第48話 領主からの依頼 4
「ご、合格……ですか? それってどういう意味で……」
オベールさんの言葉を聞いて、思わず気の抜けた声が出てしまう。
合格とは一体どういう意味だろう。俺達はまだ簡単な自己紹介しかしていない気がするのだが……。
「あぁ、君達にはこの町で魔術師として働いて貰いたいと思っているんだ」
すると、オベールさんは両手を顔の前で組みながら話を切り出してきた。
「君達もフィリア君から既に聞かされていると思うけど、今この町には"魔術師"というものがフィリア君を除いたら1人残らず居なくなってしまった状況になっていてね。魔道具を点検したり、修理することが出来る人材が居なくなってしまったお陰でかなり困ったことになっているんだ」
「えっ」
「魔術師が……」
「居なくなった、ですか……?」
この町の状況を何も知らなかった俺達3人は、やれやれといった様子でオベールさんが口にした言葉に対して、仲良く揃って目を丸くしながらポカンとするしかなかった。
は、初耳なんですけど……そんな事情。
この町に着いた時に、冗談のつもりで魔術師が居なくなってたり〜とかいう話を3人でしたけど、本当にそんな事になっちゃってたのこの町……。
っていうか、だからフィリアの部屋には魔道具の本がいっぱいあったのか。
「おや、その反応だと……フィリア君からは何も聞いてなかった感じかな?」
「あ、あの、一体何があってそんな魔術師が居なくなるような事になったのですか……?」
この町のとんでもない事情を聞かされて言葉を失っていると、一足先に我を取り戻したリサラがオベールさんに恐る恐る尋ねた。
「うん。それがどうやらオルファンの方で魔術師をかなり大々的に募集しているみたいでねー。その募集にこの町の魔術師はみんな乗っかってしまった感じなんだよ」
そう言い終えたオベールさんは「はぁ……」と大きな溜息を吐きながら肩を落とした。
どうやらこの町から魔術師が居なくなった原因は、ここから北西にある町オルファンにあるらしい。
オルファンといえば、エルメイン王国西部に位置する町で、「ダンジョン」という古代遺跡を中心としており、多くの冒険者などが集まる町でもある。
王国内の中でも特に人流の多い町で魔術師を募集するだなんて、一体何が目的なのだろう。
そんな事を考えていると、今度はカティアがオベールさんに尋ねた。
「この町から魔術師が居なくなっちゃった理由は分かったけど、なんでフィリア以外の魔術師は誰も居ないの? 流石にいくら宮廷魔術師って言っても、1人だけでどうこう出来るような規模の問題じゃないと思うんだけど……?」
「あ、あぁー、うん……。それに関しては色々と問題が起きたというか、頼りにしていた当てが外れてしまったというかだね……」
普段の口調に戻ったカティアの質問に対して、オベールさんは頬を掻きながらかなり困った様子で言葉を濁し始めた。
「……つまり、どういう事?」
「その事に関しては、オベール様の代わりに私の方から説明させていただきます」
すると、その様子を見かねたのか、オベールさんの横で静かに座っていたセシルさんが口を開いた。
「まずカティア様の質問に関してですが、数日前までこの町にはフィリア様以外に、王都の魔導研究所から派遣された魔術師が数名いらっしゃいました」
「えっ。ま、魔導研究所……?」
オベールさんから話のバトンを引き継いだセシルさんの口から出てきた「魔導研究所」という単語を聞いて、カティアだけでなく横で話を聞いていた俺とリサラも、この後の話に身構えるようにピクッと体を強張らせた。
「はい。実はひと月ほど前にフィリア様がこの町に派遣されて来たのですが、その時に「魔道具に関しては素人同然」だという事を話していただき、オベール様とも話し合った結果、王都から新たに"魔道具に精通している魔術師"を数名派遣して貰い、フィリア様にはその方々のサポートに回って貰うという話になりました」
「……それでこの町にやって来たのが、魔導研究所の連中って事?」
「はい、その通りでございます」
カティアの質問に答えたセシルさんは一旦そこで言葉を区切り、まるで心を落ち着かせるように一度深呼吸をしてから話を再開した。
「……魔道具の専門家としての働きを期待をしていたのですが、彼等は全く役に立ちませんでした。はっきり言って、この町に来てから独学で魔道具の勉強を始めたフィリア様の方が、彼等よりも遥かに頼りになるというような状況でした」
