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第45話 領主からの依頼 1

5章開始です

 ──明日私に付き合って。


 仕事から帰って来たばかりのフィリアは、顔を真っ赤に染めながら、俺の手を両手で包むように握ってきて、まるでデートの誘いとも思えるような言葉を口にした。

 突然のフィリアからの誘いに状況が分からず固まっていると、ハッと何かに気付いた様子でフィリアが慌て始めた。


「っ……!? あっ、ま、待ってディーくん! あの、その……! 今のはその……、でっ、デートの誘いとかじゃなくて……! ええっと……!」


 耳まで真っ赤になりながらフィリアは俺の手に重ねていた手を離すや否や、ブンブンと手を振りながら俺から大きく距離を取って、パニックになったようにおろおろと視線をあちこちに彷徨わせ始めた。


 俺はそんなフィリアに対して、ざわついた心を落ち着かせるように息を吐いてから声を掛けた。


「……ちゃんとその辺りは俺も分かってるっての。とりあえず、フィリアも一度深呼吸でもして落ち着けって」


「う、うん。分かった。そうするね、ディーくん。すぅー、はぁー……すぅー、はぁー……」


 俺の提案を聞いたフィリアはゆっくりと深呼吸をしていき、やがて落ち着きを取り戻した。


「あ、あはは……急に取り乱しちゃってごめんね、ディーくん」


「謝らなくていいって。それで、明日付き合ってほしいって一体何があったんだ……?」


 俺はそんなフィリアに漸く本題を切り出す事が出来た。

 フィリアは少し困った様子で頬を掻き、こちらを上目遣いで伺いながらゆっくりと話し始めた。


「えっと……、その前にディーくんにどうしても聞いておきたい事があるんだけど……。ディーくんって、魔導研究所をクビになっちゃってから新しい仕事先とかはまだ見つけてないんだよね?」


「ん? あ、あぁ、新しい仕事とかは何も探してないぞ。この町にも来たばかりだしな……。それがどうしたんだ?」


 そう答えると、フィリアはホッとした様子で安堵の息を吐き出した。


「良かった〜。ディーくんが新しい仕事先をもう見つけちゃってたら、どうしようって思ったから……。その、実はディーくんに一緒に来てほしい場所があるというか、ちょっと会って欲しい人が居るんだ」


「だから、俺に明日付き合って欲しいって?」


「う、うん……。ダメ、かな……?」


 俺の問いかけに小さく頷いたフィリアは、不安そうな表情を浮かべながらこちらを伺う。


「…………」


 俺はそんなフィリアのお願いに対して、どう答えるべきか腕を組んで悩んでいた。

 漸くあの魔導研究所での地獄のような激務から解放され、この町にはのんびりと過ごすつもりで訪れたのもあって、正直な事を言えばあんまり乗り気はしなかった。


 どうする。ここは嫌だとフィリアにはっきりと断るべきか……?

 詳しい話はまだ何も聞いてないけど、間違いなくこれは面倒事の気配だ。昔からフィリアが俺に頼み事をしてくる時はいつもそうだった。今回もそうに違いないと俺の勘もそう言っている。

 だから、フィリアには悪いが、ここは……。ここは……。


「…………はぁ。分かったよ。とりあえず、フィリアが会わせたいっていう人に会うだけだぞ?」


 悩みに悩み抜いた結果、結局俺はフィリアのお願いを聞く事にした。

 やっぱり、色々と迷惑を掛けてきた長い付き合いの幼馴染からの頼みは断れなかった。


「ほ、ほんと……! ありがとう、ディーくん!」


 大きな溜息を吐きながら答えたというのに、フィリアはそれを特に気にした様子もなく嬉しそうに笑顔を見せて、再び俺の手をギュッと握ってきた。


 すると、ずっと近くで俺とフィリアの会話を静かに聞いていたカティアが話しかけてきた。


「ねぇ。人と会うっていう明日のその用事、私とリサラもセンパイに付いていってもいい?」


「……えっ、私もですか!?」


 まさか自分の名前も出てくるとは思っていなかったのか、カティアの隣にいたリサラが驚いた声をあげた。

 心なしかカティアが少し機嫌悪そうに感じるのは俺の気のせいだろうか。


「えーっと……カティアちゃんとリサラちゃんも一緒に来るつもりなの……?」


「うん、私達も一緒じゃ問題とかあるかな?」


 カティアに尋ねられたフィリアはというと、最初はきょとんとした表情を浮かべていたが、途中から何やら小さな声でぶつぶつと呟き始めた。


「そういえば、あの2人ってディーくんの部下だったんだっけ……。ディーくんの事しか考えてなかったけど、2人も一緒に来てくれる事になったら一気に3人も魔術師が……」


「……おーい、フィリア。さっきから何を呟いてるんだ?」


「はひゃん!? あっ、ああっ! そうだった……!」


 何やら自分の世界に浸りかけていたフィリアに声を掛けると同時に肩にポンと手を置くと、フィリアは驚いたように変な悲鳴を上げながら我に返った。

 そして、ハッと思い出したようにフィリアはカティアの方に慌てて向き直り、両手をパンと合わせて口を開いた。


「カティアちゃんとリサラちゃんが一緒に来るのは私の方としては全く問題ないよ! 寧ろ大歓迎だから!」


「えっ、そ、そうなんだ。……うん、それじゃ明日はよろしくね」


 予想外の返答だったのか、カティアが少し驚いた反応を見せるが、すぐに落ち着きを取り戻した様子だった。

 2人の会話もまとまったように見えたので、俺はフィリアに話しかけた。


「ところで明日はどうすればいいんだ? 待ち合わせの場所とか時間を教えておいて欲しいんだが……」


「あー、えっと……。うん、その辺りはお昼ご飯を食べた後で私が聞いてくるから、ディーくん達はゆっくり待っててよ!」


 フィリアがそう答えると同時に、厨房の方から親父さんの声が響いて来て、昼食の時間になった。

 その後、フィリアに色々と聞こうと思っていたのだが、予定があるだの何かと理由をつけられて、明日の事何も聞けないままその日が終わったのだった。

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