幕間1 貴族の企み
書き忘れたというか、パッと思いついたというような話
◇◇◇
「今日はなんとも晴れやかな気分ですね、父上。最高級のワインがいつもより更に美味しく感じられます」
実家でもある自身の屋敷に帰ってきたラウス・ゲッシルーは、父親でありこの国の宰相であるラズミー・ゲッシルーと私室で酒を酌み交わしていた。
魔導研究所の所長室でディラルト達に仕事を投げ返されたときは気が狂ったような苛立ち方を見せていたラウスだったが、屋敷に帰って来た時には機嫌はすっかり直っていた。
「私もだ、ラウス。漸くあの目障りな連中を全て追い出す事ができた。こんなに喜ばしい事はそうそう無いだろう」
利き手に持ったワイングラスを眺めながら、レザーのイスに深く座ったラズミーが、対面に座る上機嫌なラウスに言葉を返す。
既にかなりの量の酒を飲んで酔っているのか、ラズミーの顔はすっかり赤くなっていた。
「本来ならあの平民の男が引き継ぐ前に第七は潰すつもりだったというのに……。あの女め、気まぐれで魔導研究所にやって来たかと思えば、研究室を新たに作って好き勝手やり始めるわ、居なくなる最後の最後まで嵐の様に滅茶苦茶にしていきおって……。おかげで3年だ。第七を取り潰すのに3年もかかってしまった!」
嫌な事を思い出してしまったのか、ダンッと苛立ちを隠し切れない様子でラズミーがテーブルを叩きつける。
そんなラズミーを宥めるようにラウスが言葉を掛ける。
「気持ちは痛いほど分かりますが、熱くなりすぎですよ。少し落ち着いてください父上」
「あ、あぁ……すまないな、ラウス。柄にもなく少々昂ってしまったようだ。折角の祝いの酒だというのに不味くなってしまうところだった」
そう謝罪の言葉を口にしたラズミーが、ラウスのグラスにワインを注いでいく。
「こちらも今までディラルト達に仕事を押し付けたり予算を削ったりと、数えきれないほどの妨害をしてきてはいたのですが……。奴らは研究所を辞めることなどせずにしぶとく業務をこなし続けていて、私も頭を抱えていたところでした。奴らを研究所から追い出せたのは、父上が他の貴族達に働きかけてくれたおかげです。ありがとうございます」
「気にするな、ラウスよ。私も平民などという低俗かつ出来の悪い存在が、魔導研究所や王城といった重要な場所に出入りするのは耐えられなかったからな。貴族の1人として当然の事をしたまでよ」
ラズミー達は、平民は役に立たない無能であり、貴族こそが優秀であるという貴族至上主義の考えを待っていた。
「しかし、よく第七を解散させることを議会ですんなりと決定させる事が出来ましたね……。流石は父上です。国王陛下が真っ先に反対したのではないですか?」
ラウスから尋ねられたラズミーは、1度グラスに注がれていたワインを一口飲んでから話し始めた。
「あぁ。陛下が第七の解散に反対するのはこちらも分かりきっていたからな。ならば最初から陛下の説得などは諦めて、他の貴族の票を取り込みにかかるまでよ。……ただ、今回の決定はたまたま運が良かったというべきだろうな」
「……運が良かったとはどういう事ですか?」
「無関心と思っていたローレンシア家が第七の解散に賛成してきたのだ。そのお陰で議会の方もすんなりと可決させる事ができた。そこはローレンシア家に感謝せねばなるまい」
「あの騎士の名門であるローレンシア家がですか? ローレンシア家には第七がなくなった所で何の利益もないはずですが、何故でしょう……?」
驚いた表情を浮かべたラウスの問いかけに、ラズミーはグラスに残っていたワインをぐいっと飲み干してから口を開いた。
「……さぁな。向こうの目的は分からないが、利用出来るものは利用すればいいだけの事よ。最後に笑うのが我等であれば良いのだからな。ハハハ!」
「その通りですね、父上。さぁ、もう一杯どうぞ」
今度はラウスが空になってしまったラズミーのグラスに新たにワインを注いでいく。
「おぉ、すまないな。それよりラウスよ。他の貴族も利用して王都中に手を回す事は出来たのだろうな?」
ワイングラスを手にしながらラズミーがラウスに尋ねる。
すると、ラウスはニヤリと表情を歪めた。
「えぇ、勿論です父上。奴らはここ数日研究所に篭っていましたからね。今頃奴らは途方にくれている筈です。職も失い、物も買うこともできず、住む場所すら得られず奴らは路頭に迷うしかないのですから!」
「ははは、流石は私の自慢の息子だ!そうだ。私だけでなくラウスも存分に飲むといい」
「えぇ、いただきます!」
笑い声を上げながら、ラズミーは思い出したようにラウスのグラスにワインを注いでいく。
そのままゲッシルー親子は朝まで酒を酌み交わし続けたのだった。




