第28話 再会の幼馴染 3
「フィリア。ちょっと手を離して」
「んぅ、やぁ……らぁ……」
「はいはい、やだじゃない。我儘言うなっての。よい、しょっと……!」
腰に巻き付くようにぴったりと抱きついていたフィリアの手をなんとか引き剥がし、そのまま眠っているフィリアを背負って起こさないように、俺は出来る限り慎重に立ち上がる。
「客なのに嬢ちゃんを任せちまう事になって悪いな、兄ちゃん」
「さっきも言いましたけど謝らなくていいですって。フィリアが連日迷惑かけてたみたいですし、俺も運ぶ相手がフィリアじゃなかったら絶対に断ってましたからねっと……!」
申し訳なさそうに声を掛けてきたマリーナの親父さんに、俺は体勢を整えて肩越しにフィリアの様子を伺いながら言葉を返す。
そして、カティアとリサラの方を振り返って声を掛けた。
「カティアにリサラ。ちょっとこの酔っ払いを部屋に運ぶ事になっちゃったから、2人は先に料理とか頼んで食べちゃっててよ。俺もなるべくすぐに戻るから」
「なるべく……って、その人をベッドに寝かせてくるだけではないのですか?」
すると、怪しむような視線をリサラがこちらに向けてくる。
「えっ、あぁー……。別にフィリアに変な事とかは何もしないって。ただベッドに寝かせて様子が落ち着くまで面倒見るだけだよ」
「随分とその人には優しいんですね、センパイ」
「別にそんな事はないと思うけど……。まぁ、一応フィリアとは幼馴染で長い付き合いだからってのはあるかもね。今までフィリアには色々と巻き込んだり、たくさん迷惑はかけてきたし……」
「んぅ、ディーくん……おさけぇ……」
「フィリアはもう十分お酒を飲んだだろ。全く……」
背中に背負っていたフィリアがより密着するように俺の首に回した腕に力を込め、それを見たカティアが少し拗ねたように頬を膨らませる。
「むぅ……戻ってきたら色々と聞かせてもらいますからね、センパイ」
「わ、分かったよ……。それじゃ、俺は2階に行ってくるから!」
2人にそう答えて、俺は逃げるようにフィリアを背負い直して2階に向かった。
◇
「はぁ……ほら、フィリア。ベッドに着いたぞー」
「う、うぅ〜……」
マリーナから渡された鍵を使って部屋に入り、背負っていたフィリアを奥にあるベッドに静かに寝かせる。
「さて、と……んっ、んんーっ!」
久し振りに再会した酔っ払い幼馴染をベッドに寝かせた俺は、ぐーっと体を大きく伸ばしながら部屋の中を見回す。
部屋の内装は至ってシンプルで、シングルベッドが間隔をあけて2つ並んで置かれていて、あとは窓の前にフィリアの私物らしき大量の本が積み上がっている机がある程度だった。
俺達が泊る部屋もこの部屋と同じ感じなのだろうか。
それだったらカティアとリサラをベッドに寝かせて、俺は適当に窓際の空いているスペースで寝袋で寝ればいいかもしれない。
そんな事を考えながら、俺は机の上に置かれていた本が気になっていくつか手に取ってみた。
「これは……魔道具の術式についての本か。こっちの本は術式の構築理論、こっちは魔道具の解析方法、これは術式の応用方法……?」
机の上に置かれていた本は全て魔道具に関連した書籍だった。
初心者向けの入門書のような本から専門的な本まで、集められるものはすべて集めてきたと言わんばかりの数だった。
「なんでフィリアが魔道具の専門書なんか大量に読んでるんだ……?」
ベッドで寝ているフィリアの方を振り返る。
すると、ベッドに寝かせていたフィリアが体を起こそうとしていた。
「ん、うぅ……」
俺は手にしていた本を机の上に戻して、ベッドの真ん中にちょこんと座ったフィリアの側に向かう。
「フィリア。どうしたん──」
「うぅ~……! あーつーいー!」
そして、フィリアに声を掛けようとした瞬間、パチンという音と共にフィリアが身に着けていたローブを俺に向けて投げ捨てるように放り投げた。
「……。おい、俺が居るのを忘れてるんじゃ……」
バサっと目の前を覆うように俺の頭に降りかかってきたフィリアのローブを退かして、フィリアに注意をしようとした俺は、視界に入ってきた光景に固まってしまった。
「はふ〜……んぅ、でもまだあつ~い」
「な、んなっ……!?」
ローブを退かした先では、フィリアがローブだけでなく、身に着けていた衣服まで脱ぎ始めていた。
「お、お前、何して……!? って、これ以上はもう脱ぐな……!」
既にスカートを脱ぎ終えて下着姿になろうとしているフィリアの側に慌てて駆け寄って、ボタンを全て外し終えた白のシャツを脱ごうとするフィリアの手を抑えにかかる。
「やーだぁ、暑いから脱ぐのー!」
「脱ぐのじゃない! く、くそっ、いったい何処にこんな力があるんだこいつ!?」
しかし、フィリアはその細い腕からは信じられないような力で、俺の手を振り解こうと駄々をこねるようにもがく。
「こ、こうなったら……! スリープ!」
これは力で抑えるのは無理だと判断した俺は、魔法で強引にフィリアを眠らせる事にした。
のだが……。
「──リフレクト!」
「なっ……!?」
酔っ払っていたはずのフィリアは、完璧なタイミングで反射の魔法を唱えた。
まるで時間が止まり始めたように、俺がフィリアに向けて放った睡眠魔法がゆっくりとこちらに跳ね返ってくる。
あぁ、フィリアを強引に眠らせるんじゃなくて、普通に酔い覚ましの魔法を唱えれば良かった。
それに気付いた時には、もう全て手遅れで……。
「う、ぐぅ……」
俺は跳ね返ってきた魔法による睡魔に抗いきれずに、フィリアと一緒のベッドで力尽きたように意識を手放したのだった。




