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幕間 飛ばされた宮廷魔導師はある事に気付く

フィリア視点

 作業部屋を出た私はセシルさんに先導されながら屋敷の中を歩く。

 そして、セシルさんはとある部屋の前で立ち止まり、扉を軽くノックした。


「オベール様、フィリア様をお連れしました」


「あぁ、いいよ。どうぞ入ってくれ」


 部屋の中から男性の声が聞こえてくると、セシルさんがゆっくりと扉を開けて、私に部屋の中に入るように促した。

 私は少しだけ緊張して体を強張らせながら室内に足を踏み入れると、窓の外を眺めていた30代くらいの男性がこちらを振り返った。


「やぁ、フィリア君。急に呼び出してしまってすまないね。作業中だったりはしなかったかな?」


 この男性の名前はオベール・グレイラン。この港町フェリトアの領主様である。


「い、いえ、ちょうど作業が終わったタイミングでしたので。それよりも、セシルさんから魔術師の件で話があると聞いたのですが……」


「あぁ、そうだったね。立ち話というのもなんだし、フィリア君もそこのソファに座りたまえ。あぁ、勿論セシル君もね」


 オベールさんはそう言葉を口にすると、窓から離れてソファに腰掛けた。


「は、はい」


「お心遣い感謝致します、オベール様」


 私とセシルさんはオベールさんの対面にあるソファに並んで腰掛ける。

 そして、覚悟を決めながら私はオベールさんの言葉を待った。


「さて、早速本題の魔術師の件に入ろうか。単刀直入に言うと、新たな魔術師の派遣は残念ながら全く目処が立っていない」


「やっぱり、そうですか……」


 オベールさんの言葉を聞いて、私の拳にギュッと力がこもる。

 私一人で作業をするようになってから覚悟はしていた事だけど、実際に言葉として告げられるとかなりショックだった。


「一応今も追加の魔術師を派遣するよう王都に要請はしているのだが、あまりいい返事が返ってくるとは期待しないほうがいいだろうねー。全く、本当に困ってしまうよ……」


 やれやれと言った様子で肩を落とすオベールさんの言葉に、隣に座っているセシルさんが補足するように言葉を続けていく。


「王都から新しく派遣されてくる魔術師がフィリア様のお力になるとは限らないのではないですか? あの魔術師達もそれなりの技量があるという話でしたのに、全くフィリア様の役に立たなかったではありませんか」


「あぁ、うん……。あの魔導研究所の魔術師だから、こちらとしては色々改善すると思ってかなり期待してたんだけどねぇ……。まさか彼らが全く使い物にならないとは思わなかったね」


 2週間前にこの町に派遣された魔術師達を容赦なく酷評するオベールさんとセシルさんに、私は苦笑いを浮かべることしかできなかった。


 どういう経緯でそうなったかというと、私一人だけでは人手が圧倒的に足りなかったので、追加の魔術師を派遣してもらうように王都に応援を求めたのだけど、それでやってきた魔術師達は全くと言って良いほど役に立たなかったのだ。

 寧ろ、新たな問題ばかり起こすので、セシルさんが問答無用で王都に送り返してしまったのだ。


「王都からの応援も特に期待できないとなると、もうこちらでどうにかすべきということになるが……。ここは町の冒険者達にでも依頼をするべきかな?」


「今から依頼をしたとしても、冒険者達への報酬などの交渉だけでかなりの時間がかかるでしょう。そもそもの話、この町の冒険者があの無能魔術師達よりも使い物になるとは限らないのではありませんか?」


「まぁ、あの魔術師達よりも冒険者が使い物になっているのなら、今もフィリア君だけに魔道具の修理などをお願いしていないんだけどもね。はぁ〜、何処かにフリーで優秀な魔術師でもいれば良いんだけどねぇ……」


 話を切ったオベールさんはため息をついて、ソファの背もたれに寄りかかりながら天井を見上げる。

 一方、私の頭の中ではオベールさんが呟いた言葉が引っかかっていた。


「現実的に物事を考えてください、オベール様。そのような魔術師がいる筈ないではありませんか。仮にもしいたとしても、それは魔術師自身が何か致命的な問題を抱えているか、大きな問題を起こした場合ではありませんか?」


「いやまぁ、全くもってセシル君の言う通りなんだがね。この町の状況だと無い物ねだりだってしたくなるだ──」


 フリーで、優秀な魔術師……?


 その言葉を聞いて、私の頭の中に幼馴染の彼の事が浮かんできた。


「あっ……! あぁあああああああああ〜っ!」


 頭の中で今朝のやり取りを思い出した瞬間、2人の会話を半分聞き流していた私は大声を上げるとともにソファから立ち上がった。


「……突然大きな声をあげてどうされたのですか、フィリア様?」


「えっ? あっ、す、すみません!」


 セシルさんから声を掛けられて我に返った私は、驚いた表情を浮かべているオベールさんとセシルさんに慌てて頭を下げた。

 そして、ソファに座り直した私は恥ずかしさで胸がいっぱいになりながらも、2人に大きな声を上げてしまった理由を説明していく。


「えっと、実はその、ちょうど今フリーで優秀な魔術師がこの町にいるのを思い出したんです。それでつい大きな声をあげちゃって……」


「それは本当かい、フィリア君。この町にいる魔術師はもうフィリア君だけだと思っていたんだが……」


「真面目なフィリア様の事ですから嘘や冗談ではないと思いますが……。一応、そのような魔術師がいるという話で進めますが、その方からの協力は得られそうなのですか?」


 私の言葉を聞いたオベールさんとセシルさん半信半疑といった様子でこちらに視線を向けてきた。

 そんな2人の視線をしっかりと受け止めながら、私は自信を持って口を開いた。


「きっと大丈夫です。なんだかんだ文句は言うと思いますけど、彼は絶対に手伝ってくれると思います。私が困ってるときは必ず助けてくれた優しい人ですから……」


「ふむ、そういう事なら早めに動いた方がいいかな。フィリア君、今日はもう午後の作業はやらなくていいから、その魔術師にこの屋敷に来るよう伝えてくれるかな?」


 すると、腕を組んで何か考え込んでいたオベールさんが声をあげた。


「は、はい! ……えっと、日時の方はどうしましょう?」


「それは魔術師君の明日以降の予定に任せるよ。最近の私の仕事はこの部屋のイスに座って、書類とにらめっこして印を押すくらいだからね。なるべく早い方がいいけれど、明日でも明後日でもいつでも問題ないよ」


「分かりました!」


 オベールさんにそう元気よく返事をして、私はソファから立ち上がって部屋を出た。

 すると、私と一緒に部屋を出たセシルさんが私に話しかけてきた。


「フィリア様。もしオベール様と面会をする日時が決まった場合はお手数ですが、面会の日の前日かその日の午前中のうちに私の方に連絡をいただけますか? オベール様はあのような事を言っておりましたが、領主という立場の名目上、最低限の準備はしておきたいのです」


「あ、そうですよね……。分かりました。日時が決まったらセシルさんに伝えに来ます」


「ありがとうございます、フィリア様」


 そんなやり取りをセシルさんとして、私は「海の宝石」に向かった。

次話は主人公視点に戻ります

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