「あ、あぁ……うん。そ、そんな悲惨な状況だったんだ……」
セシルさんの話を聞き終えて、魔導研究所の色々な実情を身をもってよく知っている俺達は、心の中で乾いた笑いを浮かべる事しか出来なかった。
だが、終わったと思っていたセシルさんの話にはまだまだ続きがあった。
「──それだというのに、彼等はこの町の一部の住民との間で揉め事を起こしたり、魔道具の修理に失敗したり暴走させたりと、問題ばかり起こすので、領主権限で全員を王都の方に送り返しました。以上がこの町にフィリア様しか魔術師が居ない理由になります」
そう言って話し終えたセシルさんが俺達に丁寧に一礼し、オベールさんの方に視線を向けるよう促した。
すると、オベールさんは小さな咳ばらいをしてから、依然として困ったように頬を掻きながらも口を開いた。
「まぁ、こういった事情でこの町は今魔術師にとても困っていてね。そんな時に昨日フィリア君から、フリーで優秀な魔術師が居るっていう話を聞いて、こうして直接会って話をしてみたかったんだ」
「この町で魔術師として働いて欲しいという理由は分かりました。……でも、俺達も魔導研究所に所属していた魔術師ですよ? 王都に送り返した連中と同じように全く役に立たなかったらどうするんです?」
「その時はその時で色々と諦めるさ。その代わり、そうなった場合は新たな魔術師がやって来るまで、フィリア君には無理をしてでも頑張ってもらう事になってしまうけどね」
俺の質問にオベールさんはお手上げだと言わんばかりに両手をあげて、フッと小さな笑みを見せながら答えた。
「へっ、えっ……!? お、オベールさん!?」
オベールさんの冗談なのか本気なのか分からない言葉を聞いたフィリアが隣で驚いた声をあげる。
対するオベールさんは先程までの困った表情はどこへ行ったのやら、ニコニコと楽しそうな表情で俺に尋ねてきた。
「それでディラルト君。改めて聞くのだけれど、この町の魔術師として働いてくれるかな?」
「…………」
俺はオベールさんの問いかけにはすぐには答えずに、隣で不安そうにこちらを見つめているフィリアに一瞬だけチラリと視線を向けて、大きく息を吐き出してから口を開いた。
「はぁ……。お役に立てるかは分かりませんけど、その話引き受けさせていただきます」
「っ……!」
「おぉ、本当かい! それじゃあこれからよろしく頼むよ、ディラルト君!」
俺の返事を聞いたオベールさんは、嬉しそうに俺の手を取ってブンブンと上下に振った。
なんだか向こうの手のひらの上で遊ばれているような気がして少し癪ではあるけれど……。
まぁ、今すぐ町を出て行けとか、拘束される可能性も少しだけ考えてたから、この結果はよかったと思っておこう。そう思うしかない。
心の中で大きな溜息を吐いていると、再びセシルさんがオベールさんに向けて口を開いた。
「オベール様。喜んでいる所申し訳ありませんが、カティア様とリサラ様にも同様の依頼をしないのですか?」
「……と、そうだった! カティア君とリサラ君にも聞くのを忘れていたね。君達はどうかな?」
セシルさんから指摘を受けたオベールさんは上下に動かしていた手を止め、俺の横に座っているカティアとリサラにも同じように声を掛けた。
「うん、いいよ。その話引き受けるよ。フィリアに無理言って一緒について来たのに、事情を聞いて出来ないなんて真似はなんかかっこ悪くて出来ないし。それに、センパイ1人だけに任せるっていうのも色々と不安だから、元部下としてちゃんとサポートしてあげないとね」
「この町の大変な状況を聞かされてしまっては、断る理由は見当たりません。私にもその仕事を引き受けさせてください。それに、カティアの言う通りでもあります。室長1人に任せていたら何かとんでもない事をやらかすかもしれませんから、フィリアさんだけでなく、私とカティアでちゃんと室長を見張ってサポートしてあげた方がいいはずです」
すると、カティアとリサラは二つ返事でオベールさんの依頼を引き受けると答えた。
多少……いや、かなり余計な言葉は多かったけど。というか、問題児のような扱いはちょっと不服なんだけど。
「おぉ、良かった良かった。2人もよろしく頼むよ!」
こうして、俺達3人はフェリトアの町で新しく魔術師として働くことになったのだった。
ちょっと体調を崩したのと、ネット小説大賞一次落ちたショックが合わさって更新遅れてしまいました
申し訳ないですの




