第34話 朝食の時間 2
「そんじゃ、いただきます」
「いっただっきまーす!」
「「いただきます」」
親父さんとマリーナに倣うように、俺達も手を合わせてから朝食に手を伸ばした。
「っ……う、うまいっ!」
早速焼き立てのバゲットを一口食べて、思わず感動の声が飛び出した。
外はカリッとしていて、中は信じられないくらいもちもちふわっふわで、仄かに小麦の香りがスーッと鼻を通り過ぎていく。
「昨夜の嬢ちゃん達の反応もそうだったが、ちょっと大袈裟過ぎじゃねえか? 特別な食材とかは使ってねえ普通のバゲットだぞ?」
そんな俺の反応を見たマリーナの親父さんがパンを齧りながら少し呆れた様子で呟いた。
「さっき他のテーブルの片付けしてる時にお兄さん達の会話が少し聞こえちゃったけど、お兄さん達って王都に居たんだよね? うちが出してるのよりずっと良いのを王都のお店でいっぱい食べたりしてきたんじゃないの?」
「あぁ、うん。一応王都には居たんだけど、俺達はまともに食事なんかしてる暇なんて無かったからなぁ……」
マリーナの質問に対して苦笑交じりにそう答えながら、俺は魔導研究所でのアホみたいに忙しかった日々を思い返す。
「えっ、そうなの?」
「次から次へと仕事が舞い込んできたというか、無理やり仕事を押し付けられてましたからね。本当に休む暇も全くなくて、寝る時間も惜しんで毎日働き続けてましたよ。はぁ……」
俺の言葉に補足を入れるような形でリサラが話を引き継ぎ、研究所での日々を思い返しただけで疲れてしまったのかガクリと大きく肩を落とした。
「え、えっと、大変だったんだねお兄さん達……」
「まぁ、今はもうその仕事をクビになっちゃったから、寝る時間を削ったりする必要もなくなったからとっても気楽ですよ。3食食べれて規則正しく寝れる。悠々自適って奴ですね〜」
カティアが大きく体を反らすように伸ばし、ふぅと息を吐きだす。
「クビになったって……兄ちゃん達は王都で何の仕事してたんだ?」
「あぁ、王都の魔導研究所ですよ」
「ま、魔導研究所だと……!?」
マリーナの親父さんからの質問にそう答えた瞬間、親父さんは驚きの声をあげた。
あ、あれ、俺は何か変な事を口にしてしまったのだろうか……?
「ねぇねぇ、お父さん。その魔導研究所ってそんな驚くくらい凄いとこなの?」
真正面に座っている親父さんに向かって、マリーナが興味津々といった様子で尋ねる。
「凄いも何も、俺達が普段使ってる魔道具とかは全部その魔導研究所が生み出してんだ。大きく言っちまえばこの国の心臓みてえな場所だ。そんな場所で働くなんざ相当能力がなきゃ出来ねえよ」
「へ~……って事は、お兄さん達ってとっても凄い人達なんだね!」
「まぁ、今はそこをクビになっちゃったから私達はただの無職だけどね〜。もぐもぐ」
親父さんの話を聞いてキラキラとした視線を俺達に向けるマリーナに対して、ベーコンを食べていたカティアが雑に答えた。
「どうしてお兄さんたちはその研究所をクビになっちゃったの? 寝る間も惜しんで一生懸命働いてたんだよね?」
「んー……それを説明するにはちょっと話すことが多すぎるからまたの機会でいいかな? 流石に今から話してたら結構な時間がかかっちゃうだろうからね」
「そっかー……。それじゃあ、今度時間があるときに王都の事とかも色々と教えてよお兄さん。王都のお話なんてそうそう聞けないし!」
「あぁ、俺で良ければいつでも聞いてよ」
「センパイじゃなくて私やリサラに聞くのでもいいですよ。センパイはほとんど研究室に引きこもって魔道具ばっかり弄ってましたから、私達の方が王都の色んな話が出来ますよ」
マリーナにそう答えると、横からカティアが口を挟んできた。
お前も俺と同じように研究室で魔道具ばっかり弄っていただろと言いたくなったが、ぐっと言葉を飲み込んで我慢した。
異性の俺よりかは同性のカティア達の方がマリーナも話が弾むだろうと思ったからだ。
「ホント! それじゃあ、お姉さん達にも色々な事聞いちゃうね!」
カティアの言葉を聞いたマリーナは嬉しそうにパンっと手を合わせながら言葉を返す。
「おい、マリーナ。王都の話を聞くのはいいが、店の仕事はサボるなよ? サボったら分かってんだろうな?」
「そんなの分かってるってー。ねぇねぇ、それよりお兄さんお兄さん!」
親父さんの注意を軽く聞き流すようにマリーナは返事をし、そのままマリーナは何故か俺の隣に椅子ごと持ってきて、再び目を輝かせながら何かを期待するように話しかけてきた。
何だろう。急にこの子から物凄い面倒事の気配を感じてきた。
そして、俺のその予感は間違っていなかった。
「ちょっと気になったんだけど~、お兄さんって今恋人とかっているの?」
上目遣いでそう尋ねてきたマリーナに対して、俺の頭の中は完全にフリーズしてしまった。




