幕間2 何も知らない王女様
◇◇◇
ここは、エルメイン王城にある女性王族専用の浴室。
王族専用なだけあって、空調などは特注の魔道具で室内が一定の温度になるように整えられている。
また、浴室全体の広さもかなりのもので、浴室というよりも大浴場とでもいうべき広さがある。
そんな場所なのだが、現在では第一王女と第二王女であるエレオノーラとリーゼロッテ専用の浴室となっていた。
「今日は随分とご機嫌でしたね、エレオノーラ様。何か良い事でもありましたか?」
「へ、へっ!? そ、そう見えましたか?」
侍女であるソフィに指摘され、髪を洗ってもらおうとしていたエレオノーラはビクッと体を硬直させた。
「えぇ、私の目にはそう見えましたが」
「ソ、ソフィの気のせいではないですか? 私は別にいつも通りですよ」
平静を装うように姿勢を正すエレオノーラだが、かなり動揺しているのは誰の目から見ても一目瞭然だった。
ソフィは目の前に座るエレオノーラから視線を外し、湯船に浸かって寛いでいるリーゼロッテに声を掛ける。
「リーゼロッテ様、エレオノーラ様の機嫌について何かご存知でしょうか?」
声を掛けられたリーゼロッテは、湯船に浸かったまま、寝返りを打つようにごろんとエレオノーラ達の方に振り返り口を開いた。
「エレオノーラ姉様の機嫌が良い理由といったら、そんなのディラルト様以外ありえないですわ」
「っ……!? リ、リーゼ!」
図星だったのか、エレオノーラはリーゼロッテに対して抗議の声を上げる。
それに対して、ソフィは落ち着いた様子で口を開いた。
「あぁ、あの魔術師様ですか。成る程、今日は王城の方にいらしていたのですね」
「もう、ソフィ……。魔術師様ではなくディラルト様ですよ。ちゃんと名前で呼んであげてください」
「いくらエレオノーラ様の頼みだとしてもそれは出来ません。あの魔術師様の事を名前で呼ぶつもりなど私にはありません」
淡々とそう答えながら、ソフィはいつものようにエレオノーラの白金色の髪を洗う為に洗髪剤を慣れた手つきで泡立て始める。
そんなソフィに対して、エレオノーラが前を向いたまま言葉を掛ける。
「ソフィ。前々から思っているのですが、厳しく接するのではなく、もう少しディラルト様と仲良くしたらどうですか? その方が私はいいと思うのですけど……」
「別に私は厳しく接しているつもりは……一応考えてはみます。それではエレオノーラ様、髪の方を洗わさせていただきます」
エレオノーラの提案に一瞬手を止めながら、ソフィはエレオノーラの綺麗な髪を丁寧に洗い始めたのだった。
♢
「はふ~っ」
全身をゆったりと伸ばしながら、湯船に浸かっているリーゼロッテが気持ち良さそうな声を漏らす。
リーゼロッテのすぐ側では髪を洗い終えたエレオノーラが、2人から少し離れた場所では侍女であるソフィが静かに湯船を堪能しているところだった。
「ソフィ、もう少し私達の近くに来ても宜しいのですよ?」
「いえ、私はここで十分ですので」
エレオノーラの誘いをソフィは丁寧に断る。
本来ならここは女性王族専用の浴室なのだが、ディラルトの入れ知恵を利用したリーゼロッテの強い要望で、侍女であるソフィも2人と一緒に入浴する事を余儀なくされていた。
「そういえば、エレオノーラ姉様」
3人仲良く湯船に浸かって暖まっていると、ふと思い出したようにリーゼロッテが側にいるエレオノーラに声を掛けた。
「どうしたのですか、リーゼ?」
「今日ディラルト様と会った時、どうしてお願いを保留にしたのです? あの時素直にディラルト様に甘えてしまえば良かったですのに……」
「な、なっ、リーゼ!? 何を言って……! どうしてソフィが居るのに今それを聞いてくるのですか!?」
リーゼロッテの唐突な問いかけに、エレオノーラは大きく取り乱しながら顔を真っ赤に染める。
すると、少し距離を取っていたソフィが2人の側にやって来た。
「何やら面白そうな話の予感がしますね。リーゼロッテ様、私にもどのようなやり取りがあったのか教えて頂けませんか?」
「ソフィがそれを知る必要はあるのですか!?」
「主君にどのような出来事があったのかを知るのも、エレオノーラ様とリーゼロッテ様のメイドとしての立派な務めですので……。それでリーゼロッテ様、どのような事があったのですか?」
ソフィは涼しげな表情を浮かべながらも、興味津々といった様子でリーゼロッテに尋ねる。
「実はですね……」
「あ、ああっ! リ、リーゼ──!」
ソフィに話を聞かれたくないエレオノーラを他所に、リーゼロッテは今日の出来事をソフィに説明し始めたのだった。
「──成る程、そのような事が……。それでしたら私もその場にいれば良かったですね。惜しい事をしました」
「ううっ、うう〜っ!」
リーゼロッテがソフィに説明を終えると、エレオノーラは湯船の中で恥ずかしそうに体育座りをしながら唸っていた。
「エレオノーラ様、あの魔術師様に何をお願いしようと思ったのですか?」
「そ、そんなの言える訳ないじゃないですか! そ、そんな、あ、うぅ……! の、のぼせてしまったので私は先に上がります!」
ソフィが興味本位でエレオノーラに尋ねると、遂に恥ずかしさが限界を迎えたのか、エレオノーラが勢いよく湯船から立ち上がり、脱兎の如く2人の前から逃げ出したのだった。
「あらら、流石にエレオノーラ姉様の事を揶揄い過ぎたかもしれませんね」
「全く、これはあの魔術師様に文句の1つでも言うべきですかね……。リーゼロッテ様、私達もそろそろ上がりましょうか」
「そうします」
先に出てしまったエレオノーラの後を追うように、リーゼロッテとソフィも湯から上がるのだった。
だが、彼女たちはまだ知らない。
ディラルトが魔導研究所を解雇されてしまい、王都を出て行ってしまった事で、エルメイン城ではもう会えなくなってしまった事を。
ここまでが1章となります
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