第27話 再会の幼馴染 2
「っ……! つぅ、いてて……」
幼馴染であるフィリアに正面から勢いよく抱きつかれて、もろに背中を強打したせいでうめき声が漏れる。
「おい、フィリア……。起きれないからちょっと退いてくれ」
俺はなんとか上半身を起こして、お腹の上に居座っているフィリアの体を小さく揺らす。
しかし、当のフィリアは俺の上からピクリとも動こうとしない。
「……フィリア? おーい……。おーい、フィリア~?」
先程よりも強めの力で揺すりながら俺は再びフィリアに声を掛けるが、いくら声を掛けてもフィリアは俺の上から動こうとしなかった。
というよりも、これはもしかして……。
「すぅ、すぅ……えへへ、ディーくぅん……」
俺の予想通りというべきか、腰に抱きついているフィリアを暫く見つめていると、気持ち良さそうな寝息と寝言が聞こえてきた。
「…………」
こいつ、完全に寝てやがる。
というか、なんでもう寝てるんだ。俺に抱きついた瞬間に眠ったとでもいうのだろうか。
怒鳴りたくなった気持ちを抑えて、内心フィリアに呆れていると、側にやって来たマリーナがこちらを覗き込むように前屈みになりながら声を掛けてきた。
「ねぇねぇ、お兄さん。今のやり取りを見た感じだと、お兄さんとお姉さんって知り合い同士なの?」
「えっ。あぁ、うん。フィリアとは小さい時からの付き合いなんだ」
小さい時からの付き合い。
そう答えた途端にマリーナの目の色が変わった。……主に面倒臭そうな方向に。
「小さい時から……! ねぇねぇ、それってあれだよね! 幼馴染ってやつだよね! ということはさ、お兄さんとお姉さんは恋人関係だったり──」
「お前は客を困らせてどうすんだバカ」
こちらにぐいと距離を詰めてきて矢継ぎ早に飛んでくるマリーナの言葉に困っていると、それを見かねたマリーナの親父さんがマリーナの頭に拳を勢いよく振り落とし、ゴツンと鈍い音が鳴った。
「っ〜〜〜!? いった〜い!」
拳を落とされたマリーナは頭を押さえ、涙目になりながら後ろを振り返った。
音もそうだがあれは相当痛そうだ。
「いきなりうちのバカ娘が悪かったな、兄ちゃん。こいつは母親譲りの美人な見た目をしてるんだが、中身の方はなんとも言えねえっていうかバカなんだ。全く、誰に似ちまったんだか……」
マリーナの抗議の視線を完全に無視しながら、厨房から出て来たマリーナの親父さんはやれやれといった様子で額を押さえた。
「あぁ、いや、別にそんな謝らなくていいですよ。俺は全く気にしてないので……。それよりもこいつ……フィリアはどうすればいいですかね?」
俺は気持ちよさそうに寝ているフィリアの銀髪を優しく撫でながら、マリーナの親父さんに問いかける。
「ん? あー、嬢ちゃんか……。もう完全に寝ちまってるならさっさと部屋に運んでやるべきなんだが、どうするか……」
「フィリアが酔いつぶれちゃったりしたときはいつもどうしてたんです?」
「いつもは仕事終わりのマリーナに運ばせてたぞ。流石に野郎の俺が酔い潰れた嬢ちゃんを部屋まで運ぶわけにもいかねえからな」
俺の質問に腕を組んでいた親父さんはマリーナを指差しながら答え、そのまま困った様子で頬を掻きながら言葉を続けていく。
「ただ、今日はまだ店仕舞いする時間じゃねえし、今からマリーナに持ち場を離れられるのも困っちまうんだよな……」
「……ですよねー」
親父さんの言葉にがっくりと肩を落としながら、俺は再び眠っているフィリアに視線を戻す。
そんな時、マリーナが名案を思い付いたみたいに口を開いた。
「それだったら、お兄さんがお姉さんを部屋に連れてっちゃえばいいんじゃない?」
「えっ?」
「……そういや、嬢ちゃんと兄ちゃんは幼馴染って言ってたな」
マリーナの提案を聞いて、どこか納得した様子で頷き始めるマリーナの親父さん。
何だろう。なんだか俺を置いて勝手に話が進んでいく気配がする。
「お互いに知り合い、しかも旧知の間柄なら部屋に入っても別に問題ないもんな。何かあったとしても、そこは男女の問題って事になるし──」
「えっ、いや、ちょっと……?」
何やら一人で勝手に納得しているマリーナの親父さんに声をかけようとした所で、マリーナの親父さんは視線をこちらに戻して、ポンと俺の肩に手を置いた。
「そういう訳だから、嬢ちゃんのことは兄ちゃんに任せたぞ!」
そして、マリーナの親父さんは親指を立てながらニッと笑う。
強面な見た目も相まってかなりの圧を感じた。
というか怖い。断ったら何をされるかわからないような感覚がした。
「お姉さんの部屋の鍵はこれだよ、お兄さん! 部屋はお兄さん達が泊まる部屋の隣。一番奥から1つ手前の部屋だからね〜!」
そのまま場の雰囲気に流されるまま、パチっとウインクをしてきたマリーナから、俺の手の上にフィリアの部屋の鍵が乗せられる。
「…………」
俺に任せてしまって良いのか……とも思ったが、他にフィリアと知り合いで、なおかつ部屋まで運んで何もしなさそうな人が居ないのも事実だった。
それに、このまま変な場所で寝させ続けて風邪などをひかれるよりかは、ちゃんと部屋のベッドで寝させた方がフィリアの為になるだろう。
「はぁ、仕方ないか……」
俺は渡された部屋の鍵と眠っているフィリアに順番に視線を向け、諦めの溜息を吐きながらカクンと肩を落とした。




