れたのかペンから手を離したオベール様が私に声を掛けてきた。
「さぁ、フィリア様たちが何をしているのかは流石に私も分かりません。ただ、何かあればこの部屋に来るようにディラルト様には伝えていますから、彼らが来ないという事は何も問題は起きていないのではないでしょうか」
オベール様の問いかけに対して、私は書類を見つめたまま言葉を返した。
だが、そう言いきった途端に誰かが廊下を走ってこの部屋に向かってくる気配を感じて顔を上げた。
この気配は……フィリア様ですね。かなり慌てた様子で走っているという事は何か問題でもあったのでしょうか。
私は小さく溜息を吐いてから扉の方に視線を向け、オベール様に声を掛けた。
「申し訳ありませんオベール様。今の言葉を訂正させていただきます。残念ながら何も問題が起きなかった訳ではないようです」
「……な、なんだって?」
オベール様がそう呟いた次の瞬間、バンッと勢いよく部屋の扉が開き、
「たっ、大変です! オベールさんとセシルさん!」
慌てて廊下を走ってきたせいなのか、息を荒くしたフィリア様が部屋に入ってきたのだった。
最初何故か第三者視点で書ききってしまって、慌ててセシル視点に修正したのでミスとかあったらすみません
サブタイは何も浮かばなかったので適当に決めました
余談ですが本作の総合評価が1500ptを突破してました
ありがとうございます!




