幕間 飛ばされた宮廷魔導師の一日
フィリア視点
◇◇◇
ここは港町フェリトアの領主の屋敷の中のとある一室。
仕事場として与えられた広めの室内で、私は朝から一人で壊れてしまった魔道具の修理をしていた。
「慎重に、慎重に……」
細心の注意を払いながら、私は事前に複写しておいた術式に一定の魔力を流し込み続け、少しずつ少しずつ術式を動かして丁寧に重ね合わせていく。
魔道具の修理において、この作業が最も気が抜けないとても大事な作業である。
ここで少しでも術式同士がズレたり、流し込む魔力の量が乱れたりしたら最初からやり直し。数時間分の作業が水の泡となるので、本当に気を付けないといけなかった。
「はぁあ〜、なんとか失敗しないで無事に終わったぁ〜……!」
なんとか無事に術式を重ねる事に成功した瞬間、私は大きく息を吐き出しながら力尽きたように目の前の机に突っ伏した。
この術式を重ねる作業、ずっと集中していないと簡単に失敗してしまうので本当に疲れるのだ。
今も私の頭からはぷしゅーっと湯気が出ているんじゃないかと思ってしまうくらい全身が熱を持っていた。
「もっと早く、正確に出来るようにならないといけないのにな……」
この港町フェリトアに飛ばされてから気付けば早くも1ヶ月近くもの月日が経っていた。
今までやった事のなかった魔道具の修理を任されてから最初の2週間くらいは失敗続きで、全てが手探り状態で片っ端から魔道具の本を読み漁り、最近になってやっと失敗ばかりで1日を終えなくなってきたのだ。
「こんな難しい作業、あと何回やれば慣れるんだろう」
依然として机に突っ伏したまま、私はため息と共に体の力を抜いていく。
もう何十回と魔道具の修理作業は行っているけれど、今日の様に無事に終わるよりも失敗する方が圧倒的に多いし、この作業に慣れる感覚も自信も全く湧いてこなかった。
「でも、今日は今までと違って落ち着いて出来た気がするな……」
壁に掛かった時計に視線を向けると、時刻はちょうどお昼を迎える時間。
いつもだったらお昼を迎えるまでに2、3回は平気で失敗しているのに、今日は1回も失敗しなかった。正直奇跡と言っていいと思う。
「やっぱり、ディー君に会えたからかな」
久し振りに再会した私の幼馴染。
いつもなら失敗ばかりの魔道具の修理が、今日だけは全部上手くいったのは、きっとディー君に会えたからだろう。
エルメイン王城で港町フェリトアに向かうようにと命じられた時は、もう彼と会えないかもしれないと思っていた。だから、彼とこのフェリトアの町で再会出来た時は素直に嬉しかった。
……まぁ、とっても可愛い女の子2人と一緒にいるのにはちょっと驚いちゃったけれど。
「ふふっ」
ふと、宿を出る時にした彼とのやり取りを思い返して、自然と笑みが溢れてしまう。
これからは昔みたいに一緒にご飯を食べたり、今朝みたいなやり取りだって毎日出来るのだ。そう考えたらなんだか元気が出てきた。
午後からも魔道具の修理を頑張ろう。そう胸の中で小さく決意した時だった。
「──今日はいつもと違って随分とご機嫌ですね、フィリア様。何か良いことでもありましたか?」
「はにゃん!?」
背後からいきなり声を掛けられて、私は慌ててその場で飛び上がった。ガンッと机にぶつけてしまった膝がとても痛い。
「あらあら、どうやら驚かせてしまったようですね。申し訳ありませんフィリア様」
机にぶつけた膝を抑えながら後ろを振り返ると、そこには頬に手を当てて申し訳なさそうにしている白髪の綺麗なメイドさんがいた。
「い、いきなり背後から気配を消したまま話しかけないでくださいよセシルさん! びっくりしたじゃないですか!」
彼女の名前はセシルさん。この町の領主様の秘書を務めているメイドさんである。
「私はメイドですから。気配くらい簡単に消せないといけません」
そう言ってセシルさんはこちらにニコリと笑顔を見せる。
……メイドさんって気配を消せないといけない場面があるのだろうか。
と、そこで私はある事に気付いた。
「あ、あの、ところでセシルさんはいつからこの部屋に居たんですか……?」
恐る恐る尋ねると、セシルさんは喉の調子を整えるように小さく咳払いをしてから口を開いた。
「こほん、そうですね。フィリア様が「はぁあ〜、なんとか失敗しないで無事に終わったぁ〜……!」という言葉を口にすると共に勢いよく机に突っ伏された辺りからでしょうか」
「そっ、そんな早くからこの部屋に居たならもっと早く声を掛けてくださいよぉ……!」
私の声を完璧に真似してみせたセシルさんに対して、私はイスから立ち上がりながら抗議の声を上げる。
気配を消せたり、声帯模写が出来たり、他にも色々な事が出来て、本当にこの人はなんでメイドさんをしているんだろうと思ってしまう。
すると、ペコリと頭を下げたセシルさんが新たに話を切り出した。
「今後はそのように気を付けさせていただきます。ところでフィリア様、オベール様が先日の魔術師の件で重要なお話があるそうです。なので、私について来てください」
「わ、分かりました!」
魔術師の件。
セシルさんからその言葉を聞いて、私は慌てて軽く身嗜みを整えてから部屋を出た。
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