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第46話 領主からの依頼 2

 翌朝。

 フィリアの知り合いらしき人物と会うことになった俺達は、朝食を済ませて宿の1階の食堂でのんびりと寛いでいた。


「フィリアさん、今日はこの宿で待っていれば良いんですよね?」


「うん。たぶん時間的にもそろそろ来てもらえる頃だと思うんだけど……」


 リサラに尋ねられたフィリアが、外の様子を気にしながら呟く。


 昨日の昼食の後、相手方にこちらの予定を伝えにいったフィリアから、今日の待ち合わせ場所などを教えてもらった。

 待ち合わせ場所となったのは、俺達が泊まっている宿である「海の宝石」。

 なんでも向こうから迎えに来てくれるらしく、俺達はこの宿で待っていれば良いとの事らしい。


「あ、ちょうど来たみたい!」


 何かに気付いたフィリアが声をあげ、それに釣られる様に店の外に視線を向けると、店の前に1台の馬車が停まった所だった。


「お姉さん達ならこっちだよ〜!」


「案内ありがとうございます、マリーナ様」


 そして、マリーナと一緒に食堂の方に入ってきたのは、綺麗な長い白髪を黒のリボンで一つにまとめた背筋がピンと伸びたメイドさんだった。

 年齢は俺と同じか、ほんの少し年上だろうか。身長は女性にしては高い方で、落ち着いた佇まいなのも相まって、かなりクールな印象を受けた。


「なんだ、誰が来るのかと思えばセシルの嬢ちゃんだったか」


 厨房で洗い終えた皿を拭いている親父さんの反応をみると、店を訪れてきたメイドさんの事は良く知っているらしい。

 この町では結構有名な人だったりするのだろうか?


「朝早くに失礼します、ガルフ様」


「別にそう畏まる必要なんかねえっての。この時間はだいたいいつも皿洗いとかしてる暇な時間だからな。それよりも、セシルの嬢ちゃんはあっちの嬢ちゃん達に用があるんだろ? 俺になんか挨拶してねえで早く嬢ちゃんの所に行ってやれって」


「……そうでした。本日はそうさせていただきます」


 俺達がいる方を指差した親父さんに小さく礼をしたメイドさんは、クルリと身を翻してこちらにやってくる。


「お待たせいたしました、フィリア様。お迎えに上がりに参りました」


「いえいえ! セシルさん、本日はわざわざ迎えに来ていただいてありがとうございます!」


 フィリアの側にやって来たメイドさんがフィリアに対して頭を下げると、フィリアもイスから立ち上がってペコリと頭を深く下げ返した。

 メイドさんはフィリアから視線を外して俺達の方を向くと、丁寧に礼をしてから静かに口を開いた。


「皆様初めまして。私はセシルと申します。以後お見知りおきを。それでは外に馬車を用意してますので皆様そちらへどうぞ。屋敷の方にご案内致します」


「はい、わかりました! ほら、ディーくんも座ってないで早く馬車の方に行くよ!」


 セシルと名乗ったメイドさんの言葉を聞いたフィリアがビシッと小さく敬礼し、座っていた俺の手を取って外へ向かってぐいぐいと引っ張っていく。


「えっ、お、おい、フィリア。いきなり手を引っ張るなって……!」


 一体何をそんなに急いでいるのかとフィリアに聞く暇もないまま、一足先に俺は店の外に停めてあったかなり立派な馬車の前にやって来た。


 御者の姿は馬車の周囲のどこにも見当たらなかったが、馬車を引く2頭の馬は大人しく主を待っているように見えた。

 馬によっては暴れたりするのもいると聞くが、この2頭の馬はしっかりと躾けられているようだ。


 それからすぐにセシルさんと一緒にカティアとリサラもやって来た。


「お待たせしました。それでは馬車の中へどうぞ」


 セシルさんが扉を開けて、馬車へ乗り込むように俺達に促す。

 フィリア、カティアにリサラと続いて、最後に俺が馬車の中に乗り込むと、セシルさんが扉を閉めようとしたので俺は彼女に声を掛けた。


「セシルさんは馬車に乗らないんですか?」


「私がこちらに乗り込んでしまうと、馬を扱う者が居なくなってしまいますから。お気遣い頂き感謝いたします」


 俺の問いかけにセシルさんはそう答えると同時に、口元に笑みを浮かべながら小さく礼をした。


「えっと、それってつまりセシルさんが御者をするって事ですか?」


「えぇ、私が御者を務めます。ですが心配には及びません。私はメイドですから、馬くらい問題なく扱えますので」


 さも当然といった様子で、セシルさんは胸元に手を当てながらリサラの問いに答えた。

 御者が居ないのはどうしてだろうと思っていたが、セシルさんが御者も務めていたようだった。


 ふと、メイドさんって当然の様に馬を扱えるものなのだろうかという疑問が浮かんだが、俺はグッとその言葉を飲み込みながらカティアの隣に座った。

 セシルさんと交流のあるフィリアが何も言わないという事は、彼女が御者を務めても何も問題ないのだろう。


「それでは出発します」


 そして、俺が席に座ると同時にバタンと馬車の扉が閉められ、御者台に座ったセシルさんが鞭を振るうと、静かに馬車が屋敷を目指して走り出した。




 ◇



 宿を出発してから10分ほど馬車に静かに揺られて、フェリトアの町中を通り過ぎ、俺達は目的地であった屋敷に到着した。


 セシルさんの操る馬車は、今まで乗ってきたどの馬車よりも快適な乗り心地だった。

 問題なく扱えると言ったセシルさんの言葉に嘘はなかった。というか、普通の御者よりも技量があるように感じたくらいだった。


「こ、ここは……」


 馬車から降りた俺達の目の前には、見覚えのある立派で大きな屋敷があった。

 そう。マリーナに町を案内されたときに軽く紹介してもらった()()()()()である。


 どういう事だという言葉を込めた視線を隣にいるフィリアにゆっくりと向けると、フィリアは俺の視線から逃げるようにサッと顔を背けた。

 俺はそんなフィリアの正面に移動し、柔らかいほっぺを両手で掴んで無言で上下に動かした。


「なぁ、フィリア。何か言う事があるんじゃないか……?」


「い、いふぁい! いふぁいよ、でぃーふん! らまっへはほほはあやまふはら、ほっへうにうにしないへ……!」


「……何をされているのですか?」


 フィリアの頬をぐにぐにとしていると、御者台から降りてきたセシルさんに声を掛けられた。

 俺はフィリアの頬からパッと手を離して小さく肩を落としながら、こちらを見て目を丸くしているセシルさんと向き合う。


「余り気にしないでください。ちょっと幼馴染に色々言いたくなってしまっただけなので……」


「ディーくん! ほっぺた千切れるかと思ったよ!」


 すると、俺の言葉にフィリアが頬をさすりながらぷんすかと抗議の声を上げた。


 ほっぺには全く力は込めなかった筈なのだが……。

 というよりも、文句を言いたいのは俺の方だとフィリアに言いたい。


「……成る程、幼馴染ですか。色々と納得しました」


 すると、セシルさんは涙目で頬を撫でているフィリアを一瞥してから、クスリとした笑いをこぼした。


 色々と納得したとはなんだろうか。


「こほん。それでは屋敷の中をご案内させていただきます。皆様、私の後をついて来てください」


 セシルさんは小さく咳払いをして、表情を切り替えながら俺達にそう告げ、屋敷の扉を開けてこちらを振り返ったのだった。

※補足

ディラルト:23歳。170~175cm

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