第36話 嵐のような看板娘 2
最初で躓いて何十回も書き直してたら遅れました
「そ、そう! マリーナちゃんはいいのかもしれないけど、ディーくんの意見もちゃんと聞かないとダメじゃないかな? お互いが合意していないなら、それは恋人とは言えないと私は思うよ! うん!」
人差し指をピンと立てながらフィリアはマリーナに諭すように話しかける。
俺はちょうど良いと思って、それに続くようにマリーナに声をかけた。
「フィリアもさっき言ってたけど、俺とマリーナはまだ出会ったばかりでお互いの事を全く知らないでしょ? そんな状態で恋人になるのは、流石にちょっと難しいかなって俺は思っちゃうかな……」
それを聞いたマリーナは俺の腕を抱きしめていた力を緩めながらこちらを見上げ、しょんぼりと落ち込んだ様子で口を開いた。
「……確かにお姉さんとお兄さんの言う通りだね。1人で勝手に盛り上がっちゃってごめんね、お兄さん」
「俺は怒ってなんかいないからそんな謝らなくていいよ。……まぁ、いきなり恋人にどうって言われたときは凄くビックリしたけどね。えっと、どうしてマリーナは俺の恋人になりたいって思ったの?」
「それはね──」
マリーナが理由を説明しようとした途端、ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン……と大きな鐘の音が3回続けて聞こえてきた。
俺だけでなくカティアやリサラも顔を上げて、鐘の音が聞こえてきた方向に視線を向けた。
「この鐘って……?」
恐らく時間を知らせる為の鐘の音なんだろうけど、そもそも今って何時頃なのだろうか。
フィリアと一緒に部屋を出た時に時計を見ておけば良かったかもしれない。
そう思いながら俺は食堂の中を見回して、壁に掛かっていた時計を確かめると、どうやら今の時刻は朝の9時ちょうどのようだ。
「も、もうそんな時間になっちゃったの!? 急がないと仕事に遅刻しちゃう……!」
すると、鐘の音を聞いたフィリアは慌てた様子でお皿に残っていた朝食を口の中に放り込んでいく。
そんなに一気に口の中に食べ物を入れていって大丈夫なのだろうか。
「んうっ……!? んっ、んぅ~!!」
……なんて事を思っていたら、案の定フィリアは食べ物を喉に詰まらせたらしい。
ついさっきフィリアが問題なんか起こすわけないと言ったが、この光景を見てたら急に不安になってきた。
「そんな一気に口の中に詰め込むからだぞ……。ほら、大丈夫か?」
苦しそうに何度もトントンと胸を叩いているフィリアに水の入ったコップを渡すと、それを受け取ったフィリアは一気にぐいっとあおっていった。
「んく、んくっ……ぷはぁ! はぁ、はぁ……はふぅ。あ、ありがとディーくん」
「礼なんかいいって。それより急がないと遅刻しそうなんだろ? 早く支度とか済ませた方がいいんじゃないか?」
「あっ、うん。そうするね!」
そう言って、フィリアは急いで2階の部屋に戻っていった。
「ご馳走さんっと……。マリーナ、お前もさっさと朝食済ませろよな。俺は先に洗い物とかしてるから、兄ちゃん達にこれ以上迷惑掛けてねえで早めにこっちを手伝えよ?」
俺の恋人云々の話で盛り上がっている間、一人で黙々と朝食を食べていた親父さんがマリーナに声を掛ける。
「わ、分かってるよお父さん……! ちゃんと手伝うし、お兄さん達に迷惑はかけないもん!」
「……あぁ、兄ちゃん達は急がなくていいからのんびり朝食を食べてていいぞ。皿はマリーナに押し付けてくれて構わねえからな」
朝食を食べ始めたマリーナの抗議の声を軽く聞き流しながら、親父さんは空になった食器を重ねながら俺達にも言葉を掛けてきた。
「あっ、はい。分かりまし……」
親父さんに返事をしている途中で、2階からドタバタと音を立てながら仕事用らしき荷物を手にしたフィリアが姿を見せた。
「あっ、今日も朝食ご馳走様でした! 美味しかったです! それじゃあ行ってきます!」
「おう、ありがとな。気を付けて頑張れよ嬢ちゃん!」
「頑張ってね、お姉さーん!」
そのままマーメイ親子に挨拶を終えたフィリアは仕事場に向かう……のかと思ったら、何故かフィリアは俺の所にやって来た。
「……えっと、行ってくるね? ディーくん」
そう言って、フィリアは少し照れた様子で遠慮がちに声をかけてきた。
一体どうしたのかと思ったら、どうやら俺とも挨拶をしておきたかったらしい。
そんな事してないで、早く仕事場に向かった方がいいと思うのだが……。
「あぁ、行ってらっしゃい。気を付けろよな」
「う、うん! 行ってくるね、ディーくん!」
軽く手をひらひらと振りながら挨拶を返すと、フィリアはぱあっと嬉しそうに大きく頷いた。
そして、こちらに手を振りながらフィリアは出ていったのだった。